9 擬似餌疑惑の晴らし方ですが
アルフレッドがウルスリーの村を守る魔物使いの一族だと知って、私は内心焦っていた。エミリーの状態を知られたらとオリビアは酷く怯えていた。確かに今のエミリーの状態は魔物に見えるだろう。それはつまり村の中に魔物がいるということで、アルフレッドがそれを知ったらどういう行動に出るのか正確なところは私には分からない。でもエミリーの金の目はアルフレッドの目とよく似ていた。アルフレッドなら何かを知っているのでは。その期待も私は捨てきれない。
「村の人はアルフレッド、貴方に良くしてくれるかしら」
私は声が上擦らないように気をつけながら尋ねた。アルフレッドは目を細めて、うんと頷く。
「他のところで魔物使いは怖がられるって聞いたものだから。貴方が酷い目にあっていないなら良いの」
取り繕うように紡いだ私の音は彼にどう聞こえただろう。魔物使いと聞いて動揺したのは本当だけど、村の人もきっと彼が魔物使いと思えば同じように動揺すると思う。その詳細まで把握できてしまうならこれには意味がないことになるけど、私はオリビアを助けたかった。解呪までもう少しなのだから、わざわざ彼に知られなくたって良い筈だ。
「酷い目というのがどういうのかは分からないけど、時々食べ物を分けてくれたり服を繕ってくれたりするよ。父と母が結んだ約束を、守ろうとしてくれる」
「ご両親が……?」
私が首を傾げると、アルフレッドはまた頷いた。
「父はドゥーグと同じ、ヒトがマモノと呼ぶものだ。母はヒトだ。その母が懸命に約束を結ぶことを進言したらしい。父が昔こっそりと教えてくれた」
私はオリビアに聞いた話を思い出す。村の外れで暮らす魔物使いは、今はひとりだと言っていたことを。アルフレッドが遠い目をするのは過去に想いを馳せているからだ。
「父はヒトの姿に化けることができた。そうじゃないとヒトの言葉を操れないし、ヒトは話を聞いてくれないから」
ボクは逆だけど、とアルフレッドは言う。だから彼の瞳は魔性なのだろうと私は理解した。
「マモノ使いが怖いという気持ちは村の皆にもあるんだとは思う。ボクを見ると驚くしいつも怯えた様子だから」
同じように驚いた私は何だかバツが悪くて俯いた。でもそれで良いんだよとアルフレッドは笑って言う。私は驚いて顔を上げた。
「ヒトの姿をした擬似餌を使うマモノも、ヒトそのものに化けるマモノもいる。中にはヒトとマモノを取り換えるマモノもいる。そういった中でマモノ使いと呼ばれるヒトが心を通わせられるのは、ヒトに好意的な関心を寄せるマモノだけだよ」
同じように、とアルフレッドは続ける。
「ヒトの中でも好意的じゃなければマモノ使いは怖いものなんだろう」
知らないものをどれだけ受け容れられるか。魔物も人間を襲うのはもしかして人間のことが怖いからなのではないかと私は頭の片隅でちらりと思った。確かめる方法はない。全部がそうでもない。でももしもそういう恐怖が先に立ってしまって視野が狭くなっているなら、寂しいことだと、思った。
「好意のないマモノはヒトを騙して、襲って、時には命を奪うことだってある。でもそういうマモノばかりじゃないって、知ってもらえたら良いなとは思ってるよ」
だから少しずつ。外見の違いに驚いてしまうなら不用意に姿は見せず、けれど完全に関係を絶ってしまうことはせず。交換条件だとしても敵意ばかりじゃないことを解ってもらおうとしているのかもしれない。
「だけど気をつけるんだよ、ライラ。マモノがヒトを騙そうとする時、大抵はヒトにとって好意的に映る。それがあなたを疑った理由だ」
ロゴリの村で出会った神様は自信満々で自分の魅せ方を解っているようだった。人の姿に化けて娘を誑かしては死の間際の絶望を味わっていた。あの神様と同じような存在と思われたのならちょっと心外だけれど、魅力的に魅せる方法なら私だって元踊り子の母に教わってそれなりに知っているつもりだ。もしもそれがアルフレッドには魔物の取る方法のように見えたなら、確かに気をつけた方が良いかもしれないとは思う。でも私、うつらうつらとしていただけだと思うのだけど。
「擬似餌、って言っていたのを覚えているわ」
うん、言ったねとアルフレッドは悪びれる様子もなく頷く。
「罠だよ。とても精巧な作り物を置いてヒトが引っかかるのを待つんだ。ヒトの言葉では何て言ったかな。ウルスリーの村にある大きな建物の、石の像に似ていたんだ。目を閉じてるし、息をしているのかもよく判らなくて近づいた。擬似餌だったとしても、ボクなら避けられる」
肌が少しピリピリしたけど、とアルフレッドは苦笑した。
「あんな場所に、ドゥーグが入れない場所にヒトのための罠があるとは思えなかったけど、それでも一応見なくちゃいけないから。あなたは擬似餌じゃなかった」
解ってもらえて嬉しいわ、と私は返しておく。魔物除けが張られた中で罠を置く理由はない。魔物除けの中に人に化けた魔物はいられないし、擬似餌に寄ってきても魔物自体が入れないなら意味がない。アルフレッドもきっとそう思ったんだろう。
でも、と私は心の中に留めた。魔物除けに何かを感じるならアルフレッドには魔物の部分があるのかもしれない。入れないほどではなくても、刺激を感じるなら。半分は人で、半分は魔物で。そんなことがないとは言えない。目の前にいるのだから。
「あの、アルフレッド」
私は思い切って声をかけた。
「さっき、魔物と人とが取り換えてしまうこともあると言っていたけど、具体的にはどういうものなの? いつの間にか入れ替わってしまうのかしら」
そうだよ、とアルフレッドは肯定した。私は思わずエミリーのことを考えた。私はあの姿になったエミリーしか知らないけど、エミリーが魔物と入れ替わっている可能性はないのだろうか。少女の面影を残してはいるけど、知らないうちに入れ替わってしまっているならエミリーだという保証はない筈だ。
「あまり多くはないようだけどね。大抵は揺り籠から目を離した隙に変わっているんだそうだ。愛されていてもいなくても。マモノには関係ないからね。代わりにマモノの赤ん坊を置いていく」
揺り籠、赤ん坊、という言葉から生まれて間もない子どもの話だというのは分かった。大人の例はないか聞いてみるけど、聞いたことがないと言われて私は落胆する。それならあれはやはりエミリーなのだろう。呪いの力で変わってしまおうとしている、少女だ。
なら何としても呪いを解いてあげなくては。そのためには月雫の草の朝露が必要だ。
「私、月雫の草を探している途中だったの。何処にあるか知っていたら教えてほしいのだけど」
アルフレッドはきょとんとした表情を浮かべる。知ってる? と彼はドゥーグに顔を向けて尋ねる。森に詳しいだろう彼らが知らなければ恐らくはない。けれど呼び名が違う可能性がある。私は聞いた特徴をアルフレッドとドゥーグに話した。
「白くて綺麗なお花が昼間は咲いていて、夜には月の光を受けて光るんですって。あ、これがその似姿で」
私はロディの描いた獣皮紙を引っ張り出して見せる。アルフレッドもドゥーグも難しい顔をして眺めていたけど、月の光で光る花がある場所は知ってるから連れて行ってくれると言った。




