女神
今日も今日とて授業である。
高校生だったころの記憶などすっかりおぼろげな俺には授業は新鮮だ。
『1限目は歴史かぁ。いいなあ、こういうの』
「そうですね。私も歴史の授業は好きです」
コソコソとアテナが小声で返す。
高校の時は嫌だったけど、今は割とこういう勉強は嫌いじゃない。
40代くらいのおっさんの先生がつらつらと語りながら、黒板にチョークを走らせる。
「――で、ゲブリン1世が現代まで続く大ゲブリン帝国を建国。これが人間界、魔界、ゴブリン界の三つ巴の争いの始まりだ」
……ゴブリン、大発展してるじゃん。
そして今はゲブリン213世が収めているらしい。
ゴブリンたちの世界ね。
かつての三勇士――ゴブルィン、シリウス、そしてゴー・ブーリンを思いだしてしまう。ゴブリンの寿命は50~60年ほど。もう三匹ともこの世にはいない。
懐かしい思い出だ。
「この三勢力が衝突せず大規模な戦争にならないのは、それぞれの大陸の間にある大海によるところが大きい」
なんたら界、とはついているが本当に世界が違うというわけではなく大陸が違うだけである。
海の魔物は手強い上にリヴァイアサンという主がいるせいでどの種族も海を超えることはできない。……ということらしい。
リヴァイアサンは本当はもういないんだが。
「さて、今日の授業はこれくらいにして……よし、今から抜き打ちテストをするぞ」
先生の声に学生たちがざわつく。
貴族ばかりの学校なのでぶーぶー文句を言う輩はいないが、みんな嫌そうだ。
だがみんなが慌てる中、アテナはというと、
『……なんか冷静だな。アテナなら慌てふためくところだと思ったのに』
「ふふっ、テストはそこまで嫌いじゃないんです」
好き嫌いとかじゃなく、抜き打ちテストなら誰しもそれなりにビビるもんじゃなかろうか。
クラスの雰囲気がどんよりしているのにも構わず先生は無慈悲に答案用紙を配る。
てきぱきと配り終えると、「解答始め」と淡々とした口調で告げる。
『ちょっと拝見。……ふむふむ』
《Q.1 各世界を支配する神王獣をすべて挙げなさい》
神王獣……?
なんだこれ、すべて挙げなさいって言われても一つもわからん。
なんかネーミングが中二くさいな。そんなこといったらキリがないけど。
アテナの解答欄をみると、既に答えが埋まっていた。
――――――――――
山の神 バジリスク
草原の神 黒騎士
天の神 麒麟
海の神 リヴァイアサン
荒野の神 アンタレス
――――――――――
ああ、神王獣って『○○の支配者』ってついてるエリアボス的なモンスターのことか。
1000年近く生きているけど、二匹しか知らなかった。
山の神って駅伝のエースかなんかかと思ったぜ。
他の問題はどんな奴だろうか。
《Q.2 聖竜歴567年、人族と魔族との間に起った第一次人魔戦争に参加した国を5つ以上挙げなさい》
――――――――――
聖国セレン
ルフォーン王国
アスラ皇国
アンドレアス帝国
エウクトラ共和国
――――――――――
《Q.3 第25代聖皇の名を記しなさい》
――――――――――
デモス・キリシュ・ソルキアン3世
――――――――――
そのほかの問も既に埋められている。
わずか一分足らずで15問分の解答欄がアテナのペンによって埋め尽くされたのだ。
早い。なんという解答スピード。
ペンを置いて見直しタイムに入るアテナ。その眼差しはとても真剣だ。
周りを見ると、他の生徒たちはうなり声を上げていたりコンコンと小刻みに机をペンで小突いていたり。皆悩んでいるようだ。
そうこうしているうちに「止め」と短く先生が言う。
と、同時に何人かの学生がベタッと机に突っ伏した。出来が良くなかったんだろう。
アテナは座学は意外とできるみたいだな。
うん、アテナちゃんにも長所があったみたいでお兄ちゃん嬉しいよ。
* * *
放課後、アテナの部屋で俺たちはルミナスとチーム会議をしていた。
「迷宮探索のルートだけど……3つある中でどれにしようか」
「例年では中央のルートを取るチームが多いそうですね」
テーブルに開かれた迷宮のマップを睨みながら話し合う二人。
見晴らしの良い中央ルート。
木々生い茂る西ルート。
岩場の続く東ルート。
出現するモンスターの強さで言えば、
西ルート<中央ルート<東ルート
となる。
「中央は他チームとの連携も取れるし、広くて戦いやすい。火力があるチームなら中央が一番だろうね」
「ですが私たちは……う~ん……」
「ヘカテイアは瞬間火力はすごいけど、持久力がね……」
さらに付け加えるならば、俺たちのチームは平民ということで他の生徒たちに疎まれている。
協力できないどころか妨害される危険性もある。
「岩場の東ルートは……これは厳しいですよね」
「むう……ボクじゃ刃が届かないようなデカい魔物も多いし、やめた方がいいね」
「ということは西ルートが最善でしょうか」
「消去法だけどそうなるね」
森林の西ルートが不人気なのは魔物の奇襲が入るからだ。
