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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

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6 呪術師との出会いですが


「な……っ!」


 誰の声だったのかも分からない。私かもしれないし、ロディやラスでもおかしくはなかった。相変わらず天使のように微笑む魔物使いの少年は美しく、とても大人の男性の腕を切り離すために懐に飛び込むようには見えない。


「勇者……?」


 オリビアとご主人の不審そうな声がして、私は少年から目を離した。屋内で獣になりかかっているエミリーと一緒にいて、唸るエミリーを宥める素振りさえ見せた彼は、きっとご主人の信頼を得ている。此処で彼を含めて誰も敵に回さない方が良い。咄嗟に判断して私は素直に頷いた。


「私です。勇者の“適性”がそれなりにあるって出生時診断で言われたんですけど、でも大したことはできません。私の天職は歌姫なので」


 ラスが私に視線を移したような気がした。少年とロディだけがお互いに睨むように見つめ合っている。他の視線は私に向いていて、私は内心ヒヤヒヤしながら言葉を続けた。


「彼とはその、面識があって。お互いの名前を知らないので私のことをそう呼ぶんです。貴方は」


 私は息を吸った。まるで歌の中の登場人物だ。役になりきってこの場を乗り切らなければならない。さながら舞台だった。


「どうして此処へ?」


 少年はロディから私に視線を移して口角を上げた。


「僕はアマンダに頼まれてね。彼女には借りがあるんだ」


「アマンダ?」


 首を傾げた私に彼は頷く。そろそろ帰ってくると思うよと彼はエミリーを撫でながら答えた。エミリーは彼に甘えるように鼻先を彼の頬に寄せる。ふふ、と彼は声を上げて笑った。


「まぁ、千客万来。それにあら、オリビア! おかえりなさい」


 背後からした声に私たちは驚いて振り向いた。朝靄の中、薄紫のベールを頭から被った女性が湯気を立てる両手鍋を持って立っている。口元も薄いベールで隠し、覗く目元が神秘的な雰囲気を纏っていて私はどきりとした。父の歌に聞いた登場人物によく似ている気がしたからかもしれない。


「……エミリーの様子を見て驚いたかしら。立ち話もなんだし、中でお話しましょ。村の人から朝ごはん、頂いちゃった」


 両手鍋を少し持ち上げて彼女は笑う。薄いベールの下で綺麗な唇が弧を描き、ベールと同じ綺麗な薄紫の目が嬉しそうに細められた。ラスやロディと歳の頃はそんなに変わらないように見える。けれど私よりも歳上だろう綺麗な人に私は思わず見惚れてしまう。


「旅の人も良ければ如何かしら?」


 目を向けられて私は言葉を探したけれど、ラスが先にもう朝食は済ませたと断った。そう、と彼女は気を悪くした様子もなく、私たちをぐいぐいと部屋の中に入れると扉を閉めた。


 転がっていた椅子やテーブルを立てて、脚が折れてぐらつく椅子に座りながら奇妙な朝食を取る風景を私は眺めていた。鍋から食事を取り分けて、少年とエミリーは床の上で食べる。エミリーはもう食器を使えず、手掴み、煩わしそうな時は顔を食器に突っ込んで直に食べていた。オリビアはそれを青ざめた顔で見るけれど、ご主人はもう慣れてしまったのかそんなエミリーを悲しそうに見るだけで自分の食事を進めた。


「初めまして旅の人。アタシはアマンダ。あちこち歩いては占い師をしているの。今は此処、ウルスリーの村で夜ごと村の人を、村の行く末を占っているわ」


 アマンダは両手を胸の辺りで(かざ)して、ね、と笑った。彼女の神秘的な雰囲気から、この先の色々なことが窺い知れそうな気分になる。


「私はライラです。ロディと、ラス。一緒に旅をしています」


 私は両隣にいるロディとラスをそれぞれ片手を上げて示しながら紹介した。ロディもラスも小さく会釈するだけだ。私はそんな二人を意外に思いながら、アマンダを見た。


「こちらはチャーリー。オリビアの旦那様ね」


 アマンダは気にした様子もなく、オリビアのご主人を紹介する。ご主人は食事の手を止めて私たちに会釈して、私も返した。チャーリーの鳶色の髪に緑の目は疲れ切っていて、目の下には真っ黒なくまができている。長い間ろくに休めていない様子だ。


「それからあの子はセシル。アタシの昔からの知り合いでね、今回のことで助けてほしいってお願いしたらすぐ来てくれたのよ」


 セシル、と私は口の中だけで繰り返した。本名かは分からないけど、魔物使いの少年の名前を私は忘れないように刻む。セシルはエミリーと何やら話している様子でこちらには全く興味を示さない。


「そしてあの子が、エミリー」


 アマンダは静かに言う。チャーリーと同じ鳶色の髪の下で、金の目をしたエミリーは食事を終えたセシルと遊んでいるようだ。とても十八歳の女の子には見えなかったし、人の面影を残すと言っても獣の要素の方が多いようにも見えた。エミリーがセシルにがばっと覆い被さり、セシルは背中から後ろに倒れるけれど声を上げて笑っている。噛み付いたり傷つけたりといったことはないようで、私はホッと息をついた。


「エミリーは呪われてしまった。でも、解けない呪いじゃないわ。オリビアが集めてきてくれたものがあれば、大丈夫」


「……何故、貴女が?」


 黙っていたロディが口を開く。アマンダはロディへ静かに視線を移し、続きを促した。


「占い師の筈では?」


 オリビアから既に呪術師が来ていると聞いていたから、きっとアマンダがその呪術師なんだろうことは私にだって分かる。でもロディはその先を尋ねた。呪術師だと言わせ、何故此処にいるのかも言わせようとしているんだろうと私は思う。


「アタシ、呪術師でもあるの」


 アマンダはあっさりと認め、にっこりと笑う。


「占いもしているのは本当よ。占うことも、呪いを扱うこともできるわ。アタシね、今、欲しいものがあるの。この村に来て人助けをすればそれについての情報が得られるって占いに出たのよ」


 だから来てるの、とアマンダは笑んだまま言った。そう、とロディも笑う。綺麗な人同士が穏やかに微笑んでいるのに、背筋に(うすら)寒いものが走った気がして私は微かに体を震わせた。


「ボクらはロゴリでオリビアと知り合ってね。女性のひとり旅は何かと危険だ。村まで同行することにしたんだ。少しばかり、ボクも呪術をかじっていたものでね」


 そうでしょうね、とアマンダは返す。アナタからはそんな匂いがするものと。


「けれど月雫の草の朝露と時知らぬ無垢な血を集めきっていないんだ」


 ロディは穏やかに微笑みながら言う。鶏卵は村の人に頼めるだろうけど、とロディは長い銀のような金糸の睫毛を伏せてからアマンダへ目を向けた。


「なら、月雫の草を皆で探しましょう」


 この辺りは木々が多いから、とアマンダはにっこりと笑ったまま返した。



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