魔法試験
そうして迎えた試験当日。
俺たちは控室で順番待ちをしていた。
「はわ、はわわわ」
『そう緊張すんなって』
ガタガタと震えが収まらない相棒。アテナが揺れるもんだから俺の視界も地震の中継映像みたいになっている。
とはいえ、この結果しだいで退学か残留か決まるんだ。緊張するのも無理はないか。
アテナが通うこのヴァルハラ学院には6の学科がある。
・前衛科
・後衛科
・偵察科
・武装科
・解析科
・支援科
の6つだ。
アテナは支援科だな。直接的な攻撃よりかは仲間のサポートを学ぶ学科だ。
今日の魔法実技試験は学科ごとに日を分けて行われている。つまり、今日は支援科の試験日ってことだ。
試験は一人ずつ闘技場に呼ばれて、担当の先生と一対一で行われる。
既に半数ほどの支援科の生徒が試験を終えている。自信がありそうな奴やちょっと落ち込み気味の奴もいるな。
そんな奴らの会話が少し聞こえてくる。
「あー……終わった。終わったわ。完全にやらかした。絶対、評価[F]とかだわ」
「ま、そう気を落とすなって。次の学期で挽回すりゃいいことじゃん」
「はぁ……。でもそうな、最下位は無いんだし」
「そうだな。支援科は絶対的な最下位様がいてくださるからな」
「はは、アレに負けたら生きてけねーわ」
ビクッとアテナが震えた。
本人に聞こえてることなんてわかってるだろうに、遠慮なく悪口言うんだな……。まぁ陰で言えばいいわけじゃないけど。
ま、所詮は子供。集まれば誰かを貶めたくもなるだろう。
対して俺は大人。心を大きく持って許してやる――わけがないんだよなぁ。
『アテナ、あそこのガキどもの名前を教えろ。ギタギタにしてやる』
「ええっ!?」
『二度と街を大手を振って歩けないように、今ここで全裸に剝いて頭もハゲにしてやろう。大丈夫だ、俺のスキルなら造作もない』
「だ、ダメですよそんなこと!」
『チッ』
クソガキどもめ、アテナのおかげで命拾いしたな。
俺はアテナの意見は尊重したい。ここは仕方ないが引き下がってやろう。
と、奴らは今度は俺を指差して言った。
「おい見ろよあの魔石! さすが無能のヘカテイアだ、あんな粗悪な魔石使ってるなんてな!」
「うっわ、ひっでえ魔石だな。そこらの石のほうがマシなレベルだろ」
『…………』
俺は無言で【サイレントバイト】を発動した。
スパァンッ! と気持ちのいい音で二人の男子生徒の制服と髪の毛がはじけ飛んだ。
どうだ、この繊細なスキル操作は。職人技だろう。
し~ん、と静まり返る教室。
悪口を言っていた男子二人はみるみる顔が青ざめていった。
「ヤ、ヤマダさん……?」
『よしアテナ! 試験がんばるぞっ!』
「え? は、はい。そうですね……。えっと、あの二人は」
『アテナ、俺たちの全力を出し切ろうぜ!』
「は、はい」
と、俺が勢いでごまかそうとしているとき、控室の扉が開いた。
担当の先生が入ってきたのだ。
ぴしっとしたきれいな女の先生だ。茶髪ストレートのセミロング。つんと澄ました雰囲気がある、いかにもな女教師。スーツ姿が似合いそうだ。
「次、ヘカテイアさん。闘技場に――って、あなたたちどうしたのよ……」
先生の眼はまっすぐ、全裸の変態どもに向かっていた。
「や、これは……俺たちにもわからなくてっ……」
「えっと、あの、えっと」
二人はしどろもどろになっている。
ふっ、いい気味だぜ。
「す、すぐに誰かに上着を借りておくように。……ではヘカテイアさん、ついてきなさい」
「は、はいっ!」
* * *
闘技場は一言でいえばドーム球場だった。
観客席、天井、広いグラウンド。その構造は日本とあまり変わらない。
その闘技場の一角、俺たちは緊張しながら先生の言葉を聞いていた。
「ではこれより魔法実技試験を行います。既に知っているとは思いますが注意事項がいくつかあるわ。
一、他人の魔石武装を用いてはならない
一、試験結果に対する異議申し立ては認められない
一、試験開始から終了時まで退室は認められない
以上。質問はありますか?」
「ありません」
「そう。……ヘカテイアさん、あまり試験前に言うことではないかもしれないけれどあえて言うわ」
「え?」
「この試験の出来しだいではあなたは退学処分となるわ」
「は、はい……」
アテナの肩にそっと手を置き、先生はじっと目を見つめる。見つめられてちょっと恥ずかしそうにするアテナだが、顔を逸らさずその視線を受け止める。
「私は身分で評価に差をつけることはしない。平民であろうと実力のある者は正当に成績をつけます。ここで良い結果を残せば、あなたにも挽回のチャンスはある。……全力でいきなさい!」
「は、はいっ!」
この先生はあんまり悪い先生じゃなさそう。
頭は固そうな印象を受けるけど、自分の騎士道みたいなものを持っていそうだ。
そして先生は試験開始の合図を出した。
試験はまずスキルの系統によって評価方法が異なる。
攻撃系ならどれくらい的を破壊できるか。
バフ系なら先生にかけてどのくらい効果があるか。
『アテナ、まず【憑依】を使え』
「へっ? でもあのスキルって今まで効果が出た試しがないんですけど……」
『大丈夫だからやってみて』
「わかりました……。【憑依】!」
《【憑依】の要請が来ています。許可しますか?》
俺は心の中で承認をする。
種族:人族
名前:アテナ・ヘカテイア
年齢:14
レベル:16
