少女の激高
『あ~……まったく……』
「ヤマダ様、今日は朝からご機嫌斜めですか?」
もぐもぐと食堂でモーニングプレートをフォークで突っついているアテナ。
ボッチ用の一人席が用意されているこの食堂はアテナのお気に入りだ。
ほぼ毎日三食、この食堂で済ませている。
『いやなあ……。最近夜に妙な気配がするんだよ』
「ええっ!? 泥棒でしょうかっ!?」
『いや、そういうんじゃなくて、もっとこう、ねちっこいような……』
「???」
『なんかムカつく気配がしてな。昨日は「どっか行け」って念じたら消えたから良かったんだけどな』
「うむむ……。良くわかりませんが、何事もやりすぎないようにしてくださいね?」
『おう』
そんな会話をしていたとき、視界の端にフラフラとした水色の髪の女の子が映った。
『おい、あれ。ルミナスじゃないか?』
「ほんとですね。って、ああっ!?」
朝食を運んでいたルミナスが男子生徒に足を引っかけられた。
こういうのは平民の宿命というべきか。アテナはその中でも特にひどい扱いを受けているけれど。
よろめきながらもルミナスは何とか倒れなかったようだが、スープがこぼれてしまった。
『むむ、ルミナスの身体能力ならあんな嫌がらせ躱せただろうに』
「確かにそうですが……今はウルティメオさんを助けないと!」
アテナはテーブルを離れ、急いでルミナスに駆け寄る。
「ウルティメオさん!」
「おや、ヘカテイアじゃないか。どうしたんだい?」
「どうしたって……だって、ウルティメオさんが……」
「ん? ああ、カッコ悪いところ見せちゃったね。気にしないでおくれ」
「…………」
足を引っかけた男子生徒は既に他の人ごみに紛れ、見失ってしまった。
ただの憂さ晴らしか何かでやってきてようだ。
しかしルミナスの様子はどこか憔悴しているように見える。アテナも心配そうだ。
「そうだ、今日は誰かチームに誘わないかい? 二人じゃ心もとないだろう?」
どこかぎこちない笑みを浮かべ、ルミナスはそんなことを言う。
メンバー探し。
それ自体には大いに賛成なのだが……。
『ルミナス、顔色が悪いな……。今日は止めといた方がいいんじゃないか?』
俺の言葉にアテナが小さくうなずく。
「ウルティメオさん、今日はお休みにしませんか? ここのところ忙しかったですし、迷宮探索に向けて英気を養うのも大切かと……」
「はは、何を言っているんだい? ボクたちにそんな余裕はないさ。でも、そうだね。それじゃあヘカテイアは今日は休むといいよ。ボクだけでも勧誘はできるからね」
むむ……。
口調こそ穏やかだが、何か強引さを感じる。
焦っているというか、冷静じゃないな。
「そっ、それは――――」
「ああゴメン。そろそろ一限の予習をしておかないと。じゃあまたね、ヘカテイア」
アテナの声も聞かず、半分こぼれたスープを返却口に持っていくルミナス。
追うべきか迷うアテナだったが、結局その背中を静かに見送るのだった。
* * *
それから授業が始まったわけだが……。
アテナは浮かない顔をしていた。
「え~、それでは今日は召喚陣について」
若い男の先生が黒板に魔法陣のようなものを描いていく。
今日の授業は魔法学。あの先生は後衛科の先生だな。
「召喚陣は便利に思われるがそうでもない。魔法陣の描き方には精密さが求められ、その上強力なものを作ろうと思うと魔法陣自体もかなり巨大になる」
淡々とした口調で魔法陣の横に解説を書き込んでいく。でも魔法陣ってなんかロマンがあるよな。ザ・ファンタジー。一度は描いてみたい。
「まあ主に奇襲や罠として使用されるな。偵察科の者はしっかり復習しておくとよい」
カリカリとノートをとる音があちらこちらから聞こえてくる。アテナも板書をとり、さらに自分流の補足も付け加えていた。
しかし授業の内容よりも俺には気になることがあるわけで。
『なあアテナ、結局放課後はどうするんだ?』
「放っておけないので私も勧誘に行ってきます。きっと、同じ平民の方を当たればチームに入ってくれる人もいますよ」
同じ平民、ね。
この学院にいる“平民”とアテナを同じといってしまっていいものか。
おそらくアテナのような純粋な平民はいないだろう。平民でも金があるやつしかこの学院にはいない。
……んん?
