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恋するかませ犬

第三章に入る前に数話ほど日常パートが入ります。

 ――それは自室での訓練中に起こった。







「【降臨】!」


「おお~! ここが(なま)のアテナルームか!」


 アンタレス討伐による大幅なレベルアップ。


 そのおかげでアテナのMPが増えて【降臨】もしやすくなった。けれどどれくらい【降臨】を維持できるかは不明だ。それでは戦闘時に困る。


 ということで、俺たちは【降臨】について調べることにしたのだ。


 そう、これは訓練。

 まじめな訓練なのだ。


 ……とはいえ。


 お、おおお……っ!!

 女の子の部屋だ……!

 テーブルには飲みかけのカップ。

 クローゼットにはいつも着ている制服がある。


 この生活感がある感じがたまらん。


 いつも石の状態で見てはいるんだけど、人間状態で見ると一味違うな。


「このMP消費スピードだと……だいたい一時間半くらいですね」


「そうか、一時間もあれば誰が相手でも余裕だな」


 内心の興奮を悟られぬよう、渾身のクールボイスで返事をする。


「以前は10分でMPが尽きていましたからね」


「……なあ、この状態で【憑依】したらどうなるんだ?」


 ふと気になった。

 【憑依】で上乗せされるステータスは10パーセント。

 今の状態で【憑依】を使ったら、石状態の時にやるよりも強くなるんじゃないか?


「まだMPに余裕もありますし、試してみますね!【憑依】!」





 ――そう、何気なくやってみただけだったんだ。





「おや?」

『あれ?』


 なぜか俺はさっきまでアテナが座っていた椅子に移動していた。


「急になにが――あれ?」


 俺の声がかわいい。

 というか、立ち上がってみても視界が若干低い。


 なんとなく自分の手の平を眺めてみると、白くて少し小さくなっている。


 これはまさか……


『わああーっ!! 私の身体が~~っ!?!?』


 なんかテーブルに置いてある小石から声がする。

 俺の声だ。

 俺はしゃべってないのに俺の声がする。


『な、なんでこんなことに……!?』


 ここまできたらもう理解した。

 理屈はわからないが入れ替わったのだ、俺とアテナが。


 驚くべき事態である。

 が、俺は冷静だった。

 どころか最高に冴えていた。


『ヤ、ヤマダ様どうしましょう!?』


「…………」


『…………ヤマダ様? なんでそんなに笑顔なんですか?』


「すまんなアテナ。一時間以内には戻ってくるから」


『あっ! どこ行くんですか!? 待って! 待ってください!! 待ッ&%#*$#――――』


 後ろからめちゃくちゃ慌てるアテナの声がする。

 大丈夫。ちょっと遊んでくるだけだから。

 美少女の身体を得た俺は意気揚々と部屋の外へ駆け出した。








 * * *








 ――ところ変わって学院のラウンジ。

 支援科(アデュート)のエース、ヴィクタスは一人で本を読んでいた。


 回復魔法に関する論文をまとめたものだ。


 ヴィクタスには首席としての矜持があった。

 だからいかなる時も研鑽を怠らない。

 こうして鍛錬をしない時間は知識の習得に努めていた。


 そんなヴィクタスをかつては周りも認めていた。

 だが今は――


「おっと、悪いなヴィクタス!」


「ッ!?」


 ビシャッ、と本と手に何かの液体がかかる。

 ベタベタとした感覚。ジュースだ。


 ヴィクタスが少し目線を上げると、同じ学年の男が立っていた。


 本を閉じ、ヴィクタスはその男子生徒を静かに睨む。


「……わざとだな?」


「いやいや偶然だよ。それともなんだ? 気に食わねえなら『決闘』でもするか?」


 嘲笑するような言い方。

 ヴィクタスは内心呆れた。


(またこれか……)


 アテナとの決闘に敗れて以降、こういうことが増えていた。要するに舐めてくる連中が現れ始めたのだ。


「チッ……」


 ヴィクタスは席を立つ。

 こんなくだらないことで決闘などしない。


 決闘は本来、己の矜持をかけた神聖なもの。アテナとの決闘は自らの首席としての誇りをかけ、どちらが強いかを決するためにやったものだ。


 飲み物をかけられた程度で決闘するのはヴィクタスの貴族としてのプライドが許さなかった。


 結果、ヴィクタスは黙って席を立つという選択をした。


「お? 逃げるのか?」


「…………」


 挑発を無視してヴィクタスはラウンジを出る。

 気にしていない風を装ってはいるが、気分は最悪だった。


「ああ、クソっ……!」


 図書館に行こう。

 あそこなら静かだ。


 そう考えながら廊下を歩く。

 と、その時だった。


「おお、ヴィクタス!」


「……!」


 意外な人物が声をかけてきた。

 ヴィクタスの学院内での地位を落とした張本人、アテナ・ヘカテイアだった。


 最近騎士爵を与えられたようだが、ヴィクタスからすれば今でも平民のようなものだ。


 ――平民。

 つまり貴族より格下の存在だ。


「……なんの用だ」


「そんな怖い顔するなって」


 ……ヘカテイアはこんな口調だっただろうか?

