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教師と生徒

昨日は用事で帰宅できず投稿できませんでした……。

 魔族襲来事件から一週間がたち、学院も授業を再開しようとしていた。


 まだ傷跡が色濃く残る荒れた庭を校長室から眺める者が一人。ヴァルハラ学院が校長、アカシア・ゴリアテアスである。


 迷宮探索(ダンジョンシーク)を早々に中止にした彼女は生徒と共に学院に帰還したのだが、着いた時にはすべてが終わっていた。学院に残っていた教師の話と各所に設置された魔導レンズ(映像を記録する道具)で何があったのかは知ったが、にわかには信じがたいことの連続だった。


 生徒の一人がサキュバスであり、それにもかかわらず魔族の男に食らいつこうとしていたこと。ヘカテイアの謎のスキルのこと。そして、例の男神。


「校長、例のサキュバスを処刑しなくて良かったのですか? あれを生かす価値などないように思われますが」


 アカシアの背中に言葉をかけたのは教頭であるラガシュ・バッカス。規律を重んじる、貴族らしい思考をもった男だった。


「問題ないわ。むしろ殺すほうが危険ね」

「魔族の報復があるとでも?」

「それはないわね。それよりもっと大変なことよ」

「それは……?」

「神罰、よ」


 世間ではあの男神が人類の味方だと騒がれているが、アカシアは必ずしもそうではないと感じていた。映像を見ただけなのでなんとも言い難いが、あの神は人類を助けたのではなくあのサキュバスの少女を助けただけではないかと思っていた。


 その結果、ついでに(・・・・)人類も助かった、と。


 ともかく、ヘカテイアとウルティメオには注視していかなければなるまい。そう考えていた。


 そんな時、校長室のドアがノックされる。


「入りなさい」


 お辞儀をし、入ってきたのはまさに件の少女、アテナ・ヘカテイアだった。


「ヘカテイア、何か用かしら?」

「はい。先生にお願いがあってまいりました」


 内心、アカシアは警戒する。一見あどけないこの少女には油断できない何かがあった。


「ヴェリティ先生との面会を希望します」

「あの女は魔族に味方した大罪人だ! それはできん」


 アカシアより先にバッカスが答える。が、アカシアは、


「……いいわ」


 そう口にするのだった。


「こ、校長! なりませんぞ! あの女は危険です。会話をするだけで何をするやも……」

「落ち着きなさい。彼女は魔封じの牢につながれている。問題はないわ」

「しかし……!」


 じっと教頭を見つめる校長。

 その視線についに教頭は折れ、「はぁ」とため息をつきながら肩を落とすのだった。


「ありがとうございます」


 お辞儀をし部屋を出るピンク色の髪の少女を、アカシアは静かに眺めていた。








 * * *







 俺とアテナはゆっくりとランプ片手に階段を下りていた。


 薄暗い地下、じめじめとして気味の悪い空間だ。そこら中に蜘蛛の巣があり、ねずみが走っている。


『なあ、なんでヴェリティに会いたかったんだ?』


 コツコツと乾いた足音を立て、一段一段下るアテナに話しかける。


「少し確かめたいことがありまして」

『ふむ……』


 なんだろう。

 もう一件落着したんじゃないのか。うむむ、わからんな。


 階段が終わると、一つの牢が見える。大罪人をつなぎ留めておくための特別なものらしい。その中に鎖に四肢をつながれた美人さんが一人。ヴェリティだ。


 足音に気が付いたのか、ヴェリティも顔を上げる。


「あらぁ? 誰かと思えばアテナちゃんじゃない。どうしたの? 先生に会いたくなったの?」


 相変わらず挑発的な口調だ。しかしその言葉にアテナは眉一つ動かさない。


「一つ確認がしたくて来ました。率直に言います。――先生もあの男に【魅了】されていたのではありませんか?」

『え?』


 ヴェリティが笑顔を張り付けたまま固まる。

 いや待て。それは……


 困惑する俺をよそに、アテナは続ける。


「あの魔族がインキュバスだと知ってそう思いました。そして今、あの魔族は死にました。【魅了】は術者が死ねば解けます。つまり先生は今……戻っているのではありませんか? あの男に会う前の状態に」

「ふ、ふふふ。あっははは!!」


 ヴェリティが笑う。だがどこか空々しい。


「残念だけど違うわ。私は私の意思で魔族に協力したの」

「先生は優しい人です。学院で落ちこぼれていた私を何度も励まし、優しい言葉をかけてくれました。……今も同じなのではないですか?」

「え…………?」

「先生は処刑が決まっています。先生が正気に戻ったと知ったら私がショックを受けると思って気を使っているのではないですか?」

「違うわ……」

「先生」

「そんなわけ……ないでしょう」


 ヴェリティは笑う。笑顔を張り続ける。――目の端から大粒の涙がこぼれてもなお、笑顔を続けた。


「先生……」

「私はあの男に自分から協力したいと思ったの」

「…………」


 静かに、何を言うでもなくアテナはヴェリティを見つめる。だがその目は言葉よりも多く語っているように思えた。


 ヴェリティの唇が震える。


「私は……私は魔族の仲間で人類を裏切った愚か者……。最低で、生徒を守るどころか危険に晒した、教師を名乗る資格なんてない、死んだ方がいい存在よ。だからお願い。誰にもこのことは言わないで」


 ヴェリティは顔を伏せる。


 なんてこった……。

 これじゃあまりに救いがない。有能であるばかりに魔族に利用され、罪を背負わされ。悪人としてみんなに憎まれながら処刑される。


 普段は優しい生徒想いの先生だったというヴェリティ。きっとそれが本来の彼女なのだろう。


「先生は私の恩師です。これからも私の先生です」

「もう私は先生と呼んでもらう資格はないわ」

「私には先生を先生と呼ぶ権利があります」


 面食らったように、泣いて赤くなった目を丸くするヴェリティ。


「あなたには勝てないわね。さすが座学で学年首席なだけあるわね」

「い、いえ。そんなたいそうなものでは……」


 え、学年首席!?

 頭いいと思ってたけどそんなにだったんだ……。


「それでついたあだ名が『全知無能』。けれど、今じゃ能力も高いものね。さすがだわ」

「うう……」


 それから二人は学校生活での出来事を懐かしむように語りあった。とても牢越しの会話とは思えない、暖かいものだった。


 それゆえに悲しいものがある。


 処刑を控えた恩師と王都を救った生徒の会話。


 でも今目の前にあるのはそんな仰々しいもんじゃなくて。


 ただの女の子と、優しい先生の楽しそうな、それでいて悲しそうな笑顔だった。

これにて第一章は終わりです。


ストックはあるのですが第二章を全部書き切ってから投稿したいので次の投稿は約一か月後くらいになると思います。申し訳ありません。


そして誤字報告をくれた方、感想をくれた方、評価をくれた方、ブックマークしてくれた方、ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。


今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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