HP:1500/1500 MP:2100/2100
筋力:92
耐久:3000087
敏捷:121
魔力:3000169
魔防:3000112
《スキル》
共感覚【G】 念話【G】 憑依【D】
啓示【B】 降臨【A】
灯火【G】
《称号》
なし
よし、ステータスがかなり上昇した。
とりあえず【憑依】は成功だな。
「あのう、次は何すればいいですかね……?」
『そうだな……。【灯火】でも撃ってみたらどうだ?』
「は、はい。やってみます!」
『そ~っとだぞ!』
「……? はい」
言われた通り、アテナは【灯火】を使う。
【灯火】は火だねを起こす程度の初歩的なスキルだ。
習得もそう難しくはなく、一般市民でも使える奴はいる。
だがその初歩スキルが魔力30万の出力で撃たれたらどうなるか。
――俺とアテナ、そして先生をまばゆい光が包む。
そしてアテナの手から放たれた太陽みたいなやつは何重にも並んだ的をぶち抜き、数十メートル進んだところで消滅した。
「……え?」
先生が目をこすっては何度も的、いや、的があった場所を見る。
「今のは……ヘカテイアさんがやったの?」
「だと……思います……」
焦げた地面を眺めながら、どこか他人事のようにアテナは答える。自信もってください。
へえ、【灯火】みたいな弱スキルもあんなに強化できるんだな。大概の魔物は瞬殺できそうだ。
『よしアテナ! もう一回【灯火】だ! 今度は俺を通してスキルを撃ってくれ』
「へ? は、はい!」
魔石を通してスキルを使うと、その威力や効果を増幅できる。
だからこそ皆、魔石武装をするのである。
だが俺の場合は少し違う。
アテナが撃った【灯火】を使うと先ほどとは違い、杖先の俺から出た炎がレーザー状になって空中を走る。
これぞ俺の魔法操作技術。千年の暇つぶしの賜物だ。
「わぁ! すごい!!」
「これはまさか、Eランクスキルの【炎斂】……ッ!?」
違います先生。
メラゾーマではなくメラです。
「ふむ……威力、精度、ともに非常に高い水準ね。ヘカテイアさん、どうしてこの能力を隠していたの?」
「い、いえ! 隠していたわけじゃなくて、これはヤマ――」
『アテナ、俺のことは秘密で頼む』
口を開いたまま、アテナが静止する。
突然言葉を切ったアテナに、先生は首を傾げた。
「山がどうかしたの?」
「えと、その、山で……そう! 毎日ずっと山で修行して最近身に着けたばかりでして!」
「……このあたりは平原ばかりで一番近い山でも馬車で一日かかるのだけど……そんな山に通いながらどうやって授業を受けていたの?」
「それは、その……」
やれやれ、と先生が肩をすくめる。
アテナさん、もうちょっと上手く嘘ついてください……。
「手の内を隠しておきたいのなら無理には聞かないわ」
「す、すみません……」
ごほん、と先生がひとつ咳ばらいをする。
「さて、他にスキルはある?」
「ええと……」
『よっしゃ、ここはひとつ先生の度肝を抜いてやろう! アテナ、俺を天に掲げてくれ』
こくりと小さくうなずくと、アテナは杖を構える。
いくぞ、俺の本気――は出せないけど、力の一端を見せようではないか。
『【火炎放射】!』
「ひょああっ!?」
「ふわーっ!?」
俺たちを囲み、闘技場いっぱいに赤い炎が広がる。待って、今先生が変な叫び方した。ふわーっ、って。いや、あえて言及すまい。
一瞬にしてグラウンドは火の海に包まれた。どうよ、【灯火】とは格が違うだろう!
「へ、ヘカテイアさん! すぐにスキルを止めてッ!!」
「と言われましてもぉ!?」
『はっはっはぁ!! まだ終わりじゃないぞ!』
燃え盛る炎が勢いを増す。
「ヘカテイアさんッ! やりすぎ!! このままでは闘技場が持たないわ!!」
「すみませんすみません……!」
む……さすがにこれ以上は怒られそう。
しかたがない。フィニッシュにしよう。
『おりゃあっ!』
地を燃やしていた炎が渦となり、空に向かって立ち昇る。
直径100メートルほどの炎柱がドームの天井をぶち壊し、さらにその上空の雲を突き抜けていった。
グラウンドにわずかに残っていた炎もその勢いを失い、やがて消えていった。
『どうだ! これで俺たちの実力を認めざるを得まい!』
と、俺は一人で満足していた。
のだが、
『……ん? なんだ? 視界が揺れて……』
違う。
アテナの足が力が抜けるようにグラグラとしているんだ。
『おいアテナ? どうした?』
「わ、わかりまひぇん……なんらか、頭がぼ~っと――」
言っているうちに、ペタンとアテナは尻もちをつく。
なんだ。何がどうしたんだ?
――あっ。
まさか。
俺は急ぎアテナのステータスを確認する。
種族:人族
名前:アテナ・ヘカテイア
年齢:14
レベル:16
HP:1500/1500 MP:9/2100
筋力:92
耐久:3000087
敏捷:121
魔力:3000169
魔防:3000112
《スキル》
共感覚【G】 念話【G】 憑依【D】
啓示【B】 降臨【A】
灯火【G】
《称号》
なし
おおおおっ!?
MPが一桁ではないですか!?
気絶一歩手前だ……!
そうか、ずっと【憑依】を発動させてるからガンガンMPを消費してたんだ……。
『アテナ! すぐに【憑依】を解除しろ!』
「は、はひぃ……」
MPが5を切ったところでMPの減少は止まった。
止まったが、既にやや手遅れ気味であったことを直後に思い知ることになる。