魔物自体は弱いんだが、周囲に擬態したモンスターや静かに忍び寄ってくる輩が多くて、踏破の難度で言えば中央より上だ。
しかしルミナスは偵察科。
斥候や工作、罠の設置や解除を得意とする学科だ。
正面を切って戦う火力では前衛科や後衛科に劣るが、森林のようなフィールドなら真価を発揮できるだろう。
「とりあえずルート選択は西ルートで確定ですかね」
「そうだね。……ふぅ、じゃあボクは自分の部屋で休ませてもらうとするよ」
そう言ってルミナスはフラフラと立ち上がる。
少しだがおぼつかない足取りだ。
「あの、大丈夫ですか……?」
「え、何がだい?」
「なんだか疲れてらっしゃるようでしたので……」
「ああ、これは……夢の、じゃなくて、えっと……そう、歴史の授業で抜き打ちテストがあってね。難しすぎて参ってたのさ」
「ああ、ウルティメオさんのクラスでもあったんですね」
ルミナスは何かをごまかすように歴史の授業の話を振った。
しかしあの抜き打ちテスト、やはり難しいやつだったのか。うちのクラスの出来も悪そうだったしなあ。
テストは今日の最後の授業の前に返され、アテナはなんと100点だった。
いやはや、実技はできないけど座学は抜群なんだなと思ったよ。
「平均点は30点に届いてないらしいし、ホントに嫌なテストだったよ」
「は、はは……」
少し気まずそうにアテナが笑う。
そうしてルミナスはテストの愚痴をつぶやきながら自分の部屋に戻っていった。
………………
…………
……
《ルミナス視点》
ヘカテイアとの会議を終えた私は早々に夕食を済ませ、さっとシャワーを浴びた。
パジャマに着替え、ベッドをじっと見つめる。
「…………」
寝ることに若干の忌避感を覚える。
もうあんな夢はゴメンだ。休まるどころか精神力がガリガリ削られた。
「……ふう」
一度深呼吸をしてからベッドに入った。
眠るだけ。そう、眠るだけだ。
いい夢が見られなくてもいいけどどうか悪夢だけはやめてほしい。
――だがボクの期待は裏切られることになる。
* * *
「……ッ!」
見覚えのある荒野が広がっている。
赤い土が舞い、息苦しさを覚える。
そして……
「……なんで手にも鎖がつながっているのさ」
遥か上空から伸びた鎖が両手首の黒い腕輪とつながっている。
そのせいで両腕を上げて無理やり立たせられる格好だ。
さらに足には相変わらず鎖が巻き付き、食い込むほどに強く縛っている。
「ふっ……!――ぐうぅッ!?」
引っ張り抵抗しようとすると、激しい痛みが身体に走った。
どういうことなのさ。前より状況が悪化しているじゃないか。
「目が覚めるまでずっとこのまま……。はは、きっついね……」
乾いた笑いが漏れる。
『大丈――……わた……――けて』
まただ。声がする。
「誰かな……」
頭がぼんやりする。
ダメだ。疲弊してきている。うまく考えられない。
――誰か、助けてほしい。
『私が、あなたを助けてあげるわ』
「――ッ!?」
白い霧のようなものが目の前に集まっていく。
荒野には似合わない、美しい白い霧だ。
「な、なにが起きているんだ……?」
白い霧は徐々にその形が人のようになる。
――神々しい。
そう思わずにはいられなかった。神秘的な輝きを持つ白さ。
『今まで辛かったですね』
美しい女性がはっきりと姿を現した。
ブロンドの髪を靡かせ、純白のドレスに身を包んだ彼女は女神と呼ぶにふさわしかった。
「あ、あなたは……?」
『私は女神イリアス。あなたを救うためにここにやってきました』
柔和な笑みを浮かべるイリアス。
女のボクでさえ見惚れてしまいそうになる。
「女神、様……」
『今のあなたには呪いがかけられています。夢の中で捕らえる呪縛の鎖です』
「呪い……」
『呪いはあなたの精神を侵し、最期には命さえ蝕むものです』
「そん、な」
心臓が恐怖で高鳴る。
――死。
いやだ。
いやだいやだ……!
『こうして姿を見せることはできましたが私はまだ十全に動けません』
「え……?」
『私を受け入れてください。強く、念じるのです。――そうすればあなたを救うことができます』
「女神様……」
この女神イリアス様を受け入れれば私の呪いは解ける。
私は心の底から感謝をし、イリアス様を――――
『――ぐっ!?』
突如イリアス様が胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。
歯を食いしばり、苦痛に耐えている。
『だ、誰だっ! 誰が私の邪魔をッ!! ぐううっ! おのれぇ……!!』
その言葉を残し、イリアス様は白い霧となって霧散してしまった。
なんだ? 一体何が起こったのだろうか。
呪いをかけた何者かから反撃を受けてしまったのだろうか。
わからない。
わからないが――――私の痛みは今夜も続くことになった。
勝手ながら、明日(3月11日)の投稿は自重させていただきます。流石に不謹慎だと思いまして。
僕自身、東北出身の友人は何人かおりますので明日は静かに黙祷を捧げたいと思います。




