封印転生
コートのポケットに両手を突っ込み、石の階段を駆け上がる。神社の階段って、なんでこうも長いんだろう。
「う~……寒っ!」
カイロを買っておいてよかった。
ポケットの中でにぎにぎ。はうう……寒さで鼻先と耳が痛い。
大学入試を明日に控えた俺は近所の神社に来ていた。社は手入れがされていなくて今にも崩れそう。小学校にあったニワトリ小屋を思いだすような、そんなボロ神社だ。
さて、なぜ俺がこんなところにいるかと言えば。
世の例に倣い、俺も合格祈願をしようというわけだ。
この神社が何を祀っているのかは知らない。知らないけど、ただ近くにあるからって理由で年に2~3回はお参りに来ている。
そして通っているうちに愛着が沸いてしまった。なにかお願いごとをするのにここ以外の神社に行くという選択肢は俺にはなかった。
賽銭箱に10円玉を投げ込み、パン、と手を合わせる。
――神様、どうか合格させてください! お願いします!
ぐっと目をつぶり、お辞儀をすること30秒。
お参りの作法は碌に知らないが、必死にお願いすれば神様も聞き届けてくれるに違いない。
「残念だけど、あなたのお願いは聞けないわ」
「っ!?」
いきなり、背中から返事が飛んで来た。女の人の声だ。
あれ、お願いが口に出てたかな……? と、気恥ずかしさを覚えながら反射的に振り向いた俺の前には。
――どえらい美人さんがいた。
真っ黒な髪に巫女服、白い肌。
少し垂れ目で、おっとりした印象を受ける。胸はDだろうか。
めちゃくちゃかわいい。
付き合ってほしい。
「……えっと、どなたでしょう?」
こんな美人の知り合いはいない。たぶん。
もし可能性があるとしたら、俺のメッセージアプリに突然送ってきたエッチな女子大生だというサヤカちゃんか。あるいは旦那に飽きたケイコさんだろうか。
「あなたに頼みがあるの。……そ、それとあまり胸を凝視しないでくれると嬉しいわ」
「すみません」
俺はごほん、と一つ咳ばらいをして佇まいを正す。
「えっと、頼み、ですか? 僕でよければお力になりますよ。何かお困りなんですか?」
極めて紳士的に。穏やかな低い声で語る。
が、俺の言葉に返事はせず。
巫女さんは一歩前へ、より俺の近くに来る。
というか、もう触れてしまいそうな距離まで近づいて。
(ち、近い……っ!)
「あ、あの? ――ひょぁっ!?」
がばっ、と。
ハグ。
抱擁である。
「私を信仰してくれたのはあなただけだったわ。ありがとう。本当に」
「はぇっ!? あ、いえ、えっと……!?」
ふわりと彼女の髪が少しだけ俺の顔にかかる。
触れあった身体が、あ、あったけぇ!
それにいい匂いだ……。
「どうか私の後を継いで――――神になってください」
「は? 何を……んむっ!?」
柔らかい何かが俺の口をふさぐ。
目の前には目を閉じた巫女さんのお美しい顔が。
――って、
(キ、キスされて――――)
「ぷはっ。……神になるには長い年月と経験が必要。頑張って、山田君?」
理解が追いつかない。
は? 神がなんだって?
いや、それよりもお姉さんの推定Dカップの抱擁、ごちそうさまです。
なんて考えていたら、
「あれ、あれっ……!」
身体が傾いていく。
体勢を保てない。
「た、倒れっ……!」
手が空を掻く。
倒れ行く俺の視界に移る彼女はほほ笑んでいた。
そして俺は地面に後頭部を強打――
――しなかった。
どころか、知らない場所にいた。
さわやかな晴天の元、だだっ広い草原にいた。
青々とした雑草が生い茂っている。
『な、なんだ!? どうなってんだ!?』
わけが分からない。さっきまで神社にいたはずだ。
だというのに、今いるここは地平線までうかがえるきれいな原っぱである。
陽の光が反射し、草が瑞々しく輝いて見える。
素直に美しい場所だ。が、それはなんの慰めにもならない。
明日は大学受験なのだ。
とにかく起き上がろう。
と、手をつこうとして気が付いた。
手がねぇ……!
手だけじゃない、足もない。
いろいろと無い。
これはない。こういうのはないって。
視界は良好。
風の音も聞こえる。
でも目も耳もない。
横に目をやると、小さな水たまりがあった。
覗けば、小さな石ころが映っている。
『ははっ……いや、まさかな……』
冷や汗が頬を伝う、なんてことは起きなかったが俺の気持ちとしてはそんな感じだった。信じたくないが、本能的に理解できてしまう。
水面に反射している石ころが自分なのだと。
なるほど。
これはつまりあれだ。
不肖、山田。17歳。
石に封印されましてございます。