22 村からの謝罪ですが
「はわわわ~! ライラさん~! ご無事でしたか~!」
アメリアの声がして私は木立の中に彼女の姿を探した。明るくなってきて松明の灯も見えづらい。さくさくと土や葉を踏みながらアメリアの栗色の髪が揺れるのを認めて私はほっとした。その緑の綺麗な目がいつもよりキラキラ輝いているのは、彼女が泣いたからなのだろう。
「お怪我はないですか~!」
私に駆け寄り膝をついたアメリアがリアムと同じように私が怪我をしていないかどうかをテキパキと調べる。顔は不安そうだが手つきはしっかりしていて、私は彼女の経験に裏打ちされた手際の良さに目を丸くした。
「大丈夫、大丈夫よ、アメリア。リアムが助けに来てくれたの。貴女がお願いしてくれたんですってね」
私が声をかければアメリアは私の顔を見てからリアムへ視線を向けた。そしてリアムの外見に何も変化がないことを見て取って、傍目にも分かるほど大きな安堵の息を吐いた。
「やっぱり、神様じゃなかったんですね~」
「知ってたの?」
リアムと同じ意見らしいと知った私は驚いて尋ねた。アメリアは困ったように笑った。
「見たことはなかったんですけど、祖父から聞いていたんです~。ロゴリの森にはそれはそれは大きな体で、全身毛むくじゃらで、鋭い爪と牙を持つ神様がいるって。でもいつからか湧水の神様が現れて、傷ひとつつけられないから村は従うしかないし神様も見切りをつけたのかいなくなってしまったんだって」
でも、とアメリアはリアムが様子を見ている獣を優しく見て微笑んだ。
「神様はちゃんといてくれたんですね~」
リアムがアメリアに気付いて、おい、と声をかけた。こっちも診てくれと言われてアメリアは立ち上がると獣の傍へ駆け寄った。
「……ライラさん」
私は声をかけられてアメリアの駆けて行った方から首を巡らせて振り向いた。村長代理のルーカスが申し訳なさそうな表情を浮かべながら私を見ている。ルーカスは私と視線が合うや否や、謝罪と共に頭を勢いよく下げた。
「騙すようなことをして申し訳ありませんでした! ご無事で良かった……!」
私は何と返したものかと考えあぐねていた。騙すような結果になってしまったのは本当だし、危うく死にかけた。それを許すことはできそうになかったし、けれど神様に成り代わった魔物相手になす術のなかった村の人を責めることもできなかった。
「アメリアに叱られて我々の目も覚めました。村のためにとひとり奮闘し尽力してくれたあの子には物事が見えていたのに、我々には見えていなかった。危険な目に遭わせてしまい申し訳なかった」
いいえ、と私は結局首を振った。村も大変だったことは話の端々から想像できる。どのくらいの頻度かは分からないけど、村の娘を差し出さなければならなかったつらさもこの村の人たちにはあるだろう。きっと魔が差しただけなのだ。それにアメリアが怒ってくれたと言うなら、それが一番この村の人には効いただろう。
「こうして生きてるし、もう過ぎてしまったことだからあまり気に病まないでくださいね。でも、もうこうしたことがないようにとは願っていますよ」
ルーカスが神妙に頭を下げた。私はそれでロゴリの村を許すことにし、やっと立ち上がった。服も髪もドロドロで、きっと顔もドロドロなんだろうと思う。此処へ来る前に湯を貸してくれた家の人がまた湯を貸してくれると言うので私はそれに甘えることにし、アメリアは獣の傷を見て薬草の汁で洗浄し軟膏を塗り――獣は呻いたけれどリアムが何か言うと渋々ながらも大人しくしていた――手当を施すと、獣に一度だけ頭を下げた。その後に私の入る湯に入れるべき薬草の名前をあれこれ挙げながら村の人たちと一緒に森を去っていく。
私は獣を振り返った。獣は軟膏を塗ったところを気にしながらも動ける様子で、リアムに何かを訴えているようにも見えた。リアムは首を振り、私が見ていることに気付くと何だと声をかけた。
「私もお礼を言いたいのだけど、聞いてくれるかしら」
リアムは一歩下がった。私のために空けてくれたことにお礼を言い、獣を真正面から見つめた。獣の目は手負いながらも穏やかで、それはリアムのおかげなんだろうと私は思う。自分より遥かに強力な存在への畏怖は確かにあるけれど、それは決して恐怖ではなかった。
「助けてくれてありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、私あの時きっと踏み潰されていたわ。本当にありがとう。それから、どうか、ロゴリの村のこと、見守ってください。お願いします」
お礼だけじゃなくてお願いごともするなんて厚かましいけど、それをきくかどうかはこの獣が選ぶことだ。魔物使いの適性は“それなり”な私の言葉が、獣に届くかどうかは分からない。けれど私も敬意を込めてアメリアのように頭を下げた。獣相手に視線を外し、無防備に後頭部を曝け出すなんて絶対にしてはいけない。でも感謝を伝える方法を私は他に知らない。獣相手に同じ作法が通用するか分からないけど、自己満足だったとしても、私はお礼が言いたかった。
「……あんたに感謝してるんだそうだ」
リアムが代弁してくれている。私は顔を上げて獣に頷いた。獣はリアムを見て私を見て、得心はいっていなさそうだけどリアムの言うことならと受け入れてくれたようだ。リアムが少し微笑んで、頼んだと伝えてくれた。
獣はゆっくりと方向を変えると木立の奥に向かって歩き出し、消えてしまった。私たちはそれを見送り、私は村へ戻ろうと体の向きを変える。けれどリアムはそのまま別の方へ歩き出した。
「リアム?」
私は驚いて声をかける。リアムは私を振り向くと、すぐに違う場所へ視線を遠く投げかけた。まるでリアムにしか聞こえない何かに耳を澄ませているようだ。私はリアムが時々気づいたら違う場所にいた、と言っていたことを思い出す。きっと彼はこうやって何かに導かれるようにふらふらと彷徨い歩いてしまうのだろう。
「リアム、其処は貴方の行きたい場所?」
約束通り私は声をかける。リアムは一瞬、呆けたように私を見て、それから頷いた。
「あぁ、行かなきゃならない場所な気がする」
うん、と私は頷いた。
「行ってらっしゃい。また会えたら、私の歌を聴いて下さいね」
リアムはまたきょとんとした表情を浮かべ、その後に少し笑った。穏やかに風が木立の間を吹き抜けていく。その風に逆らうようにしてコトが頭上の木の葉を揺らして私の元へジャンプしてきた。
「きゃあ、コト!」
私が驚いて声をあげるのとコトがめぇーと鳴くのはほとんど同時だった。リアムが私に近づいて手を差し出す。私の髪に触れて、そしてリアムは背を向けて歩き出した。私はリアムが触れたところに手を伸ばしてハッとする。取り外した髪飾りは瑞々しく咲き誇っていて、私はリアムが魔力を注いでくれたのだと気付いたけれどお礼を言うにはもう遅く、彼の姿は見えなくなっていた。
「ライラさん~? どうかしたんですか~?」
アメリアが様子を見に来てくれて、私は何でもないと返しながらロゴリの村へ戻ったのだった。




