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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
2章 病魔の通り道
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21 神殺しですが


 暗闇の中で一閃、月灯りに煌めいた。私が瞠目するのと神様が素早く反応して身を翻すまでの間に大きな差はない。数本の(たてがみ)が散るのが見えた気がした。


 獣が唸りながら荒い息を吐く音が響く中、水分を含んで柔らかい土を踏みながら現れたのはリアム本人だ。宵が訪れる空と同じ藍色の目は鋭く神様を睨み、私はその目にヤギニカの街で見たのと同じ血の色を見たような気がした。手は黒い刃の剣を握り、切っ先は神様を狙ったまま構えられている。


 神様は機嫌が悪そうに歯を剥き、リアムを睨みつけた。憎悪に燃える目が自分に向けられてもリアムは平然としたまま表情を変えない。私はあの目を見ただけで震えてしまうのに、リアムは平気なのだろうか。


「……お前」


 神様が口を開く。けれどリアムは先に言葉を紡いだ。


「ロゴリの村の総意だ。あんたを斬る」


 私は、え、と小さく声をあげた。神様も驚いた様子だった。ロゴリの村の人が私を此処へ寄越したのに、リアムに神様を斬って欲しいと頼んだのだろうか。


「神殺しの依頼を受けた。断る理由もない」


 リアムの淡々とした言葉に神様は嘲るように笑う。けれど首の位置が上がった。私はそれが不安の表れであるように感じた。神様といえど、馬の姿をするならきっと周りを警戒すれば視線を高くしたくなるだろう。神様を討ちに来たのがリアムだけとは限らなければ尚更に。


「お前に神殺しができると言うのか」


「できるな――あんたは神様などという存在ではない。ただの、少しばかり傷をつけにくいだけの魔物だ」


 神様がたじろいだ、ように見えた。神殺しがどんなものか私は知らないけれど、きっと大変なことなんだろうと思う。それを引き受けたことも、神様じゃないと言い放つことも、何でもないことのようにリアムは言うから私は神様を初めて疑って見た。神様と名乗る魔物だと、リアムは言う。


「なん――」


 神様が何かを言い終わるよりも先に、黒い光の弧が空中に浮かび上がるのが見えた。リアムが剣を振ったのだと、神様の首が胴から離れたのだと私が気付くまでに随分と長い時間を要した気がした。噴き上がる血潮や音は、沢に紛れてしまって分からない。どう、と重たい音をさせて神様の体が地面に倒れる音がして、私はようやく我に返った。


「……怪我はないようだな」


 気づけばリアムは目の前にいて私が見えるところに怪我を負っていないか確認していた。擦りむいた傷やひっかき傷ならあちこちにあると思うけれど、噛まれたり蹴られたりはしなかったから今すぐに治療が必要な怪我は確かにない。私はリアムを見た。けれどその目に血色の光は見えず、私は無意識にホッと胸を撫で下ろしている自分に気付いた。


「神様は死んでしまったの?」


 あまりの呆気なさに実感がわかず、私はそう尋ねる。そうだ、とリアムは何事もなかったかのように返した。


「どうして魔物だって」


 神様は神様だった。凄い力で、小さな足掻きが精一杯で、人なんて簡単に屈してしまいそうだった。魔物だなんて考えもしなかった。


「本当に神なら、今頃オレは呪われてる。馬面にでもなっていたかもな。でも別に何ともない。なら、矢張り魔物だったんだろう」


 私が言葉を失っている間にリアムは続けた。私が二晩も帰ってこないと流石に(いぶか)ったアメリアが村の人を問い詰めたことを、私が神様のところへ差し出されたことを、アメリアが怒り、無理を承知で神様討伐の依頼をアメリアがリアムにしたことを、リアムがそれを呑み、村の総意として神様討伐を認めさせたことを。


「どうしてそんな」


 私がやっとそれだけの言葉を絞り出したのと同時に、空が白み始めた。ゆっくりと見える範囲が広がっていく。リアムの藍が認められるくらい明るくなって、私はリアムに何も変化がないことを確認した。


「神殺しって、何なの。神様を殺してしまうとどうなるの」


「神殺しは大罪だ。神を殺したと一目で分かるよう外見に変化があるらしい。殺した神の特徴がな。だがあいつは単なる水棲馬の魔物だ。人の言葉を解し、人に化けることのできる、ただの魔物だ」


「どうしてそんなことを簡単に引き受けたの」


 私は内心怒っていた。そんなことがリアムの身に起こると知りながら頼んだアメリアや村の人にも、リアムにも。リアムは私の目を見たまま真っ直ぐに答えた。そうしないと、あんたが死んでいただろうと。


 私が息を呑むのに気づいたのかそうでないのか、それに、とリアムは視線を転じた。獣が苦しそうに呼吸を繋いでいる。神様、もとい魔物に蹴られた傷は深手なのではないか。


「あの薬師の娘はここらの“神”がどんなやつなのか、知っている風だった」


 おーい、という声が森の奥から聞こえてきた。松明の灯りなのか、赤い火がいくつか揺らめいているのも遠くに見える。村の人がやってきたのだろうか。私はハッとして声をあげた。


「こっちですー!」


 声がしたぞ、と呼びかける声が聞こえて私は言葉を続けようとした。リアムが獣の傍へ近づこうとするのを見て、呼び止める。


「あの、ごめんなさい。でも、絶体絶命だったから助かりました。ありがとうございました」


 頭を下げる私にリアムは何も言わなかった。私が顔を上げると眉根を寄せていて怖い表情を浮かべていたけど、困惑している様子だった。


「勝算があるから臨んだ。別に礼や謝罪を言われる道理はない」


 一瞬ぽかんとしてしまったけれど、私はううんと頭を振った。言われるべきことなの、と続けながら。


「ロゴリの村の人もきっと同じことを言うわ。アメリアも。絶対」


 リアムは何も返さなかった。再び困惑気味に眉間の皺を深くしたけれど、訊いても無駄だと思ったのか私から視線を外す。私も松明の灯りに向かって手を振った。




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