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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

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12 祭りの直前ですが


 オリビアとチャーリーは私たちから話を聞くまで今日がお祭りだと全く気づいていない様子だった。毎年この季節にはそのお祭りを村ぐるみで行っていて、この村出身の二人は子どもの頃にはその劇をよく見ていたと思い出して少し笑う。エミリーが生まれてからは体の弱いエミリーを気遣ってあまり出かけないようにしていたから、とんとご無沙汰という話だった。


「ええ、湖の(ヌシ)が村を苦しめていたという話は残っています。冬の備えもしなくてはならないのに困らされるから、勇者様が来てくれなかったらどうなっていたか分からないと。確か、魔法の剣だか道具だかで退治したと記憶してますが」


 荒屋のガタガタの椅子に腰かけながらチャーリーが記憶を辿りながら話してくれた。オリビアも頷いている。それが何か関係するのかと二人が首を傾げ、私とロディは顔を見合わせた。ロディが頷いたので私はアルフレッドに出会ったことを二人に伝えた。


「エミリーのことは話していないし、彼が気にしている様子もなかったからそこは安心してください。でも、湖の主の話は少し気になるところがあって」


 この荒屋に戻る道すがらロディが話してくれたことを私は繰り返す。村の中では主を退治したと伝わっていても、アルフレッドの話だと主はまだ眠っているだけだ。起き出せばどんな災厄が訪れるか分からない。そしてロディは教会で、人が獣に変わる呪いについて話を聞いていた。


「そんな症例は聞いたことがない、と言われました。けれど獣の姿をした魔物に魅入られてしまう話は聞けましたよ」


 ロディが私の言葉の後を続けた。魅入られる、とオリビアが言葉を繰り返す。まさか、とチャーリーが目を見開いた。


「呪いではないと?」


 いいえ、とロディは首を横に振る。残念ながらこれは呪いです、と告げるロディの言葉が重たさを伴って二人に伸し掛かるのが見えた気がした。


「何が、あるいは誰が、どうやって呪いをかけたのか。その見当はおおよそついています。解呪の方法も難しいものではない。けれどきっと根本を突き止めないと、同じことを繰り返すでしょう」


 ロディは一瞬目を伏せるとまた二人を見やった。本質を見抜くようなロディの視線に、二人が喉を鳴らす音が聞こえてきた。


「湖へ訪れていませんか」


 オリビアは瞠目し、チャーリーが目を逸らした。私はそれだけで二人が是と答えたことを知ってしまった。


「理由は問いません。きっとお嬢さんのことを思っての行動でしょう。その是非を問うつもりもない。ただ事実確認をしたい。湖へ、訪れましたね」


 私は狼狽する二人が頷くのを見てからそっとロディを窺い見た。ロディには何処まで話の道筋が見えているのだろう。私にもきっと全部は話してくれていないんだと思う。確認をしてから、というのは分かるけど少し寂しい気もした。


「それが判れば十分です。さて、それじゃ」


 ロディはラスを呼ぶ。戸口で佇んで成り行きを見守っていたラスは短く返事をした。


「相談なんだけど、村の人にボクらの姿を見られている。宿の場所も教えてもらっている。馬車がこの家の前に留まっているのもきっと目立つだろう。今夜はお祭りだ。此処まで村人が足を伸ばさないとも限らない。ライラと一緒に村へ行って普通の旅人を装ってくれないか。今夜のお祭りは二人で見てくると良い」


 はぁ、とラスは小さく息を吐く。ほとんど溜息だった。


「それであんたはどうすんの」


「ボクはライラが見つけてくれた月雫の草がボクの思っているものと同じかどうか確かめてくる。早ければ明日の朝、朝露が取れたと同時に解呪を始めた方が良いだろう。

 キミもライラも、昨晩は不寝番をしてくれた。明日の朝まで休んでほしいところだけど、お祭りも見て回ると良い。勇者の活躍劇らしいから」


 それと、とロディは続けた。


「明日の朝一番にとれたての鶏卵をもらってきてほしい。解呪に必要なんだ。ひとつで良いからね」


 にっこりと笑ったロディに言葉を封じ込められて、私もラスも頷くことしかできなかった。アマンダには話を通しておくよ、とロディが言うから私たちは馬車を引いて村へ向かう。セシルとロディを同じ建物に残すのは不安もあったけれど、オリビアやチャーリーもいるのに下手なことはしないだろう。


「ロディは、全部分かってるのかしら」


 私の言葉にラスが、さてね、と返した。


「あいつは神童の頃からそうだけど、ひとりで勝手に理解してひとりで勝手に進んでいくところがある。それで何度あたしらが手を焼いたか、まるで分かってない」


 頭が回るのも考えものさね、とラスは苦笑する。けれどそれはロディの行動が悪い方向には行ったことがないような反応だった。


「まぁ、任せよう。あれで周りへの被害は少なくなるように動いてるつもりなんだから。近いところにいると巻き込まれるけどね」


 其処まで言ってラスが大きな欠伸をした。それを見た私も欠伸を噛み殺す。お互いに目尻に涙を浮かべてお互いの顔を見やる。うつっちゃったと笑えばラスも笑った。


「ずっと起きてるからね、休めるうちに休んでおくのも大事なことだよ」


 うん、と頷いた私の瞼は欠伸をして眠気を自覚した途端、仲良くなろうとしていた。何とか宿まで辿り着いて馬屋番に馬車を預け、通された部屋に入った瞬間、私もラスも重たい装備を外すや否や、寝台に倒れ込んで寝息を立て始めたのだった。


 陽が落ちた頃、ラスに起こされた。お祭りが始まるという一言で私は飛び起きて、ラスを連れて演劇の舞台がある教会前の広場まで人の流れに乗りながら向かう。


 昼間見たよりも人が多い気がする。家の中にいた人も皆このお祭りに繰り出してきたかのようだ。用意されたランタンの灯りがぽつぽつと村のあちこちを照らしていて、夜なのに夕方のような明るさがある。人の熱気に、冬が近づいているとは思えないほどの暑さを感じていた。


「やぁ、何処にこんなにいたのかってくらい人が多いね」


 ラスが困惑しながらも感心したように言う。私は鞄の中のコトが潰されないよう気をつけながらラスを振り返って笑った。


「私、お祭り大好き。ビレ村でも皆張り切って、魔物があまり活発でなかった頃は近隣からも沢山人が訪れていつもより多かったの。ウルスリーでももしかしたら近場から人が来ているのかもしれないわ」


 有り得ない話じゃないか、とラスも笑った。あたしらのところでも祭りは盛り上がったさと。(はぐ)れないように私たちは手を繋いで舞台が見えるベンチに辿り着くと何とか二人並んで座った。満月から何日か欠けた月が舞台を見下ろす、幻想的な舞台だった。篝火が焚かれ、組まれた舞台装置の影をゆらゆらと動かしている。


 お祭りの雰囲気に、私は目的を忘れていた。ラスも気が緩んでいるのかいつもより笑顔が多くて私は嬉しくなる。そして舞台が始まる合図が鳴って、私はわくわくしながら劇の始まりを待った。荒廃とした村の絵が描かれた背景は、当時の村の様子を表すのだろう。くたびれた衣装を着た村人が出てきて舞台の幕は上がる。私は時間を忘れてその劇に見入ったのだった。



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