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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

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11 教会前の天使像ですが


 ウルスリーの村は賑やかだった。冬支度を始めた人たちが声をかけあい、活気に満ちている。森の小道から出た私をちらりと見やる人はいるけれど、私は周りをきょろきょろと見回すのに忙しかった。ヤギニカの街もいつもこんな風に賑わっていたけど、この村では今日は特別な気がした。ビレ村なら、お祭りだ。


「見慣れない顔だな、嬢ちゃん。旅の人かい」


 冬の間の薪にするのだろうか。大きな木を担いだ男性が私に声をかける。私は目をまんまるに見開きながらも頷いた。


「宿ならあっちだよ。今日はこのウルスリーで大切な日だ。あんたも見ていくと良い」


「お祭りですか?」


 思わず目を輝かせた私に、男性は嬉しそうに笑った。


「ああ、勇者様がこの村を救った日の祭りだ。毎年この時期にやる。良い時に来たな、嬢ちゃん」


 勇者様の冒険譚だ、と私はハッとした。当初の目的は勇者様のそういった話から魔王を倒すための情報を集めることだったと思い出したからだ。この地方に訪れた勇者様がどうやって村を救ったか、知っておく必要があるかもしれない。


「勇者様は何からどうやって救ってくれたんですか?」


 急くように尋ねた私に、男性はそいつぁ祭りを見て確かめなと言って豪快に笑った。祭りの前の楽しみを奪ってしまうわけにはいかないと。


「あの、せめて何が村を脅かしていたかだけ教えて頂けませんか」


 私の必死さに男性はうーんと唸った。だがまぁそれくらいなら、と彼は笑う。


「うちの四つの娘みたいな顔されちゃな。

 ……この村には湖があるんだが、其処には昔、(ヌシ)がいて度々水を氾濫させてはこの村を苦しめていたんだそうだ。作物は育たない、僅かな蓄えは流される、森の生き物も食べるものに困って人間を襲うような、息もつけない生活だったと聞いている」


 ヌシ、と私は小さく繰り返した。アルフレッドから聞いたのも、湖にはヌシがいるという話だった。起こしてはならないとも。


「遂には人身御供を差し出さないとならないんじゃないか、と村人が相談を始めた頃に勇者様がやってきて――というところから話が始まる。劇だから嬢ちゃんも関心があるなら観にくると良い。陽が落ちたら始まるからな。最近この村で人気の占い師、アマンダさんも来るそうだ。色んな催しがあって、きっと嬢ちゃんにも楽しいぞ」


 じゃあな、と男性は手を振って去って行った。私は軽くお辞儀をして、男性を見送る。それからまた辺りを見回して劇を行えそうな舞台を探して歩き出した。


 祭りの準備と冬支度とを一緒に進めながら村の人は忙しくしている。村の中心と思しき方へ進めば、教会の前の広場に出た。地面よりも少し高い位置に舞台が組まれていて、よく見えるように木製のベンチも並べられている。夜の祭りのためかと思いきや準備をする人に向けた食事の提供をする屋台も出ていて、此処も活気に満ちていた。


 私は教会を振り返る。ビレ村の教会と同じような造りをしたこじんまりとした教会だ。天使像が教会の前に立っている。両手を組んで長いローブを頭から被った、男とも女ともつかない美しい人の形をした像だ。背中からは大きな翼が生えていて、それで鳥のように空を飛ぶのだと司祭様に教えてもらったことを思い出す。女神様の目や耳、手足となって空から私たちを導いてくれる存在で、その声はとてもとても美しい。


 天使のような声だと、褒めてくれた人がいた。けれど私は、天使様の声を知らない。


 天使像を眺めていると教会の扉が開いた。中から出てきた人を見て私は思わず声をあげる。


「ロディ!」


 私の声に反応して彼がこちらを見る。紛れもないロディで、私は駆け寄っていた。


「月雫の草を探してた筈じゃ」


「ライラこそ」


 お互いにこんなところにいる筈がないと思っていたからか、ロディも驚いた顔をしていた。私は教会の中にロディの興味を惹くものがあるのかと覗き込んでみるが、ロディは微苦笑した。


「ボクが教会にいると可笑しいかい? こう見えてボクは結構、行く先々で教会に立ち寄っているんだよ」


「ううん、ごめんなさい、可笑しいなんて思ってないの。ただちょっと、ロディが教会に立ち寄る理由が知りたいって思ったのだけど不躾だったわね」


 しゅんとして肩を落とせばロディはまた微苦笑する。


「いや、良いんだよ。教会にはね、寄ることにしているんだ。何処かで死んでも戻って来られるように」


「え?」


「……いや、導きをもらえるように、かな」


 ロディの目が何処か遠くを見た。私は思わずロディの手を取ろうとして思い留まる。それでも意を決して両手でロディの杖を握っていない方の手を取った。ロディが驚いたのか小さく手を震わせた。


「貴方の手は命を救う手だわ。亡くした命を惜しんで空へ昇れるように手助けをする手だし、未熟な新米魔術師を導く手でもあるわ。そして呪いに苦しむ女の子を助けてあげる手よ」


 私はロディのこの手に助けられてきた人を沢山見てきた。モーブもエルマも、そしてエミリーもオリビアもチャーリーも、きっとロディの知識とこの手に救われるのだ。


「その貴方が両手を組んで助けを求めるなら、私に出来ることなら何だってしたいと思う。出来ないことの方が多いし助けてもらうことの方がきっと多いけど、一緒に悩むことはできるわ」


 意味がないことかもしれない。一緒に悩んだって答えが出るとは限らない。けれど私は言わずにはいられなかった。ロディが弱みを見せられるとしたならきっと、それはモーブやラスのようなずっと一緒に過ごしてきた人相手だ。出逢って日の浅い私ではない。それでももしかしたら、付き合いが長いからこそ言えないこともあるかもしれないから。


 ロディが微笑んだ。それは少し泣きそうに見えたけれど、光の加減だったのだろうと思う。目の前一杯に彼の銀とも金ともつかない色の髪の毛が広がって、何だか良い匂いまでして、私は目の前がくらくらしてしまった。


「ライラ、踏み込むならキミも踏み込まれる覚悟はしているかい」


 耳許で囁かれた言葉の意味は、よく解らなかった。もしかして私はまた不躾なことを言ったのかもしれない。そう思っても返す前にロディがくすりといつものように笑った。


「ありがとう。キミの厚意を素直に受け取っておこう」


 ふわりと良い匂いをさせて離れたロディはいつものように微笑んでいた。私は二、三回ほど目を(しばたた)いてみたけれど、ロディには何も変化がない。


「ところでライラ、キミが村にいる理由を訊いておこうか」


 問われて私は素直にアルフレッドに会ったこと、月雫の草と思しき花のある場所を教えてもらったこと、今夜この村で勇者に纏わる演目の祭りが行われることなどをロディに話した。ロディは難しい顔で考え込むけれど、少しした後に私を見て戻ろうと言った。


「相談する必要があるけれど、まずはオリビアとチャーリーに話を聞く必要がある」


 私は頷くとロディと連れ立って荒屋へ戻るために喧騒に紛れた。



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