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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
4章 彩の導

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4 セシルの契約ですが


 私はセシルと手を繋いだまま歩き進める。見慣れない森を進む中で、やはり此処はセシルの夢の中なんだと私は思いを強めた。知らない場所を此処まで詳細に夢に見るのは難しい。普段なら夢の中で全然動けないのにこれだけ動けると、体ごと飛ばされてしまったみたいだった。


 木漏れ日が美しくて、感覚としては初夏の日差しのようだった。けれど夢の中だからなのかあまり気温は感じない。繋いだセシルの手は温かく、肩に乗るコトの重さはよく感じるのに。


「ねぇ、お姉さん」


 セシルが私に話しかける。なぁに、と答えればセシルは窺うように私を見上げた。


「夢の果てって何があると思う?」


「夢の果て?」


 訊き返せばセシルはうんと頷いた。金の髪が揺れて木漏れ日に反射する。


「このまま歩いて行ったらいずれは果てに着くでしょう? 其処には何があるのかな」


 問われて私は想像した。私の夢には果てがなかった。セシルの夢に境界を超えてお邪魔している。夢に果てはあるのだろうか。


「セシルは何があると思うの?」


 反対に訊き返せば、セシルはうーんと唸った。


「何があったら良いなって話? それとも可能性が高い話?」


 私は少し言葉を失ってから、両方聞きたいと答えた。夢を見ることを忘れてしまったとは思いたくないが、楽観的なだけでは生きて来られなかったのだと実感しては胸が痛んだ。


「夢の果てにはきっと、それこそ“夢のような”光景が広がってるんだ。青い空の下で色とりどりの花が咲いて、誰もいなくて、僕とお姉さんとで二人じめだよ。それで二度と目なんか覚めなくて良いって思って、永遠に夢の中さ。

 可能性としてなら、僕らはただ夢の中を彷徨ってそのまま。何処にも出口なんてない。永遠に夢の中」


「どっちにしても出られないのね」


 私が驚くとセシルは笑った。そうだね、と肯定するセシルは私の反応を面白がっているようでもあった。


「僕はお姉さんとこのまま夢の中で永遠に彷徨っても良いよ。二度と覚めなくても、夢のような場所に行けるならそれでも良い。僕とお姉さんの二人しかいないなら、僕はもう何も手にかけなくて済むと思うんだ」


「セシル」


 私は思わずセシルの名前を呼んだけど、その後に言葉を続けることができなかった。彼の行くところ行くところ、全てが敵意に満ちていたような気さえした。ただ受け取り方の問題かもしれない。そうではなくても彼がそうと思っただけかもしれない。それでもそう思いながら生きることはきっと苦しかっただろうと思えば、私はセシルを抱きしめたい衝動に駆られるのだった。


「怖いの? そうしないとあなたは、不安で仕方ないの?」


 思い切って口にすれば、セシルは少し瞠目し、それから苦笑するように微笑んだ。とても見た目から想像する年齢では浮かべることのないような、大人びた笑みだった。


「お姉さんは無防備だから、その気になればいつだって僕はお姉さんを奪えるよ。でもお姉さんはそうされても怒らなさそうだ。ただ悲しそうに僕を見るだけなんだろうなって思う。だから僕は安心しているのかもしれない」


 セシルは私の手を握る力を強めた。くるりと私の正面に立つと、もう片方の手を重ねて私の手を包む。


「お姉さんが変わらないなら、僕は安心したままでいられそうなんだ。だからお姉さんも安心して。僕はお姉さんを守るから」


 私と一緒ならもう以前のような生活には戻らないと受け取って、私は頷いた。私も自分の手を重ねて、セシルに微笑みかける。セシルは頬を染めて嬉しそうに笑った。


「めぇー」


 コトが鳴いて、セシルはコトを見て思い出したように頬を緩めた。


「あぁ、キミもいたね。残念ながら二人きりじゃなかった」


 ほんの少し、本当に残念そうに言うから私は笑ってしまった。コトは抗議するようにめぇーと再び鳴き、私たちは笑う。また足を出して、私たちの目の前は一瞬で水の中に景色を変えた。


「!」


 私は驚いて後ずさった。足の感覚はある。けれど息苦しさはない。セシルも驚いた様子だが息ができないようではない。私たちは顔を見合わせて、何が起こったかお互いに解っていないことを確かめた。


「おやおや、夢を渡って来たのかい」


 深い声がして私たちは声がした方を向く。昏い水底の、けれど陽の光は差し込んでいるから周囲は十分に見える其処は、私も見覚えがあった。昨晩飛び込んだ湖の、その水底だったからだ。


 大蛇の目が光に反射してきらりと光る。威嚇していない大蛇の目は丸くて可愛らしい顔立ちを際立たせていた。


「あなた」


 私は口に出す。口から泡が立ったけれど声は出たし、空気も足りなくはならなかった。地上と同じように呼吸ができる。体もまるで水の中にはいないように真っ直ぐに立つことができていた。


昨夜(ゆうべ)はすまなかったね」


 深い声が謝って私は首を傾げた。大蛇の声だというのは素直に受け入れていた。謝られた理由が判らなかった。大蛇がセシルを助けようとしたのは私にも解ったし、きっとセシルならもっと前に気付いていただろう。


「セシルを助けようとしたのは分かってるわ」


 私が答えると大蛇は首を振った。強引だったと深い声が続ける。体の奥に響く、ゆったりとした心地良い声だった。


「人の世から切り離そうとした。望む望まないに関わらずな」


 大蛇はセシルに顔を近づけ、下から窺うように見つめる。セシルは何も言わずに大蛇へ手を伸ばした。口先から頬へ滑るように手が触れて、大蛇は少し目を細める。


「お前は選んだのかい。人の世で生きる覚悟ができたかい」


「……うん」


 セシルは頷く。その目を見つめて大蛇も理解したようだった。


「もし良ければ私を連れて行ってはくれないか」


「キミを?」


 あぁ、と大蛇は頷いた。


「私は湖の中から動けないが、お前が喚ぶなら特殊な車輪をもって参じよう。許されたひと時の()、お前のために牙を振るおう。お前が励むなら許される時は延ばすこともできよう。お前が歩むことを諦めぬ限り、この契約は永劫に有効だ」


 まさか、とセシルは息を呑んだ。いや、そんな、と何事か呟いた後、それでも、と顔を上げる。


「キミは後悔しない?」


「もとより、望まぬ方が遥かに後を引くだろうことは承知よ」


「うん、それじゃあ、よろしく」


 セシルが自分の親指の腹を噛んだ。私は狼狽して止める間もなかったけれど、其処から溢れ出す血を大蛇が舐める。大蛇は嬉しそうに(とぐろ)を巻くとセシルに頬を寄せた。セシルも大蛇の頭を撫でて微笑んだ。


「召喚獣との契約は初めてだ。色々教えてね」


 セシルの言葉に大蛇はああと頷いた。その大蛇が私に視線を向けて口を開く。


「娘、お前のことも私は気に入っている。魔力のないお前と契約はできないが、良いことを教えてやろう」


 私は目を丸くして大蛇の言葉をもう一度、頭の中で繰り返したのだった。



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