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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
4章 彩の導

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7 噂の真偽ですが


 魔王が不在という意味をすぐに理解できなくて私は首を傾げた。魔王って不在になるものなの?


 私の疑問が聞こえたのかモーブは苦笑した。 


「本当かどうかも分からない。いないと言っても、魔王がたまたまいないのか、ずっといないのか、そういったことも分からないんだ。噂に過ぎない」


 モーブはちらりとセシルを見る。セシルは肩を竦めただけだった。ふいと逸らした視線は、しかしモーブと私が見ていることを知ると仕方ないと息をついた。


「僕だって知らない。何を期待してるか知らないけど、僕は別に魔王に詳しいわけじゃない」


 はは、とモーブは微苦笑を零した。カマをかけるのはやめてよとセシルが目を伏せて言う。


「僕は魔物と過ごしてただけであって魔王と一緒にいたわけじゃない。そんな話聞いたこともないし、教えてくれる子だっていない。魔王の動向を知ってるのなんてきっとほんの一握りだよ」


 それに、とセシルは言葉を続けた。


「魔王がいないなんて大変なことだ。それが本当なら隠し通そうとするんじゃないの?」


 セシルの指摘に私たちは顔を見合わせて確かにと頷いた。


 けれど嘘だとするならそんな噂が流れたこと自体に疑問が湧いてくる。いるなら不在だなんて噂が出たとしても流れたりするだろうか。どのくらい流布しているか分からないけど多少なりとも信じる要素があるということなのかもしれない。


「少なくとも表に出られない状態ということかな」


 モーブが考えるように目を細めて口にした。多分ね、とセシルが肯く。


「魔王がどうやって魔王になるのかなんて知らないけど、いなくなったんなら次の魔王になる存在を早々に見つける必要があると思う。怪我とか病気とかしてるんならそれを治す方法を探すだろうし。何にしても人間と敵対している状態で魔王不在を噂だとしても印象づけられるのはまずい、って僕なら思うけど」


 セシルの言うことは尤もな気がした。そんな噂が広まれば魔王軍の士気に関わるだろうし、人間側はきっと今を勝機と見做すだろう。なら、嘘でも本当でも噂を払拭するくらいの大きな出来事で有耶無耶にしてしまうのが一番だと、私でも解る。


「近く、きっと何か起こるだろう。魔王がいてもいなくても、良い口実になる。まさかわざと流したなんてことも」


 モーブが眉根を寄せて考え込んだ。さぁ、とセシルは首を傾げる。流石に其処までは分からないと頭を振るセシルはつまらなさそうに視線を明後日の方向に外した。そうだったとして、セシルはどちらの側に立つといったことはあるのだろうかと私はぼんやりと思う。人間は彼を排除しようとし、いることを許してくれたのはむしろ魔物だった。彼自身は人間でも、力を貸すのが人間ということはあるだろうか。彼にとってはどちらでも良くて、別にどちらにも力を貸す気なんてないのかもしれないけど。


「そういう可能性があることは僕もこの夢で誰かに会えれば伝えておこう。ライラ、君もロディとラスにそれとなく伝えておいてもらえると嬉しい。勿論、覚えていたらで構わない。これは夢だから」


 特に君は初めてだからね、とモーブは微笑んだ。初めての夢は覚えていられないのかもしれない。私は神妙に頷いた。


「で、でも、まずは夢の中から出る方法を探さないとならないの」


 私はモーブにどうやって目覚めているのかを尋ねた。モーブはきょとんとした顔で私を見つめる。それから弱ったように頭をポリポリと掻いた。


「夢から覚める方法と言っても、僕には分からないな。ライラ、君は普段目を覚ます時に何か特別なことをしてる?」


 問われて私は言葉に詰まった。ないから訊いているのにと思ったけど、モーブだって突然そんなことを聞かれれば困惑するだろう。


「僕も特別なことはしていないんだ。気付けば目を開けている。外が明るいことで朝が来たんだなと思う。そんな程度さ。疲れたりしていれば、寝坊することはあるけど。

 疲れているんじゃないか、ライラ」


 そう言われてしまえば是しか答えがないのだから私は八方塞がりになってしまった。モーブと別れてから依頼続きでのんびりとした休みは取れていないけど。二度も命の危険に直面したけど。でも。


「……翅の生えた女の子を見たことがある?」


 セシルの問いかけに、モーブはえ、とこれも困惑した声をあげた。


「ないなぁ。君たちはあるのかい?」


 まぁね、とセシルはぞんざいに答える。辺りを見回して、モーブにその灰色の視線を向けた。


「この夢に入るのって、どんな時なの。どんな夢」


 あぁ、とモーブは頬を緩めた。大切な夢なのだろうなと私はその表情から察する。


「僕が勇者として魔王討伐を意識した日だよ」


 私はやはり先ほどすれ違ったのは幼い頃のラスとロディなのだと思った。にこにこした明るい笑顔の二人の中に、モーブはいただろうか。キニの姿もなかったように思うが、違うところにいるのかもしれない。


「へぇ。見学させてもらっても良い?」


「うーん、それはダメだな。君も見られたくないもの、聞かれたくないものってあるだろう」


 やんわりとモーブがセシルの希望を退けた。笑顔は穏やかだけど、有無を言わせない強さがある。どうしたってその壁は折れてくれなさそうなのが感じられた。


「ふーん。勇者ってのは大変だね」


「まぁ、元勇者だけどね」


 元勇者にしてしまった一因のセシルはそれ以上モーブに突っ掛からなかった。けれどモーブは笑って可能性を残してくれる。


「君たちが僕の夢にやってきて僕に会うより先に見てしまったなら、それはまぁ、不可抗力だから」


 きっと許してくれるさ、とモーブは言った。私にはそれが少し、モーブの願いのように見えたのだった。



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