表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/366

17 振り返しですが


「まいどありー!」


 屋台の店じまいをしていたお兄さんにぺこりと会釈をして私は荒屋へ向かって戻った。途中で不審に思われないようにあちこち寄り道して、もし尾行してくるような人がいたとしても誤魔化せるように私は歩く。エミリーの呪いは解けたとはいえ、オリビア達は村の人には近づかれたくないだろうから。


 乾燥した草の葉で編んだお皿に入った食べ物は、まだほかほかと湯気を立てている。秋に収穫した麦粉を水で練って細かく刻んだ野菜を入れて丸めて焼いたそれに、お兄さん曰く秘伝のタレがかかって良い匂いがしていた。祭りの翌日は朝食と昼食を求める人のために昼まで屋台を残すとお兄さんは教えてくれた。そのおかげで私は美味しそうなものに出会えている。


 太陽は真上に昇ろうとしていた。エミリーの呪いが溶けてからそんなに時間は経っていないと思っていたけど、朝から昼になるくらいには時間が経っていたのだと知って私は少し驚いた。オリビア達はそろそろ起きるだろうか、ロディは戻ってくるだろうか。


 皆で食べようと思って買ったものだ。温かいうちに皆で食べられると良いと私は思う。


 荒屋に近づいて私ははたと足を止める。がさ、と近くの茂みが鳴った気がしたからだ。じっと耳を澄ませると遠くの茂みが鳴った。其処から現れたのは黒い狼と。


「アルフレッド……?」


 金の瞳を持つ、人ならざる存在。陽に焼けた肌、黒い髪の特徴は少し遠くてそれだけでは自信がなかったけれど、黒い狼を連れているなら十中八九アルフレッドだろう。何故こんなところに、と首を傾げて私はすぐに至った答えに背筋が凍った。


 ――ウルスリーの村には魔物使いの一族がいるんです。


 頭の中にオリビアの声が蘇った。エミリーの呪いが知られれば、きっと手酷い目に合わされると怯えていたオリビアの姿も。


 アルフレッドは悪い人ではない、と思う。けれど魔物と見做した相手をどうするかは知らない。人を騙す擬似餌だと疑われた時の覗き込んだあの金の目は、動けなくなるほど底知れなかった。オリビアが怯えるのも正直分からなくはない。


 エミリーに気付いて様子を見にきたのかもしれないと私は思い、アルフレッドに声をかけるか躊躇った。もう呪いは解けているし、きっとアルフレッドもエミリーが人間と分かれば関わりを持つこともないだろう。下手に声をかけて疑われてもいけない。


 けれど。


 室内で悲鳴が響いた。女性の声だ。ラスはこんな風に悲鳴をあげることはないだろう。とすれば、オリビアか、エミリーだ。


 私は慌てて扉を開けて中に戻った。ラスの姿はない。もう三人の休む部屋に飛び込んだのだろう。私もテーブルに買ってきた料理を置いて半開きになっている扉へ向かって走って中に足を踏み入れた。


「……!」


 息を呑んだ。オリビアが泣きながらエミリーの名前を呼んでいる。チャーリーはそんなオリビアを後ろから羽交い締めにして押し留めている。ラスは狭い室内で剣を構えたものの、オリビアやチャーリーを傷つけそうで振るえないでいるように見えた。


 エミリーは、獣の姿に戻っていた。鋭い牙が覗く口から低く唸り声をあげている。四つ足で歩く獣そのもののように体を折り曲げ、ベッドの上で私たちを金の目で睨んでいるようだ。その目にひとりひとりを認識している様子はなく、ただ怯えているようにも見えた。


 部屋の窓の向こう、私は目をやってまた息を呑んだ。アルフレッドがこちらを見ている。この姿のエミリーを、彼は魔物と見做すだろうか。不安から視線を彷徨わせる私とアルフレッドの目が合った、ような気がした。それとほとんど同時にエミリーが窓を破って外へ出る。


「エミリー!」


 誰もが名前を呼んだけれど、オリビアの声が一際大きく響いた。エミリーは外にいたアルフレッドと向き合い、少したじろいだけれど身を翻して木立の中へ消えて行く。


「アルフレッド!」


 私は窓辺に駆け寄って身を乗り出しながら彼の名前を呼んだ。アルフレッドは金の視線をこちらへ向けたけれど、それはひどく冷たい光を帯びているようで私は絶望的な気持ちになった。


