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ヴェリティ

「【憑依】!」


 スキルの発動と同時にヴェリティの剣がアテナをその肩から斬り払う。が、傷つけることは叶わず。

 激しい金属音と共に剣身が砕けた。


『あっぶねえ……!』


 ヴェリティが驚愕に目を見開く。と、同時にバックステップでアテナから距離をとる。いきなりの豹変だな。まさかヴェリティが……。


「なによその硬さ! あんた、アダマンタイトでも食ってんのッ!?」

「……ッ!」

『気にしちゃだめだ! アテナの身体が本当はむにむになのは俺が保証してやる!』

「はうぅ……」


 顔を赤く染めながらもアテナは杖を構える。うっかりセクハラしてしまったが流してくれたようだ。


 その横でルミナスも両手にダガーを構え、迎撃の姿勢をとる。


「……それにしても、どうして私を疑ったのかしら?」

「それは時間稼ぎの会話ですか? さすがですね先生。私の弱点は持久力ですもんね」


 睨み合う両者。


 意外なことに、アテナは先生相手にも動じた様子がない。本番に限って肝が据わっている子だ。突然のことにも咄嗟に臨戦態勢に入れるのは素直にすごいと感じる。


「――【灯火】!」

「ッ!?」


 高速で打ち出された火の玉がヴェリティの頬を(かす)る。


 唖然、戦慄――。

 ヴェリティは一歩も動けなかった。


「先生、自首してください。……断るなら先生を倒します」


 真摯な眼差しできっぱりと言い切る。おそらくだが、きっとアテナは先生を倒す自信もないし、したいとも思っていないだろう。


 それでも、そのことを悟らせない振る舞いはさすがに戦吏の卵といったところか。


「…………ッ」


 アテナの牽制にたじろぐヴェリティ。

 おお、アテナが教師相手に精神的に優位に立っている……! いや待て、相手は学院の教師。すなわち、プロだ。表情や仕草を簡単に信用してはいけない。


 互いに睨み合いが続く最中、アテナが口を開く。


「……最初に違和感を抱いたのは魔法試験のときです」

「は……?」

「私の目をじっと見つめる、というのが少しだけ妙だと思ったんです。凝視されればむしろ緊張するものです」

「…………」

「あのとき、先生は【魅了】をかけようとしていたんですよね?」

「……へぇ」


 少し感心したように、薄く笑みを作るヴェリティ。反応を見るに、アテナの予想は当たっているのだろう。


「そして第二に、迷宮に魔物が現れたタイミングが不可解でした」

「あら、どこがおかしいというの?」

「おかしな点を言う前に、この魔物は召喚陣を描いたスクロールによる召喚で呼んだのですよね? 召喚した場所はテントの中。テントの残骸で隠していたようですが、地面にわずかに魔法陣の痕跡がありました」

「…………」

「昨日や一昨日に召喚していたら他の先生に見つかってしまいます。だから召喚するなら当日にするしかありません」


 ヴェリティは黙って聞いている。教師として振る舞っているときには見せなかった、鋭い目つきで。


「これだけ大規模な召喚だと巨大な魔法陣が必要です。あらかじめ魔法陣を描いたスクロールを用意していたんでしょう」

「ふふ、魔物は全部で100匹はいたわ。それだけの数を召喚するために必要な召喚陣の大きさはどれくらいになるか分かるかしら? ――半径3.5メートルよ。多少折りたたんだとしてもそんな巨大な(スクロール)を持ち歩いていたら他の先生に変な目で見られちゃうわよ?」

「確かにそうです。きっとその点が一番の難点だったのでしょう。だから生徒を魅了して、分割して運ばせることにしたんですよね?」

「……ふぅん」


 生徒に運ばせて現場で組み立てたということか。……ちょっと待て。だとすると非常にまずい状況じゃないか?


「よくできたわね。先生嬉しいわ」


 二コリと綺麗な笑みを浮かべる。と、同時にアテナを他の生徒たちが囲んだ。その手には杖や剣、槍が握られている。


「全部正解よ。ここにいるすべての生徒が魅了されているってところもね」

「…………」


 アテナは視線だけで周囲の生徒を見る。


「ただ一つだけ確信を持てないことがあります。……ヴェリティ先生、どうしてこんなことをしたんですか?」

「教えてあ~~げない! それから、私のことはヴィーチェって呼んでくれると嬉しいなっ♪」


 挑発的な言い方、仕草、表情。

 ヴェリティが指を鳴らした直後、背後の生徒が斬りかかる。


 ――剣に躊躇がない。仮にも同級生に対して本気で殺しに来ている。


「はぁッ!!」


 アテナは振り向きざまに剣を素手で叩き折り、肘で相手の腹を突く。だが相手は多少(ひる)んだが大きなダメージはない。アテナの体術では有効打にならないか。


 俺の魔法では殺してしまうかもしれないし……なかなか厳しいな。せめてできることをせねば。

 

