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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

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3 解呪に必要な道具ですが


「獣脂の蝋燭(ろうそく)(ほたる)()の樹液、朝焼けで焼いた灰、聖典(せいてん)、聖水……おっとこれは琥珀(こはく)(むし)(はね)ですか」


 明日にはウルスリーの村に着くだろう場所で野営の準備をしながら、明るいうちにとロディがオリビアの持っている道具を検分している。私はラスと一緒に集めた木の枝を山にして火打石を打ちながら、ロディの手元をちらちらと覗いていた。オリビアは縮こまるように肩を丸めて、不安そうにロディを見つめている。


「中々に高価な筈だ。これを持ってくるようにと?」


 沈み行く夕陽に透かすように持ち上げながらロディはオリビアに尋ねた。オリビアはええと肯定する。高かったことも一緒に頷いている。私はロディの摘んだ指先に橙に透けて輝く虫の翅のようなものを見た。


「後は月雫の草の朝露と」


「……時知らぬ無垢な血を集めるようにとも」


 オリビアがロディの言葉の後を続けた。血、と聞いて私はぞっとしたけれど、ロディはなんだと拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「鶏の卵で良いですよ。時を知らぬ、生まれ落ちたばかりの、産まれ破る前の卵。大抵は鶏卵を指しますから」


 火を起こした私はそれを聞いてほっとする。血を集めるだなんて何か悪事に手を染めないといけないのではと思ったけれど、オリビアも同じだったのかあからさまに表情を和らげた。


「呪術師はそんなことも教えてはくれなかった?」


 ロディは考え込むように目を伏せたけれど、言ってしまっては影響が出るのか、とひとりで納得した様子だった。


「それらは解呪にはよく用いられます。どれも初歩の教科書に載っているような道具だ。凄腕の呪術師なのか、あまり複雑じゃない呪いなのか……」


 ロディはオリビアを労わるように見つめた。


「それでも女性ひとりで集めるには苦労したでしょう。特に琥珀虫の翅は大きな街でなければほとんど扱う者がいない。その分とても値も張る。頑張りましたね」


 一瞬、オリビアが泣きそうに息を呑んだような気がした。でもすぐに目を伏せていいえと(かぶり)を振る。娘はまだ助かっていないからと。


「娘は体が弱くて……時間がかかればそれだけ負担をかけてしまうことにも……」


 彼女の内心の焦りが見えるようだった。気ばかり急いて、きっと彼女はこうしてやつれてしまったのだろうと私は思う。ひと時も心休まらず、不安で一杯な中でひとり奮闘してきた。それでも、と私は思わず言い募っていた。


「それでも、オリビアさんが頑張ってきたことは事実です。ひとりでこんなに沢山集めて、凄いと思います!」


 オリビアは驚いたように目をぱちくりとさせたけど、今度はくしゃりと顔を歪めた。私は慌ててオリビアに駆け寄る。


「ご、ごめんなさい、何か気に障るようなことを……?」


 私がおろおろと謝罪の言葉を探している間に、オリビアはいいえとまた首を振った。目元が濡れていて、私は本当に? と伺うようにオリビアを見上げる。本当に、とオリビアが微笑んだ。疲れた微笑だけれど、とても美しく。


「娘も貴女と同じ歳の頃なの。そう言ってもらえると、娘にもそう言ってもらえたらなんて思ってしまって」


「絶対に言いますよ! お母さんがこんなに頑張ってくれてるんですから!」


 私の言葉にまたオリビアは息を詰まらせて、代わりのように目からは透明な雫が溢れた。きっと月雫の草の朝露だってこんなに綺麗な雫にはならない。誰かを想う、温かい涙だった。


「……確かに、娘さんは苦しい思いをしているかもしれない。今も呪いから解放されることを望んでいるんだろうけど、でもそれが、自分の努力を認めない理由にはならないよ」


 ラスがそう言葉をかけて、さぁ、と火にかけた鍋の中身をかき混ぜて笑った。


「温かいものでも食べて、ほぐそうか。あんたに必要なのは、休息だよ」


 私とロディとでオリビアを支えながら火の傍に寄った。木の実を入れたスープを四人で食べて、私たちはオリビアの娘さんの話を聞く。娘のエミリーは生まれた時から体が弱くて、熱を出して寝込むことが多かった。外で元気に走り回ったことは一度もない。けれど笑顔を絶やさなくて、編み物が得意な、私と同じ十八歳の女の子。体が弱いからか縁談も纏まらないけど、それでも良いとオリビアは思っている。夫とも家族三人で過ごそうと話していたと。


 けれど、二か月前の新月の夜、エミリーは突然苦しみだした。今までとは全然違う苦しみようで、喉が引き千切れるような絶叫の後、その呪いは姿を現した。


「最初に変化があったのは目でした。夫と同じ緑の目だったのに、金色に輝いて、瞳孔は細く、怯えているようでした」


 最初に聞いていた呪いの内容を再度耳にして、私は知らず眉根を寄せていた。何度聞いても驚いてしまう。


「次第に外見も変化していきました。体毛が伸びて皮膚を覆い、背は曲がり、手足からは鋭い爪が見えて……まるで、まるで……」


 オリビアはその言葉を口にすることに怯えを見せていた。言わなくて良い、とロディが優しく止める。ラスが温かいスープを掬う。オリビアはスープと一緒に言葉を飲み込んだ。私は目を伏せる。私は聞いたことがなかった。


 人間が、獣に変化してしまう呪いだなんて。



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