「呪いのせいなの! あの子は、彼女は人間なのよ!」


 私の声には何も返さず、彼は黒い狼の名を呼ぶとエミリーを追って走り去ってしまった。私は足の力が抜けそうになるのを内心で叱咤しながら振り返る。オリビアは顔をぐしゃぐしゃに泣き濡らして、チャーリーはそんな彼女を茫然としながらも強く抱きしめている。ラスは怪訝そうに私を見ているけれど剣を収めた。


「エミリーを追いかけましょう」


 努めて冷静に私は言った。皆、一様に頷いた。私はラスを見てオリビアとチャーリーの二人を頼む。


「さっき窓の外にいたのはこの村の外れに住む、魔物使いなの。エミリーを追いかけて行ったから、私達も急いだ方が良いと思うわ。私は途中でロディを探す。日暮れには一度、此処へ戻りましょう。もしそれまでに見つかっていれば戻ってこないから戻ってきた方が探しに行く」


 私の言葉にラスは頷いた。


「エミリーは向こうに走って行ったから、そっちを重点的に探そう。ライラは村の近くまで一旦戻って欲しい。村に行くことはないだろうけど、もしも魔物使いが強硬な手段に出るとすれば、守っている村に降りようとする時だろう。その可能性を潰してから森に入ってもらえる? ロディは何処をほっつき歩いてるか知らないけど、あいつならその可能性を真っ先に思い浮かべて潰すだろうからね。いないならその可能性はないと思って良いだろうから、早々に合流するように」


 今度は私が頷いた。揃って外に出ると、見える範囲で手早く捜索範囲を確かめ、私達は別れた。村へ続く道を急ぎながら私はアマンダの言葉を思い出していた。


 ――獣になるもならないも、あの子が決めることなのよ。


 ――振り返してあの子が選んだならそれが最終的にあの子がなる姿なの。それが人でも獣でも、本来なら誰も干渉できないのよ。


 私の胸は痛んだ。あれがエミリーの選択だと言うのだろうか。呪いが解けたことを喜んでいたのに。それはもしかして、私達の呪いは解けた方が良いに決まっているという認識そのものが間違っていたことを示してはいないだろうか。


 村の家並みが見えて私は辺りを見渡した。エミリーと思しき影もロディの姿も見えない。アルフレッドやドゥーグの姿もないようだ。こっちには来ていないようだと思うけれど、見落としてしまってはいけない。私は足を止めて周囲を窺う。村の人達も特段何かがあったような様子はない。やはりこちらには来ていないのだ、と結論づけて私は(きびす)を返す。その視界の隅、金が陽の光に反射した気がして慌てて体ごと振り向いた。


「……セシル」


 お祭りの夜、暗闇に走って消えたセシルが立っていた。私が気付くとは思わなかったのかセシルは驚いた表情を浮かべていたけど、すぐに取り繕ったように目を細めて笑った。


「そんなに慌ててどうしたの、お姉さん」


「手伝って!」


 気付けばそう叫んでいた。近づいて私はセシルに頭を下げる。な、とセシルは狼狽た声をあげた。


「エミリーがいなくなっちゃったの! 呪いは解いたんだけど解けてなくて、この村の魔物使いに見られてしまって、今手分けして探してるんだけど、もし、もしも先に魔物使いに見つかってしまったら」


 その先は怖くて言葉に出来なかった。言葉を飲み込んだまま頭を下げる私にセシルは黙ったままだ。


「エミリーと過ごしていた貴方なら、何か分かることがあるんじゃないかしら。どうか探すのを手伝ってほしいの」


 お願い、と更に頭を下げる私にセシルは息を吐いた。


「……分かったよ」


 バッと顔を上げた私の目に映ったセシルは複雑な表情を浮かべていた。困惑して、それでも余裕があるように振る舞おうとして、けれどもどれも失敗して、結局視線を逸らしてどうすれば良いのと小声で訊いてくる。


「ありがとう」


 お礼を言った私に、セシルは益々そっぽを向くのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