夢魔と神
ルミナス視点で始まります。
「痛ッ……」
学院の屋根。いつも見ていたそこが今は地獄のようだ。
落下の衝撃と雷撃のダメージが染みるように全身を駆け巡る。痛みに耐え、急ぎ周りを見渡せばそこにはおびただしい数の魔物たち。
グレムリン、ガーゴイル、グリフォン……名前のわからないやつも含め、数えるのが馬鹿らしくなるほどの魔物がボクを睨んでいる。
「おやぁ? これはこれは。我が同士ではないか」
コツ、コツと。
魔物の群れの間を燕尾服姿の男がゆっくりとこちらに歩いてくる。――魔族だ。自分と同種であり、人族の敵。
「お兄さんが黒幕かい?」
「そうなるな。……ところで、君はサキュバスだな? 同じ夢魔だからわかるよ」
「……そうかい」
「そう、同じ魔族。仲間だよ」
「仲間……」
「それで一つ提案なんだが――――私と一緒に来る気はあるか?」
「……それは人族を裏切れと言っているのかな?」
ボクの言葉に、男は慈愛の表情を見せる。そして温かみのある、優しく甘い声で囁くのだ。
「裏切りじゃない。元居たところに戻るだけさ。もう辛い思いをすることもない。……君は“混血”なんだろう? 各所で不遇な扱いを受けてきたのは想像に難くない。でも安心してほしい。私は君の味方だ」
「…………」
「もう怯えることも、我慢する必要もない。私が君を守ってやろう」
――『守ってやろう』、か。同じ言葉を聞いたな。
以前のボクなら絆され嬉々としてこの魔族について行っただろう。
黙るボクを葛藤しているとでも思ったのか、男はさらに言葉を畳みかける。
「もう可哀想な君はいないんだ。さあ、私たちの故郷に帰ろうではないか」
「可哀想……ね」
言って、ボクは男を真正面から見据える。
――可哀想。
その言葉にこそ奴の本音は潜んでいる。自然と怒りが沸いてくる。見てきたわけでもないのに、知った顔で語りやがるその横っ面をぶん殴りたくなる。
この男のとってつけたような優しさ、隠しきれていない蔑みの感情。なにより、あの方と同じセリフを吐いたことが許せない。
「お兄さん、悪いけどお前なんかについて行かないよ。大好きな仲間がいるボクはあんたよりよっぽど幸せだからね!」
「なんだと……?」
友達の笑った顔が、ヤマダ様の不愛想で暖かい声が頭をよぎる。
――ボクにできる全力でボクは友達の『居場所』を守りたい。
混血のサキュバスを何も言わずに受け入れてくれた。ボクを仲間にしてくれた。ボクをサキュバスじゃなくてルミナス・ウルティメオとして見てくれた。
自分より優先したいものができた。
そのためならば……ボクは命だって燃やして見せよう――!
「はああああああッッッ!!!」
上限を超える勢いで足に力を込め、加速する。
おそらくコイツはアカシア校長と同等かそれ以上に強い。正直言って勝算はない。しかし勝てないまでもできることはあるはずだ。
「チッ……やはり混血。愚かだな」
吐き捨てるような声。こちらの臨戦態勢に反して奴は構える様子がない。……舐められている。だがこれはチャンスだ。多少なり負傷させるだけでもいい。ボクはダガーを―――
「――がはぁッッ!?!?」
――炸裂音。
鉄塊で殴られたかのような衝撃。
気づけばボクは壁に叩きつけられていた。
見えなかった……ッ! 仮にも敏捷型のボクがまったく捉えられなかった……!!
なんとか立ち上がるが、視界が安定しない。
身体中のいたるところで骨が折れている……!
「ごふッ……!?」
口から紅く熱い液体がこぼれる。内臓がやられている。
おそらく受けた打撃は一発ではない。目視できない一瞬のうちに、少なくとも十発以上受けた……!
ヤマダ様の加護がなければ即死していた。
「ほう? 死ななかったか。だが威勢がいい割に弱すぎるなァ、混血君」
「ぐッ……」
「私は既に夢魔の限界を超えている。今、何発蹴ったかわかったかい? そうだね、秒間にして35発ほどかな」
馬鹿げている……! そんな乱射みたいな攻撃、魔族だとしても異常だ……。
立て直す間もなく、髪を強引に掴まれる。
「そういえば自己紹介がまだだったねぇ。私の名はゼウクシス・ユアン・デザイア。いずれ神にも名を連ねる者だ。せめて死にゆく前に脳裏に刻むがいい」
「え、遠慮しておくよ。……っ!」
直後、地面に叩きつけられる。
「か……ハッ…………!!」
揺れる、揺れる、揺れる――――視界が揺れて止まらない。
呼吸ができない。腕が上がらない。足に力が入らない。
ここまで手も足もでないなんて。
コイツは強すぎる。想像以上に強い。アカシア校長どころじゃない。
男は足でボクを踏みつけた。
「無様だなァ。これが同じ夢魔だなんて呆れるな。もっとも、混血の君じゃ仕方がないか」
「…………!」
「おやおやぁ? どうしたのかな? 言い返せよ。おら、何か言ってみろよォ! 混血の、人族にも魔族にもなれない半端者が!!」
立ち上がらないと。
ボクは立ち上がらないと。
しかし身体はいうことを聞いてくれなかった。手に力を入れようとしても、ただ土を掻くばかり。足は痙攣するだけで役に立たなくなっている。
「私はね、『神の加護』を授かったんだよ。偉大なる女神ウルズの加護さ。凡俗の君にこの凄さが理解できるかい?」
「は、はは……。頭の悪い女神も……い、いたもんだ……」
ギリッ、と踏みつけられる力が強まった。
「せっかく君を魔界に連れ帰って奴隷にしてやろうと思っていたけど……殺すことにするよ。どうだい? 何か言い残すことはあるかい? 可哀想で、惨めで、情けない混血ちゃん?」
「ペラペラと、よく……しゃべるね……。このっ、小物が――ぐぁっ!」
頭を踏まれ、口の中が切れる。
「小娘風情が……ッ!」
再び髪を掴まれ、高々と持ち上げられる。そして無理やりボクの顔を魔物共の方に向ける。
「見えるかい? 君は今から彼らのご飯になるんだ。ああ、可哀想に。どうしよう、死んじゃうよ?」
「…………」
ダメだ。意識が……途切れそう。
「骨をかみ砕かれ、肉を引きちぎられちゃうよォ! ああッ、なんて可哀想で無様なんだ! おお神よ、どうかこの惨めな混血を慰めてやってくれえっ……! アッハハハハハハッ!!」
――死。
この男は強い。
ヤマダ様がいたとしても勝てるかどうか。
頼む。
アテナ、逃げていてくれ。
ボクの大切な、初めての友達よ。
投げ捨てられ、鈍く光った魔物の牙がスローモーションのようにボクへ迫る。
数秒後にはボクは死んでいるだろう。
覚悟を決め、目を瞑る。
だが――
「なっ……! なんだ貴様はッ!!?」
(え…………?)
ゼウクシスの震えた叫び。
ボクは暖かい誰かに抱きかかえられていた。
途切れ行く意識で、何とか見上げればそこにはいつか夢で会った青年の顔が見えた。
「ヤマダ……様……?」
男神の眼光は真っ直ぐゼウクシスを射抜く。
「――覚悟はいいか、雑魚」




