巨神
【???視点】
――こんな結末は許されない。
――見上げられるはずの存在が地に伏すなどあってはならない。
――間違った道に進もうとしている。
――正さねば。
――だが誰のせいでこうなった?
――誰だ?
――アイツだ。
――あの厄介者のせいだ。
――アイツを排除せねば。
――アイツを殺さねば。
* * *
「やった……」
ポツリとルミナスが馬車の奥で呟いた。
「勝っちゃったよ……アイツ……!」
ルミナスの語気が徐々に強くなっていく。その興奮がこっちにも伝わってくる。
『勝ったって……アトラスに勝ったのか!?』
まじか……。
俺が駆けつけるまでもなく倒しちまうとは。
アトラスを討つなんて、アカシア校長でもできるかどうかって話なのに。
と、俺を持つ手が急に、ぎゅう~~っと。
「よかったぁ……」
アテナさんが目を閉じ、大きく息をついた。
閉ざされた目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。
そんな中、二人の安堵の雰囲気を感じ取ったラザロスが口を開く。
「おい、どうしたんだ。あの槍の男は倒したのか?」
「はい、トウドウが……いえ、ミタマが確かに倒しました」
どこか誇らしげにルミナスが答える。
その言葉にラザロスもほっと胸を撫で下ろす。
――だがその勝利ムードはすぐに壊されることになる。
「ん? あれは……なんだ……!?」
「ルミナス、どうかしたの?」
遥か彼方の戦場を【遠視】を使って眺めるルミナス。
「何か山みたいなのが……違う、アンタレスだ!」
「ア、アンタレス!? なんで……!?」
「わからない。ともかくこのままじゃアイツがヤバい。ボクが拾ってくるよ!」
言うなり、翼を広げてルミナスは馬車を飛び出した。
アンタレスだと……?
まずいな……戦闘を終えたばかりのトウドウじゃ逃げることもかなわないだろう。
『くそっ……』
安心したと思ったらコレだ。
ルミナスが間に合ってくれることを祈るしかない……。
いや、アテナにMPポーションを飲んでもらって俺も行くべきだ。
もう街の城壁も見えている。
ああ、くそ……。
時間が惜しい……!
馬ってもっと早く走れねえのか……!?
と、馬の手綱を握るアテナを見るとなぜか空を見上げていた。
「ヤ、ヤマダ様……」
『どうした?』
「あれ……」
『…………?』
アテナの視線を追って空を見上げると、
『な、なんだ……ありゃ』
―――――巨人がいた。
* * *
【トウドウ視点】
――私は確かにアトラスを倒した。
そのはずだ。
事実、目の前には真っ二つになった奴の姿があるのだから。
しかし……ならばどうして――
「許さン……許サんゾ……」
――この死体は立ち上がろうとしている?
