23 病魔の通り道に挑む薬師ですが
「ライラ!」
「きゃぁっ」
湯を借りていた私のところにラスが乗り込んできたのは村に戻ってあまり時間が経っていない、まだ早朝と呼んで差支えない時間帯だった。真っ赤な髪を汗で額に張り付かせ息を上げながら駆け込んできたラスは、私の姿を見るなり大きな息を吐いた。
「良かった……ちゃんと生きてるね」
私の生存確認をした後、ラスはくるりと振り向いて去っていく。私は慌てて手早く体を洗うと洗い場を出た。濡れた髪のまま服だけ身に着けてお湯を貸してくれた家人にお礼を言ってぱたぱたと出て行った私は、村の人に話を聞いているラスとロディの姿を見つけて目を丸くした。幻覚じゃなかった。
「ラス、ロディ!」
声をかけた私を振り向いてラスとロディは一瞬安堵したような表情を浮かべた後に目を吊り上げた。その豹変ぶりに私は思わず小さい子みたいに首を竦める。
「ボクらが! 帰ってきて! どれだけ驚いたと! 思ってるか! 分かるね!」
ロディが言葉をはっきり区切るように、そして区切った言葉ごとに一歩一歩、私に近づいてくる。たった五歩で私の目の前に到着すると、腰に手を当てて背の高いロディは少し屈んで私を叱りつけた。
「置き手紙を見てどれだけ驚いたか! 慌ててロゴリ村への道のりを尋ねたよ。馬で駆けて一晩、気が気じゃなかった」
私は首を竦めたまま、小さな声でごめんなさいと謝る。ゆっくりと歩いてきたラスがロディを下がらせると、私と目線を合わせて真っ直ぐに私の目を覗き込んだ。
「あたしら、止めたよね。宿に帰ったらあんたの姿がなくて、あたしらが心配しないと思った? 身内だって言ったじゃないか。そのうち戻ってくるさなんて言って、のんびり待っていられない。まして、流行り病が蔓延る村だと聞いていたなら尚更ね」
ごめんなさい、と再度私は謝った。ぽたぽたと髪から滴る雫に紛れて、頬が濡れている気がした。ラスが私の頭をよしよしと撫でる。私は急なことに驚いて目を白黒させた。
「反省したなら良し。ロディも、良いね」
ラスは振り返ってロディに確認する。ロディは唇を尖らせながらも、仕方ないなと苦笑いした。
「ライラはお転婆だってことが分かったから、今度からはひとりにしないようにするよ」
私は首がなくなるんじゃないかと思うほど竦めた。後ろから、はいはいはい~と声をかけながらアメリアが私の濡れた髪を乾いた布で覆った。
「こんな寒いところで濡れた髪のままでいたら風邪を引いちゃいますよ~! ライラさんには沢山沢山お世話になりました~! そのお話、どうぞうちで温かいお茶でも飲みながら聞きませんか~! それにライラさん、あの女性、目を覚ましたんですよ~!」
私はハッとしてアメリアを振り返った。アメリアはにこにことして私たちの是の答えを待っている。アメリアの笑顔に私たちは頷き、お茶を御馳走になることにしたのだった。
アメリアがお茶の準備をしてくれている間、私は髪の毛を乾かした。ロディが風の魔法で手伝ってくれて、何だか楽をした気分だ。髪飾りを付けてお礼を言う私に、ロディは首を傾げた。
「使ったのかい、それ」
ロディが指差したのが髪飾りの花だったから、私はそうなのと頷いた。何度か助けてもらう度に魔力を放ったせいか萎れてしまうけど、都度誰かが魔力を込めてくれるから咲き誇ったままだ。
「分かるの?」
魔力のない私には見た目の変化でしか使われたかどうかは分からない。けれど、魔力のある人ならそうじゃないのかもしれないと思って尋ねれば、ロディは目を細めた。
「込められているのがパロッコの魔力じゃないからね。知らない魔力だ」
へぇ、と感心した私はアメリアのお茶の準備ができたと聞いてロディと連れ立って向かった。女性は目を覚ましたという話だったけど、アメリアが私たちを呼びに出ている間にまた眠ってしまったようで、経過観察のためにとアメリアの頼みで仕事部屋でお茶をした。香りの良い、アメリア厳選の茶葉は橙に色をつけてお湯の中で開く。一口飲めば清涼感が鼻を抜けた。
「美味しい」
私たちの口からそれぞれ同じ感想が漏れた。アメリアはにこにこしている。アメリアのお母さんが持って来てくれたお茶菓子を朝食に、私はアメリアに補足を入れてもらいながらこの数日の間にあったことをラスとロディに話した。アメリアはリアムがもう旅に出てしまったことを残念がっていた。
「魔物討伐のお礼もまだ十分には言ってなかったんですよ~。でも、そのおかげで湧水の毒はなくなりました~! 流行り病もこれで治ります~!」
「そうなの?」
思わず腰を浮かした私に、ロディが口を挟んだ。
「ライラ、多分キミの思ってる流行り病とは本質的に違うものだよ。局所的にこの村の中でだけ流行った、毒花による中毒症状だろうね。魔物が倒され、毒花が刈り取られるなら病は治まる」
少しの落胆はある。それでも病が治るという希望に私は顔が緩むのを止められなかった。苦しい思いをしないで済むようになるなら、それが一番だと思うから。
「病魔の通り道と言われる村でも、絶対に立ち上がってみせますから~!」
「うん、そうね。この村には薬師のアメリアがいるもの、大丈夫よ」
私がそう返すとアメリアはえへへと頬を染めて笑った。病気と薬師は切っても切り離せない。人が病を患わないなら、薬は不要だ。けれど患わない人はいない。そんな時にお日様のように笑う薬師がいてくれたら、それだけで心強い筈だ。これからもどうか、そんな薬師でいてくれればと私は願う。
「あの……すみません、お話を途中から伺っていたのですが」
声がして私たちは一斉に声の主へ顔を向けた。寝台の上で首をこちらに向けながら横になっている女性は、少し怯えた様子だったが意を決したように口を開いた。
「私の娘の呪いを、解いてもらえませんか」
私たちは、今度はお互いの顔を見合わせたのだった。




