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侍と天使

第二章開幕です。

 夕暮れに染まる教室。

 見つめ合う二人。


 長身の彼女の長い黒髪が少し揺れ、凛々しい双眸(そうぼう)は桃色の髪の少女を射抜くように見ていた。


「急な呼び出し、かたじけない」


 凛とした声。

 黒髪の彼女は見惚れるような美しい所作で軽く頭を下げる。それに合わせて腰に差した二本の刀がカチャリと小さな音を立てる。


 長い刀が一本と、それよりは少し短い刀がもう一振り。見るからに業物である二振りが彼女の凛々しさをより際立たせている。


「来てもらったのは他でもない。頼みがあるからだ」


 彼女の言葉にこくとアテナが生唾を飲み込む。

 緊張しているのだろう、鼓動を打つ感覚が手の中の俺にも伝わってくる。


(それがし)を――このミタマ・トウドウを君のチームに入れて欲しい」


 静かなる教室。

 彼女の清廉な声がこだました。


 ……と、それはそれとして。

 あの子はおそらくCだな。悪くない。








 * * *








 魔族襲撃事件からしばらく経ち、ルミナスも全快して学院も平穏を取り戻していた。そしてすっかり仲良しさんになったルミナスとアテナは朝食を一緒に食べるようになっていた。


「ミタマ・トウドウ?」


「そう、どんな人なのかなって。ルミナスは何か知らない?」


「まあこれでも偵察科(スカウト)だからね。情報収集は得意さ。でもトウドウのことなら偵察科(スカウト)じゃなくても誰でも知ってるだろうね」


「有名人なの?」


「そりゃあそうさ。なんたって武装科(アームズ)首席で戦吏ランク[A]の天才なんだから」


「ランク[A]!? 首席!?」


 ぎょっと目を見開いてアテナがパンを喉に詰まらせた。


「ん~~っ! んん~~~っ!!」


 ぽんぽんと胸を叩くアテナだが、ルミナスには無い柔らかいクッションが衝撃を吸収してしまっている。揺れる果実を目にして、俺のHPが回復していくのが分かった。

 

 苦笑いをしながらルミナスがお茶を差し出す。

 それをぐいっと飲むとようやくアテナは落ち着いた。


「しゅ、首席……」


主武装(メインアーム)は刀。鍛冶職としての腕もいいみたいで彼女に武器の整備を頼む生徒も多いらしいよ」


「すごい人だね……」


「そうだね。噂では出自も相当らしい。アスラ皇国の名家の出身って噂だね」


「ほえ~」


 バカみたいな声を出すアテナ。

 もっとシャキッとしなさい! とか保護者として言いたくなってしまう。


「でもどうしてトウドウのことを?」


「えっと、トウドウさんに『チームに入りたい』と言われまして……」


「!?」


 今度はルミナスがサンドイッチを喉に詰まらせる。

 ドンドンと胸を叩くが、Aカップが揺れることはなかった。


 そっとアテナがお茶を渡し、それをルミナスは一気に飲む。デジャブだ。


「1年でもトップ争いをしてるレベルのトウドウが……ボクたちのチームに!?」


「うん……。ルミナスはどう思う?」


「そりゃあ入ってくれれば嬉しいけど、理由が分からないね」


「そうだよね……」


 実際はどうあれ、俺たちはチームとしての完成度は低い。メンバーもDランクのアテナとCランクのルミナス。もっと高ランクの生徒で編成されたチームなど沢山ある。


 それに、アテナもルミナスも襲撃事件を経てさらに浮いてしまった。


 箝口(かんこう)令がしかれているとは言え、ルミナスがサキュバスであるというのは学院では周知の事実になってしまった。ルミナスは前は数人友達がいたようだが、それも距離を置かれてしまったらしい。


 アテナの方も、迷宮(ダンジョン)の天井をぶち抜くという怪物じみた事をしてしまったせいで以前とは違った浮き方をしている。


 『ただの落ちこぼれ』から、『なんかヤバい奴』になった。


 そんな俺たちと同じチームに入りたいなんて思うだろうか。


『やはりまずはお試しと言うか、仮加入で様子を見るべきじゃないか?』


「それがいいですかね……」


 すごく強い奴が仲間になってくれる、と言っても手放しに喜ぶわけにはいかないのだ。どういう意図を腹に抱えているか分かったもんじゃないからな。

 

