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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

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13 祭りの夜ですが


 劇は終盤に差し掛かろうとしていた。私はハラハラとしながら食い入るように舞台を見つめる。蛇のような姿をした、張りぼてで出来た湖の(ヌシ)が大きな体をくねらせながら勇者に今まさに襲い掛かろうとしていた。勇者の相棒である白い犬が主に体当たりを仕掛け、その巨体に弾き飛ばされる。始めは張りぼての下から伸びる木の棒を支える黒子が気になったけれど、一番の盛り上がりを見せている今、私は最早その黒子の姿さえ目には入っていなかった。


 村の子どもが悲鳴をあげて、頑張れと勇者を応援する。その子どもの声が微笑ましくて私は思わず笑みを零していた。隣でラスも小さく笑うのが聞こえる。


 勇者は魔法の剣を振り上げて、主を斬り伏せた。主は大きな咆哮を辺りに響かせると舞台の上にぐったりと横たわった。生贄にされそうだった村の少女が勇者に駆け寄り、ぴょんと飛び跳ねて抱きつく。何度も何度も頭を下げて村の人は勇者に感謝して、勇者はもう大丈夫だと村の安全を保証した。


「――恐れることはない。主は退治した。村を(おびや)かすものはもういない」


 そして勇者は犬と共に村から去った。村ではこの出来事を忘れないため、毎年この季節に勇者のことを語り継ぐためのお祭りをしようと取り決めた。そう村長役の役者が語って舞台の幕は降りた。


 私は割れんばかりの拍手を送りながら、舞台の上で横たわる主の張りぼて人形に目を止めた。操る黒子のいない主の人形は虚な目で観客席を見ている。こんなに大きな主でも、あの湖は易々とその姿を呑み込んで隠すことができるだろう。そしてあの湖が荒れたなら、確かにこの村はひとたまりもないんだろう。


 でも、と私は目を伏せた。あの主は倒されなかったのではないか。今もあの大きな湖の中で眠りについているのではないか。それを人知れず、アルフレッドが守っているのではないのか。この村を助けたのは旅をしていた勇者様だとしても、今この村を守っているのがアルフレッドなら。


 私に出来ることはない。この村の在り方はこの村に住む人が関わらなければ変わらないし変えて良いものではない。ただ通り過ぎていく私が何か言う権利なんてないのだから。


 頭を振った私をラスが気にかけて声をかけてくれる。何でもないの、と答える私に、ラスは出店を見に行こうと誘ってくれた。


「お祭りでしか出ないような食べ物とか工芸品とか、そういうのを見て回るのが好きなんだ。付き合ってくれる?」


「勿論よ」


 ラスが気を遣ってくれたのは本当だろうけど、食べ物や工芸品を見て回るのが好きなのも本当のようだった。目をキラキラさせてラスは出店をあちこちと移動していく。私も沢山食べて沢山笑った。ふと。


「お嬢ちゃん、宝石はお好きかい」


 露天商のひとりに声をかけられて私は足を止めた。ラスは熱心に硝子細工を眺めていて、まだ時間がかかりそうだ。私はそちらへ進んで並べられた商品を見て声をあげた。


「わぁ、綺麗!」


「そうだろう。どれも宝飾品としては加工しづらいからと屑扱いされているけど、石の輝きは本物だ」


 店主は革紐で括っただけのペンダントを持ち上げる。綺麗な水色をした石がランタンの灯りを受けて眩く煌めいた。同じように革紐で括られた宝石が並んでいる。小さく宝石が嵌め込まれた木彫りの腕輪や金属の上に小さな輝きを放つ指輪なども置いてあった。


「光ってないのも宝石なんですか?」


 艶はあるが反射はしていない石を見つけて私は店主に尋ねた。そうだ、と店主は頷く。


「光を吸収してしまう石もある。元々、宝石というのは採掘されるものだ。暗い地中で出来る。光を求めない石もあって当然だろう」


 人気は低いがね、と店主は笑った。でも宝石を愛している笑い声なのは私でも分かった。もしかすると、採掘する人なのかもしれない。ヤギニカの街で宝石を扱っていたソフィーも宝石を慈しむように扱っていたし、祖父が採ってくる宝石は一流だと胸を張っていた。宝石を愛する祖父を愛しているのだとしても、お店を構えて見習い魔術師を導く担い手なのだから宝石のこともきっと愛している。


「光っていなくたって艶々して綺麗だわ」


「嬉しいね」


「宝石を愛して、宝石に助けられている人を知っているの。宝石は凄いってことを教えてもらったから」


 おや、と店主は窺うように私を見た。


「魔法使いでも知り合いにいるのかい」


 ええ、と私は頷いた。


「魔法と相性が良い物も、反対に魔法を寄せ付けない物もある。宝石ってのは奥が深いのさ」


「魔法を寄せ付けない?」


 首を傾げる私に、店主は例えばこれだとペンダントを差し出す。私は心臓がどきりと音を立てるのを聞いた。琥珀のような濃い黄色は、けれど光を通さない。黒に近い茶の線が走って、まるでそれは生き物の目のようだった。アルフレッドのような、エミリーのような、魔性の者の目。


「これは魔除けとしても効果がある。物事の本質を見抜く力を得られると言われているんだ。悪いもんから身を守れる。お嬢ちゃんには良い一品だと思うがね」


「魔除け……そ、それおひとつ下さい。買います」


 私はお金を払って魔除けのペンダントを購入した。あまり大ぶりではないし、宝石としては価値のあるものではないからと店主の提示した金額はお財布に優しくて、私は頭を下げた。宝石には偽物も多いから気をつけるようにと言ったその口は笑っていて、私は一瞬これが偽物なのではと疑ってしまったが、買ってしまったものは返せない。革紐を首の後ろで結んで私は早速ペンダントを下げた。でも走ると顔に当たりそうだと思い直し、服の中に仕舞い込む。


 ふと顔をあげて、私はラスが硝子工芸品の露店前にいないことに気がついた。私も夢中になっていたし、ラスも気が付かずに私を探しに此処を離れてしまったのかもしれない。ヤギニカでのことを思い出し、私は宿へ戻ろうと人通りの多い道を選んで進む。人がいるから大丈夫ということはない。ハルンに稽古をつけてもらって多少は私だって強くなっていると思うけど、こんなところで暴れるわけにもいかないだろう。


「……あれ、お姉さん」


 聞き覚えのある声がした気がして私は足を止めて振り返る。果物を丸ごと飴に閉じ込めたお菓子を売る出店の前でセシルが立っていた。お菓子を口に含んでにっこり笑う。


「ひとりなの?」


「ラスと、はぐれちゃって」


 声が震えそうになった。あの森の中で出会った衝撃が大きすぎるのか、体が覚えているようだった。初めて向けられた殺意は、とても綺麗に笑うこの少年からだったから。


「ふぅん。宿まで送ってあげる。お姉さんひとりじゃお祭りに紛れてやってきた人攫いに連れてかれそうだし」


「え、あ、え?」


 答えられない私の手を取ってセシルはあの日のように綺麗に笑った。


「行こ、こっちだよ」


 綺麗な金の髪がランタンの明かりに煌くのを、私はただ見ていた。




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