 という疑問が生まれたがそれを口にすることはなかった。


「……もう一度言う。なんの用だ」


「用? 用なんてないけど?」


「ならそこをどけ」


「あっ、いや一個だけあった。謝っとかなくちゃと思ってな。決闘では悪かったな」


「決闘は俺から仕掛けたものだ。お前が謝るのは俺に対する侮辱だ」


「そうかそうか! 許してくれるか!」


 コイツ……話を聞いてない。

 はやくどっかいけ、と念を込めて睨むヴィクタス。しかしアテナ(の身体を得た山田)はそれに気づく様子はない。


「そうだ! せっかくだしちょっと遊ぼうぜ!」


「なっ、おい! 何をする!!」


 アテナはヴィクタスの裾を掴んで走りだした。

 抵抗する間もなく、ヴィクタスは連行されていくのだった。








 そうしてやって来たのは学院にあるプール。

 ……の更衣室の隣の部屋だった。


 たしかちょうど今は2年の先輩たちが着替えているところだろう。


「てやっ!」


 アテナはなにやら光の針のようなスキルで数ミリの穴をあけていた。疑うまでもなく覗く気だろう。


「……なにをしているんだお前は」


「ちょっと静かに。ちょうど今いい感じの子が……ああっ、見えん! 角度が悪い!」


 唸りながらひとしきり観察したあと、アテナはヴィクタスの方を向いた。


「お前も見るか?」


「い、いや男の俺が見たらまずいだろ!」


 既に山田とかいう男が少女の身体を使って覗いているわけだが、ヴィクタスがその事実に気付くはずはなかった。


 ヴィクタスが顔を赤くして小声で叫べば、アテナは「そうか」などと言いつつ再び覗きを再開した。


「おお、あの水着はアテナにも似合いそうだな」


(ヘカテイアは一人称が自分の名前なタイプの奴だったのか……)


「うおお、あの子Fはあるな。ああ、皆で水着の見せ合いっこしてほしかったなぁ……」


(ヘカテイアは確か友人がほとんどいない。きっと普段は寂しい思いをしているのだろう)


「あの白い水着、めっちゃタイプなんだが」


(金も無いから高価な水着に憧れるのもうなずける)


 ヴィクタスの中でアテナへの認識が次第に固まっていく。

 おおよそ間違った方向に。


「それよりヴィクタス」


 不意に観察を止めて、アテナがヴィクタスの方に顔を向ける。


「なんか元気なかったけど大丈夫か?」


「……お前が気にすることじゃない」


「そういうなって。良かったら俺が相談に乗るぜ」


 そういって、アテナがずいっとヴィクタスの方に寄ってくる。

 それはもう男の友人同士くらいの距離感で。


「ちょっ、おまっ!」


「どうした? なんか赤いぞ?」


 ヴィクタスが一歩引けば、アテナはさらに近くに寄ってきて顔を覗き込んでくる。


 それだけでもヴィクタスには刺激が強かった。


「い、いいから少し離れろ!」


「おっと……」


 軽く肩を押され、間を開けられるアテナ。

 しかしながらアテナの距離を感じさせない態度は、なんの間違いかヴィクタスの気持ちを少しずつ動かしていた。


「…………」


「ヴィクタス……?」


 それからヴィクタスは静かにその気持ちを語り出した。


「最近、俺に嫌がらせをしてくる連中が増えてな」


「そうか、俺たちと一緒だな」


「しかし俺は誇り高き貴族だ。あのような平民まがいのものや貴族の自覚のない者のやることなどに手を上げてはフェイル家の名が廃る」


「誇り? はぇ~大変だなぁ」


 ヴィクタスとしては結構深刻な悩みを話したつもりだったが、アテナの反応は思いのほか軽いものだった。


「俺ならやり返しちゃうけどなぁ」


 そう言いながらアテナはシュッシュとシャドーボクシングをする。


「まあ実際にやり返さなくても『やり返されるかも』って思わせればいいんじゃない?」


「……思わせる、か」


 ヴィクタスは格下にやり返さないという美学だけを考えていた。

 だがそれだけでは不十分だ。


 自分には『侮られない風格』を見につける努力が足りなかったのでは? ヴィクタスはアテナの言葉をそのように解釈していた。


 現にアテナは魔王と呼ばれて恐れられている。

 今のアテナに嫌がらせをしようなどという愚か者はいない。

 説得力は十分だった。


「なるほどな……」


 ヴィクタスは憑き物が落ちたような顔をした。


 と、その時。


「やべっ!」


 アテナが叫んだ。


「そろそろ戻らないとアテナに怒られちまう! じゃあな!!」


 そそくさとアテナが走って部屋を出ていった。


「な、なんだったんだいったい……」

 

 取り残されたヴィクタスは茫然と立ち尽くす。よくわからないうちに連れ回されただけだったが、不思議と気分は悪くなかった。


(鼓動が高鳴っている……)


 ヴィクタスは自分の胸に手を当てる。

 運動をしたわけでもないのに心臓がバクバクと音を鳴らしていた。


 目を閉じると、あのピンク髪の少女の笑った顔が思い浮かぶ。


「この気持ちは……いやしかし……」


 支援科(アデュート)の首席は頬を染めて呟いた。

 ――認めたくない。

 ――でも、認めるしかない。






「平民如きに……恋情を抱くなど……ッッ!!」





このあと山田はアテナにこってり怒られました。

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