 例えば、サキュバスであるルミナスを殺そうと考えているとか。そうじゃなくても俺たちに害を為すことを考えていないとは限らない。



 ……と、いうわけで。

 ひとつ簡単な依頼を一緒にこなして様子を見ようということで話がまとまるのだった。


 ただ、アテナが妙に気の悪そうな顔をしているのが気になった。







 * * *






 

 さて、ルミナスとのお話の後。

 いつもならアテナは勉強か鍛錬かに時間を割くのだが、今日は少し違う。


 今日はバイトの日である。


 制服姿のまま街道を歩くアテナは小道に入り、小さな家へと入っていく。

 ギギ、と少し鳴る木の扉をくぐると――そこは聖域(サンクチュアリ)であった。


「こんにちはエフィさん。今日もお願いします」


 アテナの挨拶に穏やかな微笑みを浮かべる天使――もといエフィ・アウキスさんが迎え入れる。


「こちらこそ。今日もよろしくねアテナちゃん」


 そよ風のような声が俺の心を優しく撫でる。

 

 真っ白な綺麗な髪を腰まで伸ばし、おっとりと優しい雰囲気を醸し出しているエフィさん。薄い水色のワンピースも相まってまさしく妖精のようだ。


 彼女は画家である。すなわち、ここはアトリエ。


 アテナのバイトはその被写体となることだ。

 幸か不幸か、裸婦画ではない。窓辺に座った姿だったり、果物を抱えている格好だったりを描かれることが多いな。

 

「それじゃあ、今日もそこで、そう、その角度で……」


 エフィさんの言葉に従ってアテナが姿勢を変える。

 今日は両手を組んで祈るようなポーズだ。


「そう。それでいいわ」


 納得のいくポージングになったのか、大天使、ではなくエフィさんはふんわりとした笑みを見せる。その笑顔を世に発信すれば、世界から戦争が無くなるであろうことは想像に(かた)くない。


 椅子に座り、エフィさんは白いキャンバスを絵の具の付いた筆で撫でていく。

 その表情は真剣で。優しくとも本気の筆を走らせているのであると感じさせた。


 ――静寂。

 それでも、心地のいい静けさ。


 筆の音と、時々入り込む小鳥のさえずり。


 アテナも日向ぼっこする猫のようになっていた。


 そしてその神聖空間に溶け込むような声が、聖水の一滴の如く、俺の鼓膜 (ないけど)を揺らす。


 普段、戦闘だ任務だと血の気の多いことばかりしている俺たちの心を癒してくれる。バイトではあるけれど、こっちからお金を払いたいくらいだ。


「そういえばアテナちゃんは知ってるかしら。もうすぐ例の襲撃事件で魔族を撃退してくれた神様をお迎えする儀式があるそうよ」


「えっ!?」


 ビクッと震えてアテナがポーズを崩す。だがエフィさんはそれを咎めることはなく、静かに微笑んで見ている。


「豪華な神殿が今建てられているでしょ? その完成に合わせて高名な神官さんたちがたくさん来るらしいわ」


「そ、そうなんですか……」


 その神様ってたぶん俺のことだよな……。

 ど、どうすりゃいいんだろう。悪いけど神殿に住むつもりはないし、お迎えを受けるつもりもない。


 というか、アテナとルミナスを除けば俺の居場所さえ知ってる奴はいないだろうに、『高名な神官』とやらはどうするつもりなんだろうか。


「アテナちゃんは神様ってどんな御方だと思う?」


「どんな……?」


「ええ。性格とか、好みとか」


「さ、さあ……」


「私はきっと気まぐれな方だと思うわ。思ったように生きて、自分のしたいことをするような自由で奔放な神様な気がするの」


 残念ながらハズレだ。

 俺は繊細で思慮深く、計画性を重んじる性格だからな。


「そうですね。私もそう思っています」


『え?』


 どういうわけか、俺を知っているアテナがエフィさんに同意してしまった。


「悩みを一切持ってないような楽天家だと思います」


 アテナの若干遠慮のない言い方にエフィさんは小さく笑った。


 おかしい。

 俺はそんな能天気な奴だと思われているんだろうか。


「優しい神様であることを願うわ。世界には良い神様だけとは限らないもの」


 絵を描きながらエフィさんはそんなことを言った。


 そういえば、俺じゃないちゃんとした神もいるんだろうか。居るのなら会ってみたいもんだ。





 こうして俺たちはバイトが終わるまで穏やかな時間を過ごしたのだった。

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