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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙
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18 エミリー探しですが


「エミリーは、人に戻りたくなかったのかしら」


 大体の事情をセシルに説明してエミリーを探し始めたものの一向に見つからず、傾き始めた陽を確認して私は思わずぽつりと言葉を落としていた。セシルはちらりと私を見て、すぐに目を逸らす。


「……悩んでいた、よ」


 セシルから紡がれた言葉は思いがけない返答で、私はセシルの顔を覗き込んだ。嵐のような灰色の目は私から逸れたまま、それでもセシルは言葉を続ける。


「両親は悲しませたくないけど、獣の姿だと体が楽だって。今なら外で思う存分駆けられそうだなんて、言ってた」


 それはもしかしたらエミリーの夢だったのかもしれない。体が弱くて外で遊んだことなどないとオリビアは言っていた。いつも窓から眺める外は、エミリーにはどう映っただろう。


「それは“持ってる人”の言葉だけど、人を辞めるならいつでも僕が受け入れてあげるって返したよ」


 まさかそれでエミリーが選んだとは思わないけれど、もしかしてセシルは自分の言葉がエミリーの選択に影響を与えたと思っているのかもしれない。だからエミリーを探して欲しいという私の願いを聞いてくれているのかも。


「魔物使いそのものを怖がってる様子もなかった。この村には魔物使いがいるからって。いつも村を守ってくれるからなんだって。得意の編み物で贈り物をしたこともあるって楽しそうに話していたよ。珍しいよね」


 お姉さんには、分からないかとセシルが微苦笑した。私には返す言葉がなくてセシルから目を逸らす。魔物使いがどんな扱いを受けるかは知らない。けれどこの村では優遇されていると言うなら、畏れられ怯えられ離れて暮らしていても良好な関係だと言うなら、他の場所ではどうなのかなんて想像もしたくなかった。リアムの言葉からも、アメリアの様子からも、魔物使いが歓迎されていないことは既に知っている。けれど実際にどう付き合っているのかは見たことがなかった。


「でも僕と来ても良いことなんてないってことも、ちゃんと伝えたよ」


 私は再びセシルを見た。セシルは微苦笑したまま、柔らかく笑っている。


「僕は何も持っていない。その日暮らしだし女の子が喜ぶようなことは何もしてあげられない。魔物とか獣とかが喜ぶことなら、多少はしてあげられるかもしれないけど。でも人間だった時のことを覚えているならきっと耐えられないから」


 生きるためには何だってするんだから、とセシルはその笑みを浮かべたまま言う。私は彼の言葉と表情の落差に眩暈がしそうだった。


「エミリーはまだ迷っているんじゃないのかな。人になるか、獣になるか」


 案外、とセシルは笑う。私にはそれが少し寂しそうに見えた。


「外で駆け回ることが夢だったなら、今思う存分に走り回って満足するかもしれない」


 そうだろうか。夢が叶ったなら両親と一緒に過ごすために戻るだろうか。エミリーはどう考えているだろうか。今、何処にいるのだろうか。


「一旦、あの家に戻るわ。日暮れには一度戻ることにしているの。戻っていなければ、ラス達のところにエミリーがいる」


 意外にもセシルは素直に頷いた。荒屋に戻る道すがら、セシルが口を開く。


「ところでアマンダは? 彼女のことだからもういない?」


 ええ、と私は頷いた。ふぅん、とセシルは興味なさそうに返したけれど、すぐに言葉を続ける。


「でも彼女のことだから、まだ近くで見てるよ。きっとね」


 あら、と私はセシルを見た。詳しいのね、と言えばセシルは美しく微笑んだ。その笑顔は天使のようで、アマンダの笑い方にも似ている気がした。アマンダがセシルを昔の知り合い、と呼んでいたから一緒にいたこともあるのかもしれない。笑顔が似るほど。


「彼女は僕の面倒を見てくれたんだ」


 なるほど、と納得しかけてアマンダの年齢とセシルの年齢を頭の中で計算した。正確な年齢を知っているわけじゃないけれど、見た目からは姉弟に近いだろうから面倒を見るとなるとアマンダも幼いと呼べる年齢ではないだろうか。


 混乱する私を見てセシルは笑った。ビレ村で悪戯に成功した時のジョージと同じ歳の頃に見えて、年相応な印象を受ける。ちゃんとそうやって笑えるんだ、と思って私は少し安心していた。


「な、なに」


 私を見てセシルは驚いたように目を丸くして、それから頬を染めた。笑ったことを恥ずかしがっているようだった。


「アマンダはああ見えてお姉さん達よりずっと歳上だよ。面倒を見てくれたのも今回と同じ、占いの結果だ。一時的だったし別に優しさじゃない。けど、感謝はしてる」


 その後に浮かべたセシルの笑顔が残酷に歪んだように見えたけれど、セシルはそれ以上を言わなかったし荒屋に着いて私は訊く機会を逃したとも言えた。


 荒屋には誰もいなかった。ラス達は帰ってきていない。ロディもいない。行き違いになると困るから少し待ってみたけれど、陽が沈んでも誰も戻ってこなかった。


 私は家の中を照らすランタンに火を灯した。僅かな範囲しか照らさない小さなランタンだけれど、これから森の中を探すなら灯りは必要だ。夜の森が暗いことを、私は嫌と言うほど知っている。新月にはまだ日にちがあるから月明かりはあるけれど、木々に遮られて届かない場所も多い筈だ。備えて損はない。


 セシルは外にいる。私は準備を整えて扉を開けた。昼に買ってきた食事は冷めてまだテーブルの上で私達の帰りを待っている。全員で食べられることを願って私は背を向けた。


「セシル」


 声をかけて私はその光景に見惚れた。月の光を浴びてセシルは狐と何かを話している。金の髪と白い肌は月明かりに淡く輝き、優しい表情はまさに天使そのもので、人ならざる神秘を私は感じた。アルフレッドが言っていたことを私は思い出す。


 ――マモノ使いになれるヒトは、ヒト離れしてるって。何となくシンセイな印象を与えやすい。


 セシルは人智の外にある存在のようだった。アルフレッドとはまた違う、人ならざるものの気配がした。その雰囲気を畏れる人は少なからずいるだろうと私は得心する。


「お姉さん、向こうでエミリーっぽい姿を見かけたって聞けたよ。湖がある場所だって」


 セシルが私に気付いてそう言った。狐に礼を言ってこちらへ来る。私も咄嗟に狐に手を振ったけれど狐はきょとんとしたようにこちらを見て、すぐに振り返って木立の中に消えてしまった。


 湖、と私は聞いて胸騒ぎがした。アルフレッドに長居するのを止められた場所だ。主が眠ると言う、湖にエミリーはいる。


「セシル、貴方は湖に行ったことがある?」


 訊いて、ないよ、と返ってくるまでに少し間があった。


「行ったことはない。お姉さんはあるの? 道は分かる?」


 いつものように微笑んでセシルは答える。私は頷いた。湖がある方へ視線を向ければ、セシルも追随するように視線を動かした。森の奥、真っ直ぐ進んだ先に湖はある。


「それじゃあ、行きましょうか」


 私は言うと同時にランタンを掲げ、足を出して進み始めた。




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