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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
4章 彩の導

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9 アオイですが


 恐らくモーブの夢にも翅の生えた女の子はいることだろう。けれどこちらが探して見つかるものでもないのではないか。と、私が言うより先にセシルがどうやってと反論した。


「出ておいでなんて言って出てくるようなもんじゃない」


 うーん、とモーブは首を傾げる。セシルを見て、ならどうして君は翅の生えた女の子の存在を知ってたんだい、と尋ねた。


「君はその姿を見たんだろう? 出ておいでなんて言って出てきてもらったわけではないんじゃないのか」


 それは、とモーブの目が細められた。


「魔物使いとしての影響かな」


「それなら」


 私は両手をぱちんと叩いた。


「納得! 私もそれなりに魔物使いの“適性”があるから、それで見えたのかも!」


「……」


 セシルはポカンとして私を見ていた。モーブはクッと喉を鳴らすとはははは、と声をあげて笑う。夏の空のような爽やかな笑顔と声が笑い飛ばすから、嫌な感じはしない。


「あぁ、そうかもしれないね。僕には魔物使いの“適性”はなしだから、二人が頼りだ。この夢で会えれば何かは聞き出せるかもしれないよ」


 私はモーブの言葉を真に受けてセシルを見た。他に試す当てもない。私はセシルに翅の生えた女の子を初めて見つけた時の状況を聞いた。


「セシルはどうやって翅の生えた女の子を見つけたの?」


「……っ、お姉さんが訊くから答えるけどっ。逃げ込んだ草むらの中で偶然、出会(でくわ)したんだ。向こうも僕が逃げ込んでくるなんて思ってなかったみたいだった」


 セシルは視線を下に向けて答える。逃げ込んだと口にすることを気にしている様子だったが、あんな目にあえば逃げ込むのが普通だと私は思う。けれど、セシルはそうは思わないのだろう。


「向こうも僕らをきっと見てる。感情が昂った時に抽出する“蜜”が欲しいんだろうからね。この夢の要である筈のあんたがいなくても夢は進んで、でも一番の感情の昂りにあんたがいなくて、どうやって採取するんだか」


 向けられた疑問には返さず、モーブは考えるように顎に手を当てる。


「見たことに対する措置は何もなかったのかい? 例えば口止めをされるようなこととか」


 セシルは一瞬だけ閉口したけど、ない、と端的に答えた。


「まだ最初の方だったし覚めれば忘れると思っていたんだと思う」


 それでも律儀に答えるセシルの頭を撫でたくなって私はぐっと堪えた。


「ライラ、君はご両親が目の前にいる状態でその女の子を見た?」


 モーブに視線を向けられて私は記憶を辿る。かぶりを振って、両親からは離れた場所だったことを答える。モーブはまたふむと考え込むように難しい顔をした。


「とすると、一番激しい感情が起こる場所ではなく、激しい感情を抱く夢の主の近くにいると考えられる。つまり、今この瞬間にも、僕らは見られているかもしれない」


 私はハッとして思わず辺りをキョロキョロと見回した。夏の日の森は青々と茂り、美しい太陽の光が強く投げかけられる。温度は肌に感じないけれど、間違いなく暑い日のことだったのだと景色からも分かる夢だった。けれど生き物の気配はない。やはり何処か現実ではなく夢なのだと思わせる。


「どうだろう、僕らの話を聞いていたんじゃないかな。君と話がしたい。少しだけで良い。出てきてくれないかな」


 直接的な呼びかけに私たちは固唾を飲んで反応を待った。セシルはそんなお願いの仕方で来てくれるわけがないと思っている様子だったけど、私は希望も持っていた。モーブの誠実なお願いなら、彼女たちも聞いてくれそうな気がしたのだ。


「駄目かぁ」


 モーブは少しの間待ってから苦笑した。けれど、がさ、と茂みが揺れたのを私は聞き逃さなかった。足元を見れば小さな女の子が窺うようにこちらを見上げている。鮮やかなピンク色の花のドレスを着た、虫の翅を持ち触覚を生やした女の子だ。


「こんにちは」


 私は努めて友好的に話しかけた。にっこりと笑い、優しい声で危害を加えるつもりはないことを伝える。驚かさないようにゆっくりと膝をついて、そっと指を差し出してみる。


「私はライラ。あなたのお名前はなぁに?」


「……アオイ」


 鈴を振るような可愛らしい声だった。小さいせいか幼く見える彼女たちだが、目の前の女の子は一層幼く見えた。くるんくるんになった巻き毛が愛らしい。


「アオイ、初めまして。私たちの話を聞いて、出てきてくれたのかしら」


 アオイは小さく頷いた。まだ草の陰に隠れて全身を表してはくれないけれど、右半分は見えている。好奇心もあるけれど恐怖心もあるような心持ちに見えた。


「ありがとう。あなたはこの夢で、他の子たちと同じようにカケラを集めているの?」


 アオイはまた小さく頷く。


「あなたに他にも聞いてみたいことがあるのだけど、教えてくれるかしら。知ってることだけで良いの」


 アオイはおどおどと下を向いてたっぷり悩んだ後、微かに頷いた。私は心の底からお礼を言って、モーブとセシルが同席しても良いか尋ねた。アオイはこれにもたっぷり時間をかけて悩んだ後、頷いてくれる。


 私たちは地面に腰を下ろしてアオイの声がよく聞こえるように、けれど近づきすぎて怯えさせないように、ギリギリのところに座る。モーブは興味津々にアオイを穴が開きそうなくらい見つめ、セシルは何故求めに応じたのかと半信半疑でいる様子だ。


「それじゃあ、聞かせてね。言いにくいこととかは言わなくて良いけれど、言いづらいって教えて欲しいわ。良いかしら」


 私の質問にアオイは頷く。私は最初の質問を唇にのせた。



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