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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙
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16 呪術師の旅立ちですが


 鳶色の髪の下から覗く緑の目はチャーリーそっくりで、私はエミリーをしげしげと遠目から見ていた。オリビアもチャーリーもエミリーを抱きしめたまま良かった良かったと嬉しそうだ。エミリーも安堵と喜びとにこにこしているけれど、その顔には疲労が浮かんでいるような気がした。昼間は獣に、夜は戻っても人としての自我を保っていられる唯一の時間なら、休まる時なんてなかったのだろう。


 私がロディを振り向くのとロディが進み出るのはほとんど同時だった。エミリーが苦しげに咳き込むのも。


「エミリー」


 ロディが急いで駆け寄って優しく声をかける。オリビアが不安そうにロディを見上げて、ロディは安心させるように頷いてみせた。


「頑張ったから少し疲れてしまったね。久々にゆっくり眠ると良い。さぁ、お休み」


 ロディが素早く何かを口の中で唱え、エミリーの視界を奪うように掌で目元を覆った。エミリーは糸が切れたようにことんと眠りに落ち、チャーリーが慌てて脱力したエミリーを支える。それを見て、ロディは大丈夫ですよと微笑んだ。


「人の姿に戻ってからならボクの領分です。医療魔術師ではないけれど、多少は診れます」


 奥の寝室に、とロディに促され、チャーリーとオリビアはエミリーを抱えて立ち上がった。その姿を見送り、ロディは振り返る。アマンダは手の汚れを落として解呪に使った道具を片付け終わったところだった。


「呪いは解けたと思って良いのかな」


 ロディの平坦な問いに、アマンダはええ、と微笑を浮かべて頷いた。


「人の姿に戻ったのを見たでしょう?」


()り返しは? そういう呪いと見立てたけど」


 あら、とアマンダは笑った。


「そんなところまで気にかけていたの。勿論あるわ、どんな呪いにだって振り返しはね。

 けれどあの子はきっかけを目にしなければ恐らく問題ない。獣になる呪いなんて、家の中にいればかからないわ。家の中にいれば、ね」


 アマンダは目を細めて笑い、言葉を強調する。他の呪術師がどうかは知らないけれど、アマンダは(まじな)いも占いも言葉を使って伝えるんだろうと私は思う。そんな彼女が扱う言葉なら、きっと大切な意味を持つに違いない。


「そうは言ったって、いつまでもこんな荒屋に住み続けるわけにもいかないから、いずれは出て戻ることになる。それは家の中にいるとは言えない状態になると思うけど」


 ラスが疑問をアマンダにぶつける。そうね、とアマンダはまた笑った。


「外出の全てがいけないというわけではないのよ。けれどそうね、家の中にいたって外にいるきっかけを目にしてしまえば振り返すこともあるでしょう。でも獣になるもならないも、あの子が決めることなのよ」


 それはまるで占いのようだった。この先の未来を言い当てる、神秘の術のような。


「振り返してあの子が選んだならそれが最終的にあの子がなる姿なの。それが人でも獣でも、本来なら誰も干渉できないのよ。貴方たちも、心に留めておいて」


 アマンダの言葉は私にセシルを思い起こさせた。選ばざるを得なかったとしても、それは本人の選択になるのだろうか。捨てる前に捨てるしかなかったと言ったセシルの言葉は、他に選べるものがあった筈だなんて、口が裂けても言えないほど真に迫っていたのに。


「それじゃ、呪いも解いたことだし、アタシ行くわね」


 え、と私は驚いた。ラスもロディも予想外だったのかアマンダに視線を向けたまま二の句が継げずにいる。そんな私たちを見てアマンダも不思議そうに首を傾げた。


「此処にもうアタシの解く呪いはないし、占いの通り人助けもしたわ。言ったわよね、アタシ、欲しいものがあるの。それを手に入れるために此処へ来ただけ。此処での用事が終われば次へ行くだけよ」


 また占いをしながらね、とアマンダは微笑んだ。止める理由もなくて、私達はアマンダが帰り支度をするのをただ眺めていた。ひとり旅の身軽さでアマンダがすぐに出て行こうとするのを私はハッとして引き止めるとオリビアとチャーリーを呼びに行く。二人は慌てて戻ってくるとアマンダにお礼を言って何度も頭を下げた。


「アタシはアタシのためにしただけのことだから、お礼を言われる筋合いなんてないのよ。こちらこそ人助けをさせてくれてありがとう。どうぞこれからも家族仲良くね」


 アマンダは目を細めて魅惑的に笑うと荒屋の扉を開けて出て行く。オリビアとチャーリーはアマンダの姿が見えなくなるまで見送り、周囲を窺うと扉を閉めて中へ戻った。昼間の光が細く漏れ入る室内は薄暗く、それでも二人の顔は明るい。呪いから解放されたことで二人の心に重くのしかかっていた不安も取り除かれたのだろう。


「二人も疲れたでしょう。少し休んでは?」


 ロディが声をかける。二人は顔を見合わせ、そんなと遠慮したが欠伸を噛み殺すことはできなかった。ロディが微苦笑し、二人も笑う。起きてからエミリーの体調については考えようとロディが提案して、二人も頷いた。エミリーの横たわる寝台にもたれかかるようにして二人は座って目を閉じる。ロディが何かまた魔法をかけて、二人はすぐに眠りに落ちた。


「さて」


 ロディがラスに後を頼むと言い残して出かけて行こうとする。ラスがそれを呆れたように止めた。私も慌ててロディに何処へ行こうとしているのか尋ねた。


「あんたね、何が後を頼むだ。何を考えてるのか、あたしらには教えられないって言うのかい」


「ロディ、何処に行くの? 危ないことしようとしてない?」


 私たちの追求にロディは一瞬たじろいだように見えた。その後、くすっとロディは笑う。


「笑って誤魔化そうとしたって無理だよ。あたしがあんたの顔を何年見てきたと思ってるんだ。今更あんたの顔になんて誤魔化されないからね」


「違う違う、ていうかボクが顔で誤魔化したことなんてないじゃないか。

 大丈夫、ちょっと気になることがあるから出てくるだけだよ。此処にはまだ魔物使いの少年が戻ってくるかもしれないからね。頼んだよ、ラス、ライラ」


 セシルのことを警戒するように言われて私はすぐに返事ができなかった。ラスがそういうことならと頷き、満足したように笑ってロディは出て行く。私は閉まった扉を所在なげに見て、出せなかった言葉を飲み込んだ。セシルはそんなに、悪い人じゃないと思うのだけど。けれど目の前でモーブの腕を飛ばされようとした衝撃を受けた二人には言えなかった。私の方が変なのかもしれない。どちらとも出会って間もないから、そう思うだけなのかも。


 私は静かな部屋の中で板の隙間から外を見ながらロディが戻ってくるのを、あるいは誰かが起きてくるのを待った。手持ち無沙汰な私を見兼ねたのか、ラスがお昼時に食事の調達をしてきてほしいと言ってお財布を渡してくれる。


「村まで行って何か簡単なものを買ってきてくれる? 屋台の残りもまだあるかもしれないし」


 心遣いに感謝して、私は頷いた。ラスにはお見通しなのが少し恥ずかしかったけれど、喜んでお遣いに出る。秋の空気は昼間でも冷たさを伴っていたけれど、私には清々しくて胸一杯に吸い込むと村へ向かって歩き出したのだった。



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