するとルミナスも大商人の娘とかなんだろうか。
サキュバスであるというところも気になるし、謎の多い奴だ。清楚でかわいいからいいんだけども。
『そういやアテナはサキュバスだって伝えても普通に接してるよな。気にしてないのか?』
「確かに……サキュバスは敵対している魔族ですからね。でもウルティメオさんはきっと悪い人じゃないですから」
アテナの言葉はどこか確信めいていた。
ただルミナスを信頼している、というだけじゃなく。何か感づいている様子だった。
こう見えてアテナは知識は豊富だ。……常識はちょっと欠けているけれど。
俺では気づかないことに気づいているのかもな。
* * *
そして授業が終わり。ラウンジに来る。
今日も各チームの争奪戦が始まる……かと思いきや、何人かでテーブルを囲んでいる様子ばかりが目に入る。
もうだいぶチームが固まってきてるんだろうな。
『お、あれは』
「ウルティメオさんですね!」
ソファに一人腰掛ける水色髪の貧乳少女。
ルミナスだ。
アテナはタタタッとソファに駆け寄る。
ルミナスの方もアテナに気が付いたようで顔を上げる。
「やあ、結局来たんだね」
「はい。ですが……やっぱりウルティメオさん、少し休んだ方が……」
「大丈夫だよ。さ、行こうか」
ルミナスがソファから立ち上がる。
「前衛科の子でまだ組んでない人がいたんだ。さっそく勧誘してみようじゃないか」
「え、ええ……」
そう言って歩き出すルミナスの後を慌てて追った。
ルミナスが向かった先には男子生徒が一人、紅茶を飲んでいる。
どれどれ……
種族:人族
名前:グリム・メイシン
年齢:14
レベル:17
HP:2000/2000 MP:1500/1500
筋力:180
耐久:121
敏捷:96
魔力:45
魔防:112
《スキル》
槍術【G】 二段突き【F】
投擲【G】
《称号》
なし
おお、なかなか良い前衛職じゃないか。
我がチームの火力を補えそうだ。これは期待ができる。
「やあ、ちょっといいかな?」
ルミナスが声をかける。
「なんだお前」
メイシンは少し眉を顰め、ルミナス……と、アテナを見る。
見られたアテナは少し気まずそうに縮こまった。たぶん、自分の悪評を自覚しているんだろう。
「ボクは偵察科のウルティメオさ。メイシン君はもうチームは決めたかい?」
「2チームから誘いを受けて、今はどちらも保留にしている」
「だったら――」
「嫌だね。俺はお前らのような賤民とは組まん」
はっきりとした拒絶にルミナスもアテナも面食らう。
「ど、どうしてだい? 賤民って……同じ平民同士だろう?」
「わかってないな。いいか? 肩書きなし、権力なし、おまけに能力なしのお前らと俺を同列に語るな」
「…………」
ムッとするルミナスだが言い返すことはしなかった。
これくらいのことでいちいち癇癪は起こさないんだろう。
メイシンは二人の様子など気にもかけず、言葉を続ける。
「俺が勧誘を受けているチームはどちらも貴族の学生で組まれている」
「む……」
「俺の父親は3つの領地で商いが許可されている大手の商会だ。そこらの貴族より資産もある。……お前らとは生きる場所が違うんだ」
ルミナスとアテナは黙って聞いている。
……けどムカつくな、このボンボン。
うむ、髪をきれいに1ミリカットにしてやろうかね。
「……ヤマダ様、何もしないでくださいね」
『おっと……』
だんだんと俺のことがわかってきたアテナに釘をさされた。
「そうかい……。それなら残念だ。邪魔をしたね」
努めて冷静に。
ルミナスはメイスンに告げ、その場から立ち去ろうとする。
アテナもその後に続き――
「いい加減気づけよ。お前らに居場所なんてないってことを」
背中に投げつけられたメイシンの言葉。
今まで受けた罵倒とさして変わらない、薄っぺらい悪口だ。
だが。
「……どうして君にそんなことを言う権利があるんだ」
ルミナスが足を止め、鬼の形相でメイシンを睨む。
あまりの気迫にメイシンもぎょっと目を見開いていた。
「いったい君がどれほど優れているっていうんだ。そうやってお前たちは……ボクの母さんと父さんを……ッッ!!」
「ウ、ウルティメオさん……?」
アテナがなだめようとするが、ルミナスは止まらない。
「お前たちにボクらの居場所を奪う権利なんかないっ! お前たちはいつも理不尽で、身勝手に…………ボクたちが何をしたっていうんだよぉッッ!!!!」
突然、激怒するルミナスにメイシンもうろたえる。
ここまで怒るとは予想外だったんだろう。いや、俺もびっくりしている。よくわからないが奴はルミナスの地雷を踏んだらしい。
目を逸らし「チッ」と舌打ちをする。
「わ、悪かったよ。……ほら、謝っただろ。早くどっか行けよ」
「…………ッッ!!」
今にも掴みかかりそうなルミナスをアテナが押さえる。
「ウルティメオさんっ」
アテナの言葉にルミナスがはっとする。
そしてそっと頭に手を当てた。
「すまない、つい……。変なところを見せちゃったね」
作り笑いを浮かべるルミナス。
そんな笑顔をみてアテナはますます困惑するばかりだ。
ルミナス・ウルティメオ――。
どう考えても訳あり少女だ。
そうして結局、新たなメンバーは確保できずにこの日も終わるのだった。
今日は昨日投稿しなかった分、もう一話投稿する予定です。