いや、立ち上がるというのは正しい表現じゃない。
浮遊しているのだ。
不気味で禍々しいオーラを纏いながら浮いている。
「いったい何が……?」
あれが……あんな姿の者が神だというのか。
あれではまるで死神ではないか。
「アいツだ……アイつのセイ……ダ」
アトラスの周囲にバチバチと紫電が迸る。
――尋常ではない。
今の奴に理性があるように見えない。
「ウぐオォッ……オオオッッ……!」
「……! な、なんだアレは……!?」
アトラスの下半身と上半身がつながっていく。
みるみるうちに元のアトラスの姿になった。が、それで終わらなかった。
「大きくなっている……?」
ミシミシと何かが軋む音が鼓膜を揺らす。
ふとアトラスの異名を思いだした。
――――『全てを見下す神』。
それは比喩表現だと思っていた。
その死角の無さや移動能力を誇大的に表したものだと思っていた。
だが。
「ウゥォォオオオオオオオオッッ!!!」
アトラスは既に数十メートル級のサイズになっていた。
あの言葉はそのままの意味だったのだ。
――これが神か。
アトラスの巨大化はまだ続いている。
私はそれを眺めることしかできなかった。
「ガアアアアアアッッ……カッ……!!」
不気味な咆哮を上げ続けるアトラス。
その体高は既に――雲を突き抜けるほどの高さになっていた。
見上げてもその頭を望むことができない。
さらにその手に持つ槍さえも巨大になっている。
《破壊神アトラスが降臨しました》
「ッ!?」
突然無機質なメッセージが告げられる。
――神は自力では降臨できない。
アトラス本人が言っていたことだ。
それでもなお強引に降臨を行使した結果それは歪な形で達成された、といったところだろうか。
「グオオアアアッ……コ…コロ……スゥッ……!!!」
巨人――いや、巨神はその腕を振り上げる。
ただそれだけの行為で突風が巻き起こる。
そして巨大化したアトラスは一歩踏み出した。さらにもう一歩。
「うわッ!?」
アトラスの足が地面にあたるたびに大地が大きく揺らぐ。たったの二歩で私との間には数キロの隔たりができた。
だが歩いたということは……
「私が狙いじゃない……?」
いや、私ではない誰かを狙っているのか?
と、考えていた私の目の前が陰で覆われた。
「キシャアアァアアアアッッ!!」
「そういえばお前がいたんだったな……」
そう。
私にとって火急の事態は巨神などではなくこの化け物――アンタレスなのだ。と言っても既に戦う力はおろか、逃げる気力さえない。
小さな山ほどもあるサソリは爪をすり合わせ、ジリジリと近づいてくる。
「ギュオアッッ!」
アンタレスの重厚な爪が頭に振り下ろされる。
――ダメだ。
もう何も手がない。
「まだ死にたくは……なかったなぁ……」
視線を降ろし、覚悟を決めた。
――その時だった。
ダンッ。
と、すぐ横を馬が走り抜けた。
その直後、巨大な質量同士がぶつかり合う轟音と衝撃波に身体が吹き飛ばされた。
「……ッ!? な、なにが起きた!?」
音の方へ眼を向けると、そこには青銀色の馬に跨り二本の戟を振るう男がいた。
黒い甲冑に身を包んだ騎士だ。
「あれはまさか……《黒騎士》か!?」
アンタレスと同じく神王獣の一体――黒騎士。
冠する名は『草原の神』。
その大きさは人間と大差ない。にも関わらず、アンタレスと互角に撃ち合っている。否、互角ではない。勝っているのだ。
巨爪の連撃をいなし、弾き、躱し――。
体躯の差をものともせず、技術と筋力であのアンタレスに押し勝っている……!
そして――
「ギュオオオアアアアッッ!?!?」
アンタレスの巨体を弾き飛ばした。
「あれが黒騎士……!」
しかしなぜ黒騎士とアンタレスが争っているのか。
なわばり争いか……?
なんにせよ命拾いをした。
などと考えていたらアンタレスを吹き飛ばした黒騎士は踵を返し、こちらに向かってきた。
な、なんだ……?
私を殺す気か?
身構える私に黒騎士は、
「……なに?」
倒れ伏している私をすくいあげ、馬に乗せた。
「なっ!? は?」
いったい何か起きている……!?
ダメだ。全く状況が理解できない。
だが当の黒騎士は至極冷静のようだった。
そして穏やかな口調でこう言うのだった。
「案ずるナ。私は君の味方ダ」
「ッ!?!?」
少しぎこちない人語で黒騎士は語り掛けてきた。
だが、味方だと?
到底信じられるものではない。
「き、貴様何が目的だ……!?」
「偶然通りかかっただけダ。あのお方の加護をもつ君を死なせるわけにはいかなかったからナ」
「あのお方の加護……? 何を言っている? 黒騎士、お前は一体何者だ」
とても落ち着いた声で黒騎士は静かに言った。
「我が名はゴー・ブーリン。ただの戦士ダ」




