夜の調査
――“調査って何すんの?”
【神通力】でメモ帳にペンを走らせ、ビリッと一枚破ってルミナスの前にヒラヒラさせる。
「領主様についてと、例のアトラス神の目的を探ろうと思います」
――“どうやって?”
「とりあえず聞き込みをしようかと」
なるほど。
今更だがルミナスの専門は戦闘ではなくあくまで諜報なのだ。
“聞き込み”という探偵的なフレーズ。かっこいい。
「まずは酒場に行きますね」
――“了解”
変装してちょっと大人びた格好をしたルミナスと共に、夜の街を歩く。
大人びたっていうか、その辺にいそうな20代のお姉さんだ。特徴のないモブ子さんだ。諜報の仕事ってもっとこう、かっこいいスパイ感が出るのかと思っていた。
くたびれた革の防具、柄のところが少し欠けた短剣。
一目で中堅冒険者とわかる格好。
変装ってすごいな。勉強になります。
* * *
そうしてやってきた酒場。
年季の入ったランプの暖色が店内を照らしている。
一歩踏み入ると木の床が軋む。
ランプの上にはホコリが溜まっていて、それが逆に味を出している。
「お~い姉ちゃん、こっちに酒追加してくれ!」
「はーい!」
「んでそこを躱して俺が斧でザクリよ!」
「よく言うぜ、ウスノロのくせによォ!!」
「なんだとぉ?」
「おお? やるか!?」
店内には溢れんばかりのマッチョがたむろしていた。
汗でてらてらとした筋肉。グビグビと酒が喉を流れている音。そして喧騒。
『うおお……』
ポーカーフェイスのまま、ルミナスが小さく「酒臭ッ」と漏らした。嗅覚がなくてよかった。
一応少数だが女性冒険者もいる。ムキムキのお姉さんもいれば、普通のスラッとした子もいる。
ちなみにこの世界ではムキムキな人の方がヒョロっとした人より筋力ステが高いとは限らない。
俺が今まで見た限りだが、総合的なステータスのうちで筋力が占める割合が高ければマッチョになるようだ。例えば、極端だが
<A>
筋力:100
耐久:10
敏捷:10
魔力:10
魔防:10
<B>
筋力:1000
耐久:1000
敏捷:1000
魔力:10000
魔防:1000
というステータスの二人がいたとすると、AはムキムキだがBはそうでもない。
しかし筋力が高いのはBである。
なのであのマッチョどもは実はアテナより筋力がなかったりする。あのたくましく太い腕はアテナのぷにぷにの二の腕に敗北しているのである。
ちなみに敏捷ステが高いとスマートな体型になる。
だから筋力&敏捷型のトウドウは細マッチョだな。たぶん腹筋も割れてる。聞いたら怒られそうだけど。
酒臭そうな店内を見渡し、ルミナスはカウンターで一人で飲んでいる女冒険者の方へと足を運ばせる。褐色肌の筋肉娘、アマゾネス感溢れるお姉さんだ。
「飲んでるねェ。アンタもこの繁忙期でひと稼ぎした口か?」
言ったのはルミナスだ。
ドカッと乱雑に腰かけるなり、隣のアマゾネスに話しかけた。しかもいつもとは声のトーンが違う上にハスキーボイスになっている。これも変装の一環なのだろう。
ちなみに『繁忙期』というのはお店が繁盛する時期とかそういうのではない。何年かに一度、魔物が活発になる時期を冒険者の間ではそう呼んでいるらしい。
対するアマゾネスはジョッキから口を離し、訝し気にルミナスを見る。
「見ない顔だな」
「この街には今日着いたのさ。アタシは流れの冒険者だからね」
「ふぅん……繁忙期目当てで来たのか。そりゃあ残念だったな、今回のはハズレだ」
「どういう意味だ?」
「もうあらかた討伐され尽したからだ。もうたいして仕事は残っちゃいねえよ」
「……なんだって?」
ルミナスは舌打ちをして頬杖をつく。なんだろう、このヤンキー感。目つきも悪いし。
「狩り尽したって……ちょっと早すぎない? 繁忙期ってのはそう簡単に終わるもんじゃないでしょ」
「知るかよ。この街の冒険者どもが相当働いたんだろうよ」
「か~~っ……ツいてねえ。ここらで金稼いどきたかったのによ!」
おお……。
いつもの清楚なボクっ娘モードしかみてないからギャップがすごい。写真とってアテナに見せたい。
「てことは魔物の討伐額も上がってねえのか?」
「そうなるな」
「クソッ、領主もケチだなァ」
「おい、この街じゃ領主の悪口はご法度だぞ」
「なんだ? そういう法律でもあんのか?」
ナチュラルに領主の話題につなげた。諜報の技術というやつか。
ルミナスの言葉に、アマゾネスさんは首を横に振った。
「単に慕われてんのさ。領民のことを第一に考えてくれる賢しき指導者、ってな」
「へぇ……」
「もっとも、その領主の双子の片割れは随分な穀潰しらしいけどな」
「穀潰し?」
「ああ、何をするでもなく城に引きこもってるって話だ。噂だがな」
「なるほどねぇ」
そういえば御者のおっちゃんも領主は双子だとか言っていた気がする。
ん……双子?
