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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
4章 彩の導

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6 夢の中での情報交換ですが


 数ヶ月ぶりに見るモーブはあまり変わっていなかった。冒険者の装備をしていないくらいだけど、その姿は療養していたヤギニカで見慣れている。髪が少し伸びたかもしれない。目は私を見て、それからセシルを向いて細められた。私はどきりとするけれど、思慮深さは見えても憎悪は見られなかった。


 冒険を続けられなくなった原因でもある。セシルにそうと言ったことはないけど、モーブの姿がないことできっとセシルも感づいてはいたんだろうと思う。でもこんな風に二人が再び顔を合わせることになるとは予想もしていなかった。


「驚いたな、こんなところで会うなんて」


 狼狽ている私を見かねたのか、モーブが口を開いた。声は穏やかで落ち着いている。今すぐセシルに飛びかかるようなことはない、と思われた。


「此処はボクの夢の中の筈だけど」


 モーブも自分の夢だと認識している、と知って私は目を瞬いた。何から話したものか、と私が頭の中で目まぐるしく思案している間にモーブが笑って助け舟を出してくれた。


「夢の中は初めてなんだね、ライラ」


 私は頷いた。そしてモーブはセシルを見る。優しい眼差しだった。セシルが私の手を握り直して、一瞬後ろに隠れようとしたけれど思い直したように踏みとどまってモーブを見上げた。灰色の目は様々な思いから揺れていたように私には見えたけれど、セシルは逃げない。


「キミは何度か経験がありそうだ」


 教えてくれるかい、とモーブはセシルに言う。何故、と問う。何についてかを言わないモーブはセシルに選ばせようとしているのだと私は思った。何に対してセシルが答えるか、モーブは選択肢を残している。そしてそのどれを選んでも否定はしないのだろうと思わせた。


「……い」


 セシルが何かを口にした。聞き取れなくてモーブが首を傾げる。私もセシルがもう一度繰り返すのを待った。


「僕は謝らない」


「えっ」


 私は驚いて声をあげてしまったけれど、モーブは頷いた。


「謝られても許す気はないし謝ったら斬っていたところだ」


「えっ」


 私は更に驚いてモーブを見る。けれど二人の目は真剣で、私は其処に取り返しのつかなさを感じた。セシルが謝ってもモーブの人生は戻らない。だからセシルは結果ごと自分の行動の責任を受け止めるしモーブも背負わせるのだと思い至って私は言葉を飲み込んだ。


「悪いことをしたとも思っていない。あの時の僕はそれが最善だと思っていた。勇者を根絶やしにしようとさえ思っていたことは否定しない」


 セシルは言葉を続ける。モーブはそれにも頷いた。


「でももうしないようだね、その様子だと」


 モーブの視線が少し動いた。私たちの握る手に目を止めたようで、セシルがまた握る手に力を込める。


「できそうな気がした」


「するんだ。自分の力で叶えろ」


 モーブの声も目も穏やかなのに、言葉には有無を言わせない迫力があった。


「自分が利用されたからと言って誰かを利用しても許されることはない。禍根は断ち切れ。この夢の中に入れるなら素質はある。後は活かすも殺すもキミ次第だ」


 モーブの目が優しく細められた。セシルが居心地悪そうに身動ぐのを私は手から伝わる振動で感じ取る。


「自分で決めたんだろう。翻すことを決めるのもキミ自身だけど、彼女のことは大切にした方が良い。中々いないからね、こういう人は」


「……言われなくても」


 セシルは口を尖らせて、不貞腐れたように返事をした。モーブが笑って、そうして私を見る。私は自分が褒められたような気がして少し照れ臭さを感じていたところだった。


「ライラ、この夢の中は初めてだと言っていたね。知らないことも多いだろう。ボクの知っている範囲でしかないけど、キミに教えてあげるよ。キミも聞いておいた方が良いだろうな、えーと」


「……セシル」


 ぶっきらぼうだけど、セシルが自分から名前を教えた。モーブはにっこり笑ってありがとうと爽やかに言う。


「ボクはモーブ。セシル、キミもライラも、ボクも、共通点がある。それが何か分かるかい」


 私は心当たりがあった。セシルもすぐに答える。


「勇者の“適性”があること」


 そうだ、とモーブは頷いた。天職ではなくてもそれなりにある私とセシル、天職のモーブとの共通点といえばそれしかなかった。


「この夢はね、勇者だけが見ることができるんだ」


 私は目を丸くした。セシルも驚いている。だってそんな話、聞いたことがない。


「勇者だけ?」


 繰り返す私に、モーブは頷いた。ボクも初めは驚いたと。


「夢は誰だって見る。魔術師あたりは夢にも注意を払っているだろうけどね、大抵の人は夢なんて起きれば忘れてる。余程印象的じゃなければ話すこともない。何故なら夢は過去だから。過ぎ去ったことを誰かに話したってどうにもならないし、同じ夢を共有できるわけじゃない。自分で見たものを、しかも時間が経てば忘れていくものを話すことにあまり意味を見出さない」


 私は自分に当てはめて考えてみた。子どもの頃ならいざ知らず、ある程度成長してしまえば確かに誰かに夢の話をすることは少なくなっているように思う。夢はほとんど荒唐無稽だ。文脈も因果もめちゃくちゃで、話したところで面白い結末があるわけでもない。知り合いが出てくればそれを本人に言うことはあるかもしれないが、あまり意味のない夢を誰かに伝えることはない。


「けどその夢が誰かと共有できるとすれば? 誰かの夢に入ることができるとすれば?」


 誰かの夢に入る。私は自分の置かれている状況に合致する言葉が出てきてハッとした。思わずモーブを凝視すればモーブは解っていると言うように頷いてみせた。


「此処へ来るまでにも他の夢を渡ってきたんだね。大体は他の夢にいきなり入り込んでしまうことが多いのだけど、夢を渡れる人もいるにはいると聞いたことがあるよ。魔力が強いと可能という話だから、キミの場合は何かの力を借りたと思うんだけど」


 私は胸に手を当てた。服の上から宝石に触る。翅のある少女が言及したこれが、もしかして。


「心当たりがあるようだね。人の夢に入り込んでどうするのか、どうして勇者だけなのか、ボクにもまだ判らないことは多い。でもきっと何か意味があるんだろう。時々こうして他の勇者と出会うことも、情報交換ができることもある。キミたちももしかしたら今後、他の勇者に出会うこともあるかもしれない」


 そうやって聞いた話によるとね、とモーブは言って、それから言い澱むように視線を彷徨わせた。けれど言うことに決めたらしく、すぐに私たちを見る。


「どうやら今、魔王は不在らしいんだ」



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