領主
林を抜けるとすぐに立派な馬車が目に入った。
馬車の側にはロリと執事のジジイが立っている。
アテナが目に入るとロリはトコトコとこちらに歩み寄ってきた。
「どう? 仕事の方は順調かしら」
「はい。ベスファンクを3頭、ラグエイプを2頭、イビルトレントを8体討伐致しました」
「もう……?随分早いわね」
「もう少し退治しておいた方が良いですか?」
「そう……ね。それぞれ2頭ずつ追加で討伐しておいて」
「承知しました」
アテナは胸に手を当て、軽く頭を下げる。
貴族的な礼の作法だ。
そんなアテナを眺めながら、ロリは少し頬を緩ませた。
「やっぱり冒険者じゃなくて戦吏に依頼して良かったわ」
「まったくその通りですな」
低く響く声でロリに同意を示すジジイ。
申し訳ないんだけど、ジジイは喋らないで欲しいな。かわいいロリボイスだけ聞いていたい。
「冒険者の奴らは話もろくに聞かず、狩り尽くしてしまいますからな」
ジジイが地面の石を蹴飛ばす。
どうやら冒険者に魔物を狩り尽くされたというのは経験談のようだ。
「ということだから、もう少しだけ頼むわね」
ロリが3人に向けて語る。
依頼主の言葉にもちろん3人とも頷くのだが。
「あの」
おずおずと手を挙げる者が一人。
我らがリーダーだ。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「朝からずっと気になっていたんですけれど――」
いつもと変わらぬトーン、口調で。
アテナは些細なことを、ちょっとした疑問を尋ねるように言った。
「――リロ様は領主様ではありませんよね?」
瞬間、その場の全員が動きを止めた。
呆気にとられたのだ。
いきなり何を言うんだ、と。
「も、申し訳ありません。ヘカテイアは平民ゆえ貴族様の慣わしには疎く……」
ルミナスが頭を下げる。
確かに今の質問は失礼だ。
だからこそ、このルミナスの対応だ。
しかしアテナがそんなこと分からないはずがない。無礼を働くだけの意義があの質問にはあったのだろう。
「……何を言っているの? 私はこの地を治めている領主で――」
「――本当の領主様は、そちらのラザロス様ですよね?」
『なんだって?』
ロリの表情が強張る。
驚いているのでも狼狽えているのでもない。警戒しているのだ、アテナを。
だがラザロスが領主だと?
しばし見つめ合うロリとアテナ。
両者とも口を開かない。が、その時。
「ぶっ……」
張りつめた空気をぶち壊すように、ジジイが何故か吹き出した。そして次の瞬間、
「ぶわははははははっっ!!」
ジジイ大爆笑である。
「やはり! やはりそなたはアレスの娘であったか!!」
「……へ?」
「聞こうではないか。私が領主だと? なぜそう思った?」
「それは……そう考えるのが自然だから…………です」
試すようなラザロスの視線。
このジジイ、楽しんでいる。
アテナに論破されるのを期待しているような、そんな目をしている。
アテナは淡々と言葉を続ける。
「昨日の夜、ルミナスと会話したのはラザロス様ではなく、ラザロス様の双子のご兄弟……ですよね?」
「ほう……?」
『え……』
ちょっと待って。
いやな予感がする。
「昨日の夜のことをルミナスから聞いたのですが、その時のラザロス様の対応が不自然に感じました。ルミナスに対して、まるで初対面かのような対応です」
「ふむ……」
「それと今朝、私が『暗殺者たち』と言ったらラザロス様は『彼らは全員動けなくしてある』とおっしゃいました。侵入者は一人です。この言い間違いはあり得ません。ですがもしあれがラザロス様ではなく、よく似た別人であったならあり得ます」
「む……カマをかけられていたか。これはしてやられたな」
「そしてここに来る前、そちらのリロ様が伝言に走られました。リロ様が領主様であれば、伝言は執事や召使の役目です。領主ご本人がそのようなことをするはずがありません」
「…………なるほど」
「あの時はラザロス様は真の領主として対話しなければならないお客さんがいましたからね。席を外すわけにはいかずリロ様が言伝を任されたのかと思います」
「そうだな、その通りだ。うむ、見事」
ジジイは一人、満足気に拍手をする。
いやだが……そんな……。
「お前の言う通り、私が当主だ。そして昨日そこの水色髪の娘と出くわしたのは我が弟レイジスだ」
――最悪だ。
引きこもりロリが幻想だったなんて。
ベッドの上でゴロゴロと自堕落に過ごすロリと同じ屋根の下にいると思っていたのに。
ロリの匂いが染みついたシーツがすぐそこにあると信じていたのに。
実際にいたのは引きこもりジジイだったなんて。
本当に最悪だ。
この落差はでかすぎる。
テンション駄々下がり。
ショックだ。
「リロを領主と偽っていたのは、まあ、影武者だな」
「影武者……」
なんと大胆な代役。
自分の代わりに歳の離れた少女を立てるなんて。
というか、それこそ双子の弟を影武者にすればいいのでは……?
