10 温かな思いですが
アルフレッドに教えてもらった場所には綺麗な白い花が咲いていた。これが月雫の草の花かはロディの頼りないもにょもにょとした線の絵では判らないけれど、夜にはぼんやりと光ると言うから、きっと間違いないと私は思う。
「幻想的、と言うのかな。夏の夜には村から若い男女がこの花の光を見に来ることもあるんだ。ライラ、あなたも?」
え、と私は言葉に詰まった。そういうつもりは全くなかったけれど、そうじゃないと言えばエミリーのことを言わなくてはいけないような気がして私は返事に窮する。でもそうだと言ってしまうと誰かと来なくてはいけないような気がしてしまう。
「え、ええ。あの、村の人にそういうお花があるって聞いたから。明るいうちに場所を知っておきたくて」
誰と、なんて言わなくても良い。アルフレッドが気を利かせて近づかないようにしてくれればそれで良い筈だ。私は笑顔を貼り付けて頷いてみせる。
「そう。とても綺麗な景色だから、きっと気に入るよ。空の色や、木々の色、澄んでいく空気を美しいと感じられるなら」
アルフレッドの金の目は、そういったものを美しく感じているように輝いていた。その横顔が美しくて、私は一瞬言葉を忘れてしまう。
「夏の夜は暖かいから見に来るヒトもいるけれど、夏は過ぎたから体を冷やさないようにしてから来るんだよ。ヒトは寒さに対する知恵があるから大丈夫とは思うけど」
ふい、と向けられた金の視線に私は反射で頷いた。
「あの、ヒトの言葉では何て言ったかな。首に巻く長い布、あれをもらったことがあるんだけど、あれは暖かくて良いね。頭にかぶる物ももらったことがある」
アルフレッドはふふ、と何かを思い出して笑った。アルフレッドの言っているものは首巻きかななんて考えていた私はその笑顔にまた考えていたことを忘れてしまった。
「それは大きくて目元まで下がってきてしまうんだけど、暖かくてね」
私は知らず微笑んでいた。きっと村の人が彼にこれまであげてきた物なのだろう。この辺りの冬は厳しいのかもしれない。その寒さを凌ぐために村人が作り出してきた防寒具は、もしかしたら彼にとっては物珍しいものに映る可能性もある。彼の頭の大きさが判らなくて大きめに作ったらぶかぶかになってしまった帽子を、それでもそこに込められた温かな気持ちに彼も気付いているからこうして嬉しそうに笑うのだろう。
魔物使いは恐れられる。それでもアルフレッドは人を良いものとして捉えている。条件付きではあってもこの村はこうした付き合いで関係を保っているのだ。
ふと、セシルの顔が思い浮かんだ。魔物使いの適性がある彼も、何かが違っていればこんな風に笑っていたかもしれないと思うと何だか胸の奥が痛んだ気がした。
「素敵な贈り物をもらったのね。これから活躍する季節になるし、貴方も体調には気をつけて」
私の言葉にアルフレッドは頷いた。いざとなれば狼になれば良いんだけどね、とアルフレッドが言うのとドゥーグが鋭く警告するように吠えるのはほとんど同時で、私は驚いてドゥーグの方を向いてしまった。アルフレッドが零れてしまった言葉を慌てて捕まえようとでもするように片手を口にあてるのが視界の隅で見える。
「と、これはヒトに言ったら気味悪がられるんだった。ごめんよドゥーグ、ヒトと話すのは久し振りで」
アルフレッドがドゥーグに申し訳なさそうに言った。ドゥーグの鋭い声はアルフレッドに対する警告だったのかと私は気付く。
「あなたは何だか少しボクに近い気がして何でも言ってしまうな」
ドゥーグを宥めながらアルフレッドが私に視線を向けて言う。私は驚いて瞠目した。アルフレッドと近いところがあるだなんて、私には思い当たる節がなかった。
「あなたもマモノ使いだと思っていたけど」
違うかな、と首を傾げてアルフレッドは私に確認する。そういうことか、と私は得心した。
「そうね、“それなり”にだけれど」
モーブに勇者の適性があると気付かれたように、アルフレッドも私の魔物使いとしての適性に気付いたんだろうと思う。私が答えれば今度はアルフレッドが驚いたように金の目を見開いた。
「あぁ、いや、ごめん。あまり他言したいとは思わないものだと聞いていたから。そんなにあっさり認められると思ってなくて」
リアムがそう言っていたことを思い出して私はハッとする。けれど口にした言葉はもう戻っては来なかった。まぁそれを聞いてもボクにはやっぱりね以外の感想はないんだけどとアルフレッドは続ける。
「でもあなたもそういうところは気をつけた方が良いかもしれないね。少しヒト離れしてる。そういうところもマモノ使いとしては怖がられるところだって、母が言っていたから」
人間離れしていると言われて私は少しショックを受けた。世間知らずという意味だろうか。大きい街に出た時にビレ村のような小さな村しか知らないとそう言われると私も母に聞いていた。
「マモノ使いになれるヒトは、ヒト離れしてるって。何となくシンセイな印象を与えやすい。人智の外にあって、マモノを手懐けられる、ヒトであってヒトでない存在。だからヒトと少しでも違うことをすると怖がられると言っていたよ。マモノ使いだった母はマモノの父と生涯を共にすると誓った時、怖がられたと」
アルフレッドの言葉に私は返す言葉を見付けられなかった。ドゥーグが代わりのようにアルフレッドに擦り寄って頬を寄せる。アルフレッドはそれに笑って返していた。
「そうだね、おかげでボクに会えたって必ず続けてた。
ライラ、あなたがボクにも擬似餌に見えたみたいに、あなたは少しヒトとは違う。もっとこう、ヒトよりも綺麗な、ヒトだけどヒトじゃないものに見える。上手く働いているうちは良いけど、逆転するようなことがあった時は気をつけて」
私は頷くことしかできなかった。彼の金の目にどう映っているのか、というよりも、私は周りからどう見えているのか、ということを気にした方が良いのかもしれない。母も舞台からどう見えているか把握するのは大切だと言っていた。いつだって見られる自分しか誰かには見てもらえないのだからと。
「でもあなたが怖がることはないよ。ライラの周りにはきっと、ライラをライラとして見てくれるヒトがいるんだろうから。ボクと会って驚きはしても怯えはしなかったのは、そう接してくれるヒトたちと過ごしてきたからだ」
私は目の覚める思いがした。そうだ、そして私はそれがありがたいことだと知っている。モーブとの話でも、リアムとの話でも。私の適性に関わらず私のことを知ろうとして私と接してくれる人たちが周りにいてくれたから。
うん、と私は今度ははっきりと大きく頷いた。
「とっても素敵な人たちなの。もう会えない人も中にはいるけど」
両親の顔を思い出して私は僅かに顔を歪めた。けれどもう一度笑って私はアルフレッドとドゥーグを見る。
「大切にしてもらっているから、私も大切にしたいし、他の人のことも大切にしたい。貴方がそれを感じ取ってくれたならとても嬉しいわ、アルフレッド」
アルフレッドも微笑んで私を見た。その後、村の近くまで送ってもらって私はアルフレッドとドゥーグと別れた。あまり近くまで行くと村の人を怖がらせてしまうから、とアルフレッドは笑ったけれど、それが寂しそうに見えたのは私の気のせいではないだろう。
便宜上ウルスリーの村まで出てきてしまった私は、意を決して村の中へ足を踏み入れたのだった。




