9 気遣いが温かいのですが
初めての野宿は緊張していたこともあるのか、思ったより早く目が覚めた。空は白み始めてはいたけれど、まだ夜の領域の方が多いようだ。でも寝直せる気がしなくて、私はもぞもぞと起き上がった。小動物は自分のふさふさのしっぽにくるまっていて、私の熱は必要ないのか起きる気配はない。
「眠れた?」
火の番と見張りをしてくれていたラスが私に気付いて声をかけた。あはは、と曖昧に笑って誤魔化した私は、冷えた体を温めるために寝ているみんなを起こさないよう、そっと火に近づいた。
「……飲むと良いよ」
ラスからモーブのための薬湯を金属のポットから分けてもらって、私は椀に入ったそれを一口飲んだ。薬草の独特の苦みと後からくる清涼感が喉を通り抜けて、私は息をつく。
「あたしも、初めて戦闘した夜は眠れなかった」
ラスがぽつりと言った。私が視線を向けても、ラスはたき火の揺らめく火を見つめたままだ。
「剣の稽古はずっとつけてもらっていたし、腕に覚えもあった。パロッコは違うけど、あたしらはみんな同郷でね。あたしらの出身も、あんたのとこみたいに小さな村でさ。子どもでも歩いて行ける距離に指南所とか神学校があって、歳の近いあたしらは一緒になってそこに通った」
村の子どもではあたしが一番剣の腕がたったんだよ、とラスが微かに笑う。
「でもこんな感じの森の傍ではあったから、迷い出た魔物に遭遇することもあった。大抵は走って逃げれば問題ない程度の魔物しかいないんだけど、その日は稽古中に足を捻ったやつがいたからさ」
モーブなんだけど、とラスは苦笑した。遠い日の、けれど決して色あせない思い出を話してもらえているのだと感じて私は静かに微笑んだ。
「あたしは剣を構えた。といっても稽古用の玩具みたいな木製の剣さ。大人の力で叩けば骨より先に剣の方が折れる、そういう造りの剣。子どもの、しかも女のあたしに魔物を怯ませるだけの力があるか、自信がなかった」
「それでも、やるしかなかったんですね」
私が返すとラスは、そうさね、と目を閉じて笑んだ。勝気な彼女の、とても綺麗で穏やかな笑顔に私は見惚れる。
「結論から言えば、あたしの剣でも魔物は怯んだ。だけどその時初めて感じた打撃の手応え、痺れ、間近に嗅いだ魔物の匂い、耳に届いたうめき声。稽古では同じ剣相手だから軽いものも、実践では考えていたより重たかった。そういったものは実際に剣を振るわないと体感できない。直後は体中の気が昂ってるから感じなかったけど、その晩あたしは震えて眠れなかった」
ぽつり、と落ちた彼女の言葉は当時の夜に落とされた彼女の苦しみだったのかもしれない。色あせないからこそ、暗く、不安と恐怖に塗りつぶされたその夜は、今でもラスの中にいる当時の彼女を震えさせることがあるのだろう。
そしてそういった出来事があったから、みんなは仲間意識がとても強いのだろうと思うし、モーブの大怪我はひどく心配だろうなと私は感じた。気が気ではないに違いない。
「けど、次の日モーブに『助かったよ』なんてあの笑顔で言われちゃぁ、あたしは剣を辞めるなんて言えなかった。辞めればモーブは気にするだろうし、辞めてもあたしに他の才能はないから道は閉ざされる。
あいつはさ、そういうところが上手いの。だからきっとあんたにも、怪我が良くなって話せる状態になればあいつは同じようなことを言う。あんたが村を出なければ良かったなんて思わないように」
私は内心びくりと動揺した。自覚があったわけではない。だけど、心のどこにもそんな思いは抱えていないなんて言うことは憚られた。自分でも分からなかったモヤモヤを言い当てられた気がして、私は何と言って良いか分からずうつむいた。
「あんたがいてくれてきっと良かった。勇者特性持ちのあんたがいたから魔物使いは万が一に備えて一気に叩こうとはしなかったんだろうし、歌うたいのあんたがいたから森のピリピリ殺気立った雰囲気は鎮まったんだと思う。あたしも静かに夜を過ごせた。
初陣にしてはあんた、よくやったよ。最後まで踏ん張った」
大舞台に立つことを目指すとなると度胸が違うね、とラスはにっこり笑う。私はラスの言葉に視界がぼやけたけど、拭うことはできなかった。
「だからさ、眠れなくてもそれは至極当然のことだし、ましてやモーブの怪我なんて誰にも防げなかった。それにあんたは非冒険者向きの適性ばかりだ。気に病む必要はないよ。むしろ戦い慣れてる筈のあたしたちがあんたを前線に出すような状況に追い込んでしまって、本当に悪かったね」
私は頭をブンブンと横に振った。髪の毛がそれに合わせて揺れる。ぱしぱしとラスの腕を私の髪が打ったような気がするけど、ラスは何も言わなかった。
「ヤギニカの街に着いたらモーブを医療魔術師に診せるし、少し動けるようになるまで腰を落ち着けることになると思う。どの時点であんたがあたしらのパーティを抜けるかはあんたが決めることだけど、いつでも訪ねておいでね」
ラスの温かい言葉に冷えた体もすっかり包んでもらって、私は小さく頷いたのだった。