少女の涙
ビクついたままのルミナスが口を開く。
「ひ、一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「そんなにビクビクされるとちょっと傷つくな……何?」
「ヤマダ様とヘカテイア……様のご関係は、その、どのようなもので……」
「俺とアテナの関係……?」
恋人同士と思われてる――ことは絶対にないな。
ひょっとするとアテナも神か、あるいは神に準ずる天使的な何かかと思っているのだろうか。
「なんつーか……。力を貸す代わりに俺の身体、魔石を運んでもらってんだよ」
「そ、それだけの関係なのですか……?」
「ん……まあ普通に友達だとは思ってるけど」
「ととと友達ぃっ!?」
ガタガタと震えだすルミナス。
普段冷静なこの子が取り乱している。はっきり言って面白い。ずっと見ていたい。
「これまでのヘカテイア様への無礼……! なんとお詫びすれば……ッ!」
「いやだから……そんな畏まらなくても……」
話が進まない……。
確かに俺は異質な存在だろう。それなりのステータスを持って、意思のある魔石。……不気味だな。
「ところでさ、一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「はっ、はひぃ! 何なりとお申しぷけくだしゃいいいッッ!!」
アテナみたいになっている。
はぁ、と。さすがにため息が漏れる。会話がしづらくて仕方がない。
「この人間の身体は久しぶりでさ、やっぱりこっちの方がいいんだよな。それで、たまにでいいからこの夢の中に遊びに来ていいか?」
「…………………………は?」
ポカンと口を開けて惚けるルミナス。
……さすがに嫌がられたか。
「そのかわり、可能な限りルミナスに力を貸すぞ。何かあれば俺がルミナスを守ろうじゃないか。だから、な、頼むよ!」
ガツンッ、と音が鳴るほどに地面に額を打ち付けるルミナス。
激しく、必死さのある土下座だ。
「つ、慎んでその命お受けいたします!」
「あ、ありがとう……。何度も言うけど、俺はそういう敬意を払うべき奴じゃないからな?」
「ははっ!」
ははっ、じゃねえよ。
絶対わかってない。まいいや。
「ともかく、これからよろしくな。それとアテナはアホの子だけど仲良くしてやってくれ」
「あっ……」
「ん、どうかした?」
「あの、ヘカテイア様にはボク……私がサキュバスであることは黙っていてほしいのですが……」
「もうしゃべっちまったぞ」
「なっ!?」
驚愕、だけでなくひどくショックを受けた表情を浮かべるルミナス。
「……そうですか。ちなみにいつ頃から彼女は私がサキュバスだと……」
「最初から。あったその日からだ」
「え? いや……そんな。だって、ありえません……」
今度は純粋に驚愕のみ。
しかしその驚き様はさっきの比ではない。
「だって……魔族ですよ? 軽蔑するはずです。サキュバスだって知ってたら普通に話すはずない。距離をとって、誰かに告げ口して……私を嫌悪するはずです」
「…………」
「ありえません。そんな……」
戸惑っている。
そんなルミナスを見て、さすがに心が痛む。
この少女は今までどれだけ拒絶されてきたのだろうか。ただの友達ができることをあり得ないと信じ切ってしまうほどの苦痛に耐えてきたのだろう。
ルミナスは両手で口元を押さえる。
「ありえ、ない。だってヘカテイアは……ッ!」
「……まあ、あいつの何気ない優しさは信じてやってくれよ」
サキュバスと知っているのに、幾度となくルミナスを気遣っていたアテナ。
ルミナスの眼からはいつの間にか大粒の涙がこぼれていた。
「サキュバスのボクに優しくできる人なんて……受け入れてくれる人なんて…………!!」
これ以上、女の子の泣き姿を眺めるのは無粋だろう。
いくら俺でも空気は読めるのだ。
俺はルミナスに背中を向ける。
「ルミナス、もしアテナとこれからも仲良くしてくれるなら、あいつのことを名前で呼んでやってくれ。きっと喜ぶぞ」
それだけ言って俺はこの夢に介入するのに使ったスキル、【インターセプト】を解除した。
* * *
「なんだというのだッ!!」
――ガシャンッ
ワインの入った瓶が割れ、床に赤い染みが広がる。
薄暗い部屋、魔族の男は激怒していた。怒りを爆発させる男にヴィーチェは肩を震わせる。
「あり得ん……。あり得ん、あり得んあり得んッッ!!!」
「ご主人様……」
男はグシャグシャと頭を掻く。
その傍らのベッドには、意識のないサキュバスの女が横たわっていた。
「イリアスが夢の中で敗れるなど……何が起こったというのだッ!!」
サキュバスの女、イリアスは夢の中で殺された。
精神が死んだ彼女が目を覚ますことは二度とない。
「夢の中で無二の強さを誇る夢魔を屠るなど、いったいどのような手を使ったのだ……! こんなことがあってたまるかッ!!」
思い切り椅子を蹴り飛ばす。
椅子はレンガの壁に当たり、不快な音が部屋にこだました。
「ふざけおって……次はこうはいかんぞ。人間ごときが図に乗った報い、必ずや身をもって受けてもらうぞ……!!」
強く拳を握る。
その眼に宿るのは怒り、そして殺意。
彼は心の底の部分で人族を見下していた。
下等な種族だと、自らの力には遠く及ばないと信じ切っていた。
だからこそだろう。
誰に、どうやってイリアスが殺されたのか。
それを調べる冷静さを彼は既に失っていた。
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