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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
3章 月下の牙

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2 呪いについてですが


ガタゴトと揺れながら、私は馬車に体を預けて幌の中から先を見つめる。ラスの赤毛が一緒に揺れるのを見て、膝の上でコトがうーんと伸びをする感触を覚えながら私は息を吐いた。


「気が重いかい、ライラ」


 そんな私の様子を見てロディが声をかける。ううん、と首を振って私は馬車の奥で眠るオリビアを一瞬チラリと目を向けて確かめてからロディを見上げた。


「怖い、んだと思うの。私が見た呪いは、ラフカ村の靄のようなものだったから」


 そうか、とロディは微笑んだ。否定もせず、そうだねと肯定もせず、何かを辿るように視線を遠くへ向けてからまたロディは私を見る。


「その感覚は持っていて当たり前だ。呪いは恐ろしいものだからね」


 そうだな、とロディは言葉を続けた。


「少し教えておこうか。呪いがどんなもので、どんな解呪の方法があるか」


 私は頷いた。知らないことで恐怖が増すなら知ってさえしまえば恐怖は鳴りを潜めるはずだから。


「といっても、ボクも呪術は少し齧った程度だから、本格的なところは全然知らないんだけど」


 たはは、と苦笑してロディは頭をポリポリと掻いた。ううん、と首を振って私が話してもらうのを待っていると、ロディは咳払いをひとつして口を開いた。


「ラフカで見たのは“死の間際の呪い”だったね。呪いというのは、基本的には誰でも、何でもかけることができるものなんだ」


 え、と私は驚いて目を丸くした。うんうんとロディは頷く。


「ボクも最初は驚いた。特別な人にしかかけられないと思っていたからね」


 私も頷く。私もロディと同じように思っていたからだ。でもね、とロディは私に言う。目を細めて、少し翳りを落として。


「ラフカ村で言ったはずだね。『呪いは想いの力だ』って」


 私は思い出して口を噤んだ。確かにそう言っていた気がする。想いは時に法則を無視することがあると。だからラスの剣には手応えがないように見えた。それも思い出して私は不安になっている。


「多かれ少なかれ、想いを持つのが生き物だ。生きている限り眼前に迫った死は恐ろしいし、死をもたらすものを憎みもする。それがたとえ魔物でも、同じことなんだろうね。

 死の間際というのは、最も呪いが生まれやすい瞬間なんだ」


 自分の命ひとつを使ってかける、死の間際の呪い。自分に死をもたらすものへ贈る、憎悪の想い。それはどれほどのドロドロと重たい感情だろうか。想像して私は胸が痛んだ。


「だから死の間際の呪いは、最も簡単にかけることができて、最も解呪が難しいと言われている。けれど、自分の命でかけるから誰でも呪いがかけられる、というわけではないんだよ」


 私はまた目を丸くした。ロディはまたうんうんと頷く。


「そう思うよね。此処でまた最初に立ち返るんだけど、呪いは想いの力だ。想いは生物のほとんどが持っている。大小の差はあれど、人は誰でも呪いをかけているものなんだ。時には、自分自身にさえね」


 ロディの言葉に、思わず私はオリビアを向いた。馬車の奥でロディのかけた魔法で静かに寝息を立てるオリビアは、それでも疲労の色が濃い。不安を隠せない私の視界を、ロディの大きな手が遮った。その手にまたロディの方を向かされて、私はされるがまま再びロディを向いた。


「呪いと一口に言っても、示すものは様々だよ。それが本人にとって前向きに捉えられるものならば呪いではなく、祝福になるんだろう」


 今回はそれが呪いかどうかも確かめないとならないね、とロディは微笑んで言う。


「けれど、その呪いを強固にしたりもっと強い呪いにしてかけることができる者もいるんだ。それが呪術師だよ。彼らは頼まれて呪いをかけることもあるし、それを解呪することもある。お金次第、というところもあるから、できることならライラには関わって欲しくないね」


 心配そうに目を向けられて、私はどんな表情をすれば良いか分からなかった。ロディの心配はくすぐったさがあるような気がして私はどうして良いやら分からなくなってしまう。だから少し微笑んで、分かったと頷いておいた。


「呪術師なんて、普段は表舞台に出ないもんさ。注目を集める呪術師なんて格好の的じゃないのかい。あんたにできるのは、あたしらの側を離れないってこと」


 じっと話を聞いていたラスが少しだけこちらに顔を向けて言う。あはは、とロディは笑ってそうだねと肯定した。


「ラスの言う通りだ。良いね、ライラ。キミをひとりにすると何処に行くか分かったものじゃないからね。ボクらの側から離れないようにするんだよ」


 はーい、と私は応えて笑った。意識的に笑えば気持ちが軽くなった気がした。


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