皆口には出さずとも同じ疑問を感じていたのだろう。怪訝な表情をしていた。
その雰囲気を感じ取ってか、ラザロスが答える。
「……弟はあまり政治には向いていなくてな。それにプライドが高い。私の代わりに殺されるかもしれない影武者など受けるはずもない。もっとも、本物の領主にはなりたがっているようだがな」
……それでロリがその役目に。
しかしそのせいで貴重なロリが昨日死にかけたと思うと若干頭にくる。
貴族ならそういうのも仕方がない――と割り切ってやる義理は俺にはないのだ。このジジイ、リロたんを危険な目に合わせやがって。
だが怒りに心を燃やしている場合ではない。
もうひとつ俺も確認したいことがあるのだ。
『アテナ、アトラスが来てたことについても聞いてくれないか』
アテナは無言でうなずく。
「……あの、先ほどのお客さんとはどのようなことを話されていたのですか?」
「ああ、あの矛を持った男か。なんとも変わった男でな……この街の主神をアトラス神にしろと言ってきてな」
「…………!」
「教会を建てろだの市民にアトラス信仰を広めろだのと妙なことばかり持ちかけてきたのだ。流れの宗教家なのだろうが……そのようなことに割く資金はないと断った」
アトラス信仰……?
アトラスは信者を増やそうとしていた。だから街中では戦いたくなかったのか?
自分を信仰してもらうためには余所の神は邪魔だ。つまり俺はアトラスにとって消えてほしい存在だった。だから奴は俺を狙っていたのか。
雑談ついでに、といった調子でラザロスが言葉を発する。
「そういえば昨夜の侵入者だがな、どうやら昨日の時点で死んでいたらしい」
『え……?』
「レイジスの話では昨日の戦闘時の怪我で絶命したらしい」
いやそんなはずはない。
間近で見ていた俺だからわかるが、ルミナスはそんなヘマをしていなかった。
だからこの場合、弟のレイジスが嘘をついていることになる。
なぜ?
なぜ嘘をつくか。暗殺者の身元が判明しないほうが都合がいいからだ。暗殺者の素性がバレずに済むと助かるのは
――――レイジス自身が暗殺者を手引きした本人だから?
『嫌な予感がする。なんかヤバい気がする……』
「ヤマダ様?」
『なあアテナ。「領主になりたいレイジス」と「信仰を広めようとするアトラス」の共通の障害って何だと思う?』
「それは――――まさかッ!」
そのわずか一秒後、
――ドオォンッッ!
空から何かが飛翔し、すぐそばに落下する。
その場の全員が一斉に落下物に視線を向ける。
立ち込める砂ぼこり。
「よう、全員お揃いで」
ニッと笑う武神が堂々たる姿で立っていた。
奴にとって不都合なもの――。
それは「自分以外の神」と「自分の言う通りにしない領主」だ。