 俺は【看破】でアテナを見る。


――――(MP:1500/3200)


『残りMPが半分を切ったぞ! 持ってあと10分ってとこだな……』

「…………!」


 アテナ焦りを見せる。しかし焦れども状況が良くなるわけではなく。防御力が跳ね上がっている【憑依】状態ならダメージはないが、効果が切れたら1分と持たず負けてしまう。


 ――いざとなったら俺のスキルで全員殺すしかないか……?


 そう考えている時、全方位から刃と魔弾が迫る。全員による同時攻撃。逃げ場の無い攻撃だ。その不可避の連撃に対しアテナは――




「きゃあッ!?」




 その声を漏らしたのはアテナではなかった。むしろアテナはホッとしたような表情を浮かべた。


 声の主、すなわちヴェリティは背後から現れたルミナスによって地面に押さえつけられていた。


「お前……ッ!? ウルティメオかッ……!」

「時間が惜しいはずのアテナがどうして先生の手口を説明したか疑問に思わなかったんですか? 時間稼ぎがしたいのはこちらも同じだったんです」

「このっ……!!」


 流れるような所作でルミナスはヴェリティの腕に関節技を極め、喉にダガーを当てる。


 アテナが囮となって他生徒をひきつけ、姿を隠したルミナスが強襲する。とっさの作戦ではあったが、アテナを警戒しすぎたヴェリティには見抜く余裕はなかった。


「先生、魅了を解いてください」

「ぐッ……」

「解け」


 ルミナスのダガーがわずかにヴェリティの首に食い込む。その淡々とした声色にヴェリティの顔が青ざめる。


「先生は魅了の解除方法が二つあることをご存知ですか? 一つは術者自身が解くこと。もう一つは――術者を殺すことです」

「ッ!? わ、わかったわよ! 解くわ、解きます!!」


 その瞬間、生徒たちの動きがぴたりと止まった。彼らの眼には困惑の色が浮かんでいる。


「あれ……俺は何を……?」

「これは……?」


 手に持った剣や杖を怪訝に眺める。

 ともかく、これで戦闘は終了か……。ひとまず安心だな。


 アテナが【憑依】を解く。


「……では先生、こんなことをしたわけを話してください」


 周りの戸惑う生徒には目もくれず、アテナは押さえつけられているヴェリティの元に歩み寄る。


「ふ……ふふっ……。自分で考えてみたら? ――ぐぅッ!?」


 ルミナスが極めている腕に力を入れる。その様子をアテナは静かに見下ろしている。


「ではこれは私の推測ですが、目的はアカシア校長や他の教師の足止めではないですか?」

「あらぁ? 分かってるじゃない。それにしては冷静ね。……あなたの言う通り、帝都の巨大戦力であるアカシアや学院教師をここに留めておくのが私の役割。つまりは陽動。本命は帝都よ。今頃は占拠されてるかもね?」

「……そうですか」


 アテナはぐっと手を強く握る。


 (あざけ)るようなヴェリティ、いや、ヴィーチェの眼は、事態は最悪の方向へ進んでいることを物語っていた。


「……アテナ、どうする?」

「迷宮の奥まで行けば転移陣で学院に帰れます。……おそらく、それが最短ルートです」

「それ、時間はどれくらいかかるんだい?」

「……おそらく、全力で迷宮を駆け抜けて明日の夕方に間に合うかどうか、といったところですね」

 

 ……それじゃ間に合わないだろう。今まさに、学院は攻撃を受けているというのに。


 帰った頃には帝都は半壊しているだろう。


『俺なら迷宮に大穴を開れるぞ。というか、やろうと思えばここから学院までの一本道も作れるぞ』

「……ッ! なるほど、直線距離なら……いえ、それでも半日はかかりますね……」


 顎に手を当て、アテナは考え込む。

 相手は高位の魔物を呼べる召喚陣を描いた手練れ。学院教師の多くが迷宮にいる今、数時間もあれば帝都を火の海にできるだろう。


「……ボクに一つ考えがある」


 ルミナスの小さな声。

 

「移動手段があればいいんだろう? ヤマダ様に迷宮(ダンジョン)の天井を壊してもらえれば、なんとかなるかもしれない」

「本当ですか!? いったいどんな方法なんですか!?」

「飛んで行けばいいんだよ」


 そういったルミナスは確かな決意と覚悟を持った、そんな表情をしていた。

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