『おおっ!!』
あのゴスロリっ娘がもう一匹いるのか!
なんてすばらしいんだ……。
金髪ロリなら引きこもりだってステータスだ。属性だ。
きっと一日中パジャマで過ごしているに違いない。
毎日夜更かしして昼間にようやく起きだす金髪ロリ。でも起きてもベッドの上からは出ようとしない。日常のあれこれはきっと召使にやってもらっているのだろう。
これはテンションが上がってきたぞ。
是非とも引きこもり系美少女を見てみたい。
一緒に布団の中でぬくぬくしとうございます。
「話は変わるんだが……デカい槍を担いだ男を見なかったか?」
「ああ……日中暴れてた例の兄ちゃんのことか」
話題はアトラスのことに移る。というかルミナスが移した。
できればもっとロリっ娘の話をしたかった。
アトラス……本当に癇に障るんだよなぁ、あの野郎。
「お前、今日来たんだったか……悪いことは言わねえからあの男には近づかねえことだな」
アマゾネスさんの語気が真剣味を帯びる。
「今日あの男がガキどもに喧嘩吹っかけてるのをたまたま見たんだが普通じゃなかった」
「…………へえ」
「そのガキたちもただのガキじゃねえ。戦闘慣れした何かしらのプロだ。だが槍の男にいいようにやられてたな」
昼間の俺たちだな。
どうやらこのアマゾネスの姉ちゃんに見られていたらしい。
「それにあの男は頻繁に領主の城に出入りしているらしい。ただ者じゃねえよ」
「領主の城に? なぜだ?」
「そんなこと知るか」
一言言うとアマゾネスはグビグビとビールをあおり始める。
と、その時。
「のわぁああああああ!!!!」
巨漢の男がこっちの席に転がってきた。
さらにそれに続いて木樽がひとつふたつと宙を舞う。
「軟弱な奴ばっかだなあ、オイ!? 誰か俺に勝てる奴はいねぇのか!!!」
少し奥のテーブル、髭もじゃのマッチョが拳を上に挙げ叫んでいる。
どうやら腕相撲で勝負しているらしい。
さっき飛ばされてきた巨漢はあいつに負けてぶっ飛ばされたのか。
そんなマッチョに冷たい目を向けるアマゾネスさん。
「またやってるよ……」
「この酒場はいつもこんな感じなのかい?」
「ああ。あの髭の男はグスタフ。ただの筋肉馬鹿だ」
「なるほど……」
ニヤリとルミナスが悪い笑みを浮かる。
そして一歩、グスタフのテーブルの方に踏み出す。
「お、おい……! やめとけ! グスタフは馬鹿だがあのパワーだけは本物だ。腕が使い物にならなくなるぞ!」
「大丈夫、これでも相手との力の差は分かってるつもりさ」
静止するアマゾネスを振り切り、ルミナスはグスタフというマッチョの方に向かっていく。
「お? なんだァ? お前みたいなへなちょこが俺と勝負してえのか?」
「構わない、やろうぜ。それともアタシに負けるのが怖いかい?」
「おうおう、言うじゃねえか小娘。そこまで言われちゃあ、やらねえわけにはいかねえな」
ガシッと腕を構えるグスタフ。
すげえ太い腕だ。ルミナスのウエストと大差ないんじゃないかとさえ思えるほど太い。
「やめとけ姉ちゃん、怪我するだけだぞ」
「グスタフ、手加減してやれよ」
野次、というよりは割と本気の心配をするギャラリー。
そりゃそうだ。
周りの声を無視してルミナスも腕を構え、グスタフと手を組ませる。
それを見たグスタフは満足そうな笑みを浮かべる。
そして組んでいない方の手を使ってコインを一枚握り、コイントスをした。
「いいか? コインが床に落ちた瞬間がスタートの合図だ。せいぜい後悔するなよ?」
「そっちこそ」
「かかッ、気の強え姉ちゃんだな!」
コインは重力に従って回転しながら落ちていく。
そして――
――――キィン。
「おらッ――――お?」
コインが床と当たって鳴った瞬間、グスタフの身体はプロペラのように回転しながら飛んで行った。
テーブルにはドヤ顔のルミナスだけが残っていた。




