暗殺者
そんな感じで何件かの酒場で聞き込みを終え……。
「ふう、なかなか冒険者というのも大変ですね……」
夜中のお屋敷に帰投せんとしていた。
一滴も飲んでないのだが、ルミナスの顔は若干赤みを帯びている。酒の匂いだけでやられたのだろうか。というかこのサキュバス、いろいろと酔いやす過ぎやしないだろうか。
サキュバスってどちらかというと酔わせる側だろが。
まあ言わないでおいてやるけど。
「よっと」
屋敷に着き、ルミナス用の部屋の窓から華麗に侵入。
その床に音も立てずに着地した。
「む、少し服が汚れましたね……。ちょっと洗ってきますね」
――“おう”
確かこの屋敷の庭先には井戸があったか。
小さなランプ片手にルミナスは扉に手をかける。
そして廊下に出た瞬間のことだった。
「誰だッ!?」
おっさんの怒号。
その声のほうに顔を向けると険しい顔をした執事のジジイ、ラザロスがいた。
たぶん変装をしているせいで侵入者か何かと思われたのだろう。
咄嗟にルミナスは頭からウィッグを取る。
「こ、これは失礼しました。少々、戦吏の仕事をしておりまして……今帰ったところなのです」
「戦吏……? 何者だ!」
「え、えっと……今日の朝にもご紹介に預かりましたウルティメオと申します。ご領主様のご依頼でこちらへ参りました戦吏団の一人でございます」
「んん……?」
なおも訝しむラザロス。
記憶力弱すぎか。まあルミナスは3人の中じゃ一番常識人だから逆に印象に残っていないのかも。
これは困ったな。
と、考えていると。
ルミナスの眼が不意に鋭くなる。
「すみません、少し事情ができてしまいました。申し訳ありませんが失礼致します」
そう言葉を残して、ラザロスと反対の方向に駆け出した。
――“どうした?”
「我々やこの屋敷の者ではない輩の気配が私の探知スキルにかかりました。おそらく賊の類かと」
長い廊下を駆け抜け、ルミナスはどこかの部屋を目指しているようだった。いや、どこかの部屋というか……こっちには一部屋しかない。
一番大きな部屋。すなわち、領主の寝室があるのみだ。
わずか数秒で目的の部屋に着く。
そして領主の確認も取らず扉を突き破り一気に中へ突入する。
……が、【暗視】が使える俺が見ても部屋に怪しい影はない。
しかしルミナスはナイフを天井に向かって投擲する。
「チッ……!」
天井に刺さる直前、ナイフが何かに弾かれる。
と、同時に黒装束の男が天井から降ってきた。
おお、本当にだれかいた……!
決してルミナスを疑っていたわけではないのだが、俺にはさっぱり気配なんて感じられなかったからな。俺も感知系の能力をもっと身に着けるべきかもしれん。
そしてこの黒装束の男……。
十中八九、暗殺者だろう。
黒装束は床を蹴ったかと思うと、一瞬でその距離を詰めてきた。
応じてルミナスも短刀を構える。
そして暗い部屋に飛び散る火花。
さらに連続してルミナスに襲い掛かる斬撃の嵐。
これを二刀ダガーのスタイルで迎撃し、そのすべてを撃ち落とすルミナス。
こういう撃ち合いは大抵、そこまで長くは続かない。
――じきに技量に勝る方が押し勝つからだ。
「ぐふっ……!」
ルミナスがダガーの柄を相手の手の甲に強打させ、敵の得物を落とさせる。さらに畳みかけるように回し蹴りを放つ。
ルミナスの足はきれいに黒装束の顔面にヒットし、男は部屋の奥まで一気に突き飛ばされる。
「んぅ……なんの音……?」
「……ッ!」
もぞもぞとベッドの布団が動いた。
どうやらこの騒ぎでお嬢様が起きてしまったらしい。
一瞬、ルミナスと黒装束の視線がお嬢様へと向かう。
「ふっ……!」
黒装束がナイフをお嬢様の首に向けて投げる。
これはまずいな。俺が【神通力】で――――
「はあッ!!!」
黒装束の男とほぼ同時にルミナスもナイフを投擲する。
だがその量が違った。
数十本のナイフがルミナスにより投擲されたのだ。
「ぐあっ……!?」
そのナイフの弾幕によって黒装束のナイフは弾かれる。そして奴自身もその肩に、足に、脇腹に。多数のナイフを受ける。
「ぐッ……くそッ!」
劣勢と見たか、男は窓を突き破り外へ逃亡を図る。
その瞬間、ルミナスは翼を展開した。
風を巻き起こし、一気に加速する。そのまま窓から飛び出した瞬間の男を、落下を許さずにそのダガーで突き刺した。
さらにダガーで突き刺した状態で、上空へ持ち上げていく。
空中にでればもう黒装束に勝機はない。
この空こそ彼女のホームグラウンドなのだから。
「ぐおああッッ!!!」
男の野太い叫びが屋敷の上空に轟く。
空中で無数の打撃を一方的に食らい、最後はルミナスの膝蹴りで男は意識を刈り取られた。
「ふう」
だらりと脱力する男を掴み、ルミナスは領主の部屋に戻る。
見事。
ミッションクリアである。
領主様の寝室に戻ればお嬢様が慌てた顔でベッドから出ていた。
汗を浮かべ、かすかに震えている。
きっとパジャマの中もびっしょりと汗をかいてしまっていることだろう。
お兄さんが優しく拭いてあげたい。
「い、今のは……!?」
「……暗殺者のようです。矯正していたようですが、かすかに言葉がエウクトラ共和国の訛りでした」
「そう……」
エウクトラ共和国……たしかこのアンドレアス帝国の隣国だよな。
ていうか本当に暗殺ってあるんだな。割とビックリした。
ルミナスがいなかったらお嬢様がお亡くなりになっていたかもしれない。
「これはなんの騒ぎだ!」
さっき廊下で会ったラザロスがドタドタとやって来た。
遅いよ。
執事なら体張ってご主人守れや。
「急に屋敷で暴れおって……ぬ? この男は誰だ!?」
「……ラザロス、ウルティメオさんが刺客を倒してくれたのよ」
「…………む?」
お嬢様がルミナスの方に向き直る。
そして軽く頭を下げた。
「救ってくれてありがとう。心から感謝するわ」
「い、いえ。当然です」
貴族に頭を下げられ、さすがのルミナスもちょっとたじろぐ。
ジジイの方も状況が飲めて来たのか、難しい表情に変わっていった。
「そんなばかな……」
「危なかったわね。でも誰も怪我をしなくてよかったわ」
「……あ、ああ。無事でなによりだ」
ジジイが少し動揺している。
貴族社会なら暗殺なんてよくあること……みたいな勝手な思い込みがあったが案外そうでもないのかもしれない。
特にこんな辺境の領地だと暗殺者を送り込まれるなんて考えもしなかったのかもな。
ラザロスはルミナスの方に真っ直ぐ向き直る。
「まさか賊が侵入するとは。戦吏の娘、良く働いたな。あとは私に任せておけ」
そういうと気絶した暗殺者の男を引きずっていく。
……拷問とかするのかな。
まあここはジジイに任せておけばいいだろう。
面倒だしね。




