戦いを終えて
《アテナ視点》
【降臨】を使った私はいつの間にか魔力切れを起こし気を失っていたようです。ルミナスと一緒に学院の先生に保護され、気付いたら病院のベッドに寝かされていました。
入院費が怖いです。とても怖いです。
特に怪我もなく、明日には退院できるとのことです。そこは安心しました。
私のことよりもルミナスのほうが大変です。一命はとりとめたものの、かなりの重症らしく完治までには時間がかかると聞きました。非常に心配です……。
そして……
『どうかした?』
「い、いえっ」
手の中の小石をそっと胸に抱きしめます。『んふっ!?』と小さな声でヤマダ様が声を漏らした気がしました。
「ヤマダ様ありがとうございました。本当に、感謝しています……」
『気にしなくていいさ。俺もアテナの武器やってるのは結構楽しいんだ』
そんなことをヤマダ様は言うけれど――。
私は少し嘘をついていました。いえ、嘘ではないのですが。
私は感謝や畏怖以外の感情も抱いてしまっていたのです。
「ヤマダ様、私は学院に行くのがすごく嫌だったんです」
『そうなのか? 全然そんなふうに見えなかったけど……』
「ふふっ、それはそうです。嫌だったのはヤマダ様に出会うまでのことだったのですから」
『そ、そうか』
心臓が高鳴ります。きっと、この鼓動は胸の中のヤマダ様にも伝わってしまっているでしょう。
「友達がいないのも陰口を言われるのも慣れています。でも慣れているからって傷つかないわけじゃないんです」
『そうだな……』
「私を守ってくれて、私を励ましてくれて、私に力を貸してくれて。私の味方でいてくれて、本当に……本当に…………ッ」
『アテナ……?』
あの姿を見た時に私は確信してしまいました。こんなに助けられてこの気持ちを抱かないほうがおかしいです。
たった一瞬、【降臨】の直後に拝見したお姿。今でもはっきりと目に浮かびます。
不相応な身でありながらこの想いを胸に抱くのをお許しください。
――心よりお慕い申し上げます、ヤマダ様。
* * *
《ルミナス視点》
まばゆい太陽。白い波が寄せては返す砂浜。純白のテーブルを囲み、ボクとヤマダ様は紅茶を飲んでいた。
ここはボクの夢の中だ。
現実のボクは今もベッドの上。包帯でぐるぐるに巻かれて寝かされている。夢の中の環境設定はボクの思いのまま。今回はヤマダ様のリクエストで爽やかな海辺だ。
うん、それはいいのだが……。
「あの、ヤマダ様……。やはり少しばかり恥ずかしいので……できれば着替えさせていただけたら……」
「そんなことよりもだ。身体は大丈夫か? いつ頃退院できそうだ?」
「えっと、退院は一か月後になりそうです」
「そうか。また戻ったらアテナと仲良くしてやってくれ。あいつは寂しがり屋だからな」
「はい。……あの、この格好は」
――恥ずかしいです。と言おうとしたところで被せるようにヤマダ様が「そういえば」と口を開く。
「周りにサキュバスってバレちまったけど大丈夫なのか?」
「ええ、校長がかなりまわりに働きかけてくれたおかげで。私以外にも人族に協力している魔族はいるらしく、例外的に王都の居住と学院での生活を許可されました」
「へぇ」
「魔族と戦うには魔族でありながら人族側に着く存在は大切なんだそうです。といっても、今回の働きがあってこそ私は人族の味方と認められたのですが」
「なるほど」
死にかけながらも敵魔族と戦ったことが評価され、処刑や追放を免れたということだ。もっとも、それでも裏で襲ってくる人々はいるだろう。それくらい魔族は嫌われている。
「大変だな、お前も」
「ええ、ですが最近はそれも楽しいのです」
「ほう」
「これもアテナとヤマダ様のおかげです」
「そうか。俺もルミナスがいてくれるのは嬉しいよ。こうして、本来の姿にも戻れるしな。夢の中限定だけど」
そう言って少年のように笑うヤマダ様。その姿につられてボクも笑ってしまう。そして――見惚れてしまう。
今生きているのはヤマダ様のおかげだ。
ゼウクシスとの戦いの最後、気を失う直前に見た光景は決して幻想ではない。神々しく、神秘的ではあったがまぎれもない現実。
私を二度も救ってくれた彼。
そんな神様のことを好きになってしまうのは仕方のないことだと思う。いつか一人の女としてこの方の隣に立てたら、なんて。ありえない妄想ばかり膨らんでしまう。
「なあ、ルミナス」
ヤマダ様が凛々しいお顔でボクを真っ直ぐと見つめる。……は、恥ずかしい。
その視線にちょっとだけ顔を逸らしてしまう。
「週に一度くらいのペースでここに来てもいいか? 本当は毎日来たいけど、さすがに悪いしな。俺がいちゃ気が休まらんだろ」
「いっ、いえっ! 毎日でも大丈夫です! むしろ毎日でお願いします!!」
「そ、そうか? 本当に大丈夫か?」
「は、はい! というか、サキュバスは夢の中だと疲労も回復していきますし。人族の明晰夢とは違って頭もかなり休まります。なのでお気遣いは不要ですよ」
「そうか。そりゃあ良かった」
満足そうに微笑むヤマダ様。
「……さて、じゃあ今日はこの辺で帰るかな」
ヤマダ様が立ちあがり、その姿が薄くなっていく。ヤマダ様はご自身のスキルを使ってこの夢の中に入っているらしく、そのスキルを解除すると夢から覚めるらしい。
そしてヤマダ様はこんな言葉を残してお帰りになるのだった。
「ルミナス、今回のスク水はすごく似合ってたな。次は裸ワイシャツで頼む」
………………
…………
……
――とある場所、とある時間。
神々は円卓を囲んでいた。白い服に金色の装飾、そして各々が自らを象徴する神器を携えている。
そのうち、三叉矛を持った男神が羽衣を纏わせる女神に挑発的に言葉を投げつけた。
「今回は見物だったなぁ? ウルズよ」
「黙りなさい。お前には関係のないことよ」
「あの魔族にやった加護、相当力入れたやつだったよな? カカッ、情けねぇ話だ」
「……ッ!!」
ウルズが男神を睨む。が、男神は意に介した様子もない。
「止めんか、二人とも。だが今回の結果は由々しき事態であるぞ。なにせ、我らに敵対する神が現れたのだからな」
白髭を蓄え長い杖をもつ老人の言葉に、その場全員の眼がわずかに鋭くなる。
「……で、そいつは結局どこの神だ? 俺ァあんな格好の神は見たことがねェ」
「わからぬ。おそらくは辺境の神であろうな。油断はできん。だが信仰の強さと数で勝る我々があのような田舎の神に負けるはずがない」
「ええ、この借りは返さないとウルズの名が廃るわ……!」
神と神。
その戦いの日が近づいていることをヤマダはまだ知らなかった。




