戦いは過ぎ……
被害は少なくなかった。
窓が割れ、建物が倒れ、アトラス戦の余波は街を破壊した。復興には少なくとも半年はかかるだろう。
それでも、ラザロス曰く、今のところ市民の死者は報告されていないという。
――『なんとかなった』。
端的に今の状況を言葉にするなら、そんなとこだ。
そうして、この街と俺たちは危機を脱してこの日の夜を迎えた。
国境付近の調査から戻ったラザロスは俺たちとテーブルを囲んでいた。
ルミナスとトウドウも屋敷に帰還済みだ。
しかしトウドウが想像以上に重症だ。
怪我に詳しくない俺でも何か所も骨折していると分かるほどだ。いったいどんな死闘を繰り広げたのか。その痛々しさはアテナの悲痛な表情が物語っている。
残念ながらHPポーションでは骨折とかは治らないのだ。
「此度の事、私たちの力だけではどうにもならなかった。お前たちには感謝している」
3人に向かってラザロスが労うように言う。
その言葉にアテナが「いえ」と小さく返す。
「感謝をした手前言いづらいのだが、悪いがこの街には大きな治療院がないのだ」
その言葉はトウドウに向けられていた。
「その怪我を治すには帝都に戻る必要があるだろう。明日の朝にでもここを発つのが良かろう。馬車ならば私のものを使うと良い」
「……ご配慮、痛み入ります」
凛とした声でトウドウが返す。
「うむ。では今日はもう休むといい」
「はい、そうさせていただきます」
一礼し、俺たちは領主の部屋を後にした。
心なしか俺も眠くなってきた。
別に寝る必要はないんだが、気持ち的に。
ひと段落ついて少し気が楽になったカンジだ。
表情を見るに、3人とも俺と似たような気持ちと見える。
今は静かに安心して寝たい。
勝利の夜はそんな静かな夜だった。
* * *
――とある場所、とある時間。
神々は円卓を囲んでいた。
荘厳さと威風が場を包み、名のある神々が席を埋めている。
だが、その空気は重かった。
そして神々の視線は唯一空席となっている椅子へ向いていた。
「まさか……降臨したアトラスがああも簡単に敗れるとは……」
誰が発した言葉だったか。
それは重要ではなかった。
なぜなら、その場の全員が全く同じことを思っていたからだ。
本来なら三叉矛を持った青年が座っていたはずの席。類まれなる武を誇った神の死に、大きな動揺が生まれていた。
「皆の者、落ち着かれよ」
髭を蓄えた老人が、トン、と杖で地面をついて場を制す。
「通常の神がアトラスに勝てるとは思えん。信じがたいが件の敵対神は主神格であるということだ」
その言葉に神々が息を飲む。
――――主神。
それは一つの神話体系の頂点に立つ神を意味する。
神を統べる者。
神々の王だ。
「我らの主神様がいらっしゃるかぎり、争って負けることはないじゃろう。しかし相応の被害は免れんじゃろうなぁ」
老神の言葉に、神々の顔が強張る。
――このままいけば自分とて死ぬかもしれない。
神の多くがそんな疑念を感じていた。
「この中にあのアトラスに勝てる神が何柱いることやら……。儂には無理じゃ」
「ええいまどろっこしい! テュール、貴様が言いたいことはなんだ!」
老神に向かって、筋骨隆々とした男神が声を荒げる。
しかし怒鳴られた方は飄々としていた。
「フォッフォッフォ……要は正面から争うのは愚策ということじゃ」
「ではどうしろというのだ!?」
「まずは奴の弱みを探るのが良かろう」
続けて老神は淡々と言い切った。
「この中の一人が帝都に潜入すればよいのじゃ」
「なっ!?」
場に動揺が伝播する。
しかし老神は笑みを崩さなかった。
「諸兄の憂慮はわかる。そこでどうじゃろう? 主神様に意見を伺うというのは」
場が静まり、円卓でただ一つ豪奢な椅子に腰かける女神に視線が集まる。
誰も声を発しない。
が、誰もが彼女の言葉を待っていた。
「……いいでしょう」
その一言に老神テュールは口角を吊り上げる。
「帝都への潜入を許可します」
「おお! さすがは主神様じゃ! しかしそうなると誰が行くべきか……」
神々が一斉に下を向く。
――冗談じゃない。
――誰があんな野蛮な神のもとに向かうものか。
万が一戦闘になれば死ぬかもしれない。
死と無縁な神だったからこそ、急激に生じた死に対する恐怖は強かった。
「誰か我こそはという者はおらんか?」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
互いを見合わせ、小声で何かを言い合うも意見は出さず。
奇妙な時間が流れた。
が、ついにその空気は砕かれる。
主神の一言によって。
「ウルズ、お前が行きなさい」
「ぅえええっ!?!?」
美しいブロンドの女神が素っ頓狂な声を上げる。
その心臓は一気に心拍数を上げていた。
「し、しかし私は戦闘は不得手ですし……」
「戦う必要はありません。ただあの蛮神を調べるだけです。できますね?」
「で、ですが……ッ!?」
「お前は私を失望させる気ですか?」
「……! そのようなことは……ううっ……」
「行きなさい」
「……はい」
ウルズは泣きだしそうな顔で頷くのだった。




