11 ロゴリの村に到着したのですが
ロゴリの村は傍目には今のビレ村と遜色ないように見えた。笑顔の人、畑仕事の道具片手に立ち話に興じる人、お店の軒先で商売に励む人、様々だけど流行り病に沈んだあの頃のビレ村のような暗さはない。思っていた様子と違って、私は驚きから一瞬立ちすくんでしまった。笑顔の人が多いのは良いことの筈なのに。
「アメリアじゃないか、おかえり」
「おかえり、アメリア」
アメリアの帰還はすぐに村中に知れ渡ったようだ。向けられる笑顔に彼女が村で慕われていることが窺える。眠る女性を連れていることに気付いても村の人たちは特段変わらない様子だった。
「なるべく早く薬を作るから待ってて下さいね~。とりあえずこの方を急いで診ないといけないので~」
アメリアは先導して村を突っ切っていく。道すがら声をかけられ、おかえりと歓迎される。後ろについて行っている私とリアムにも村の人は笑顔を向けてくれた。
「此処です~」
アメリアは村の中心部から少し離れたところに建つ一軒家の扉を開けた。石造りの家で、扉はアメリアの瞳と同じ綺麗な緑色だ。アメリアは中に入ると戻りました~と声をかける。中からおかえりなさいと優しい声が返ってきた。
「あらあら大勢で。ようこそいらっしゃいました」
声の後に続いたのはアメリアの母親だろうか。アメリアと同じ栗色の髪の毛が揺れて、エプロンで手を拭きながら優しそうに笑う。
「お、お邪魔しますっ」
私は反射的に頭を下げた。あらあらと彼女はまた穏やかに笑う。とても流行り病が蔓延している村とは思えなかった。
「お母さん、診たい人がいるからまた後でね~」
「相変わらず忙しないわね」
苦笑する母親の横を通り過ぎてアメリアはリアムを手招きで呼び寄せる。アメリアが開けた扉の向こうにはベッドや薬棚が見えた。薬師としての仕事部屋なのだろう。私とリアムもその部屋へ急いだ。
リアムがベッドに女性を横たえる。優しい手つきというよりは、何処か迷うような、悩むような所作で私は意外に思った。おっかなびっくりと壊れ物を扱っているみたいだった。
アメリアは鞄の中身を引っくり返し、薬棚をいくつか開けては閉め、私たちがいることをまるで忘れたかのように薬の調合を始めてしまった。私は女性が落ち着いて寝息を立てている様子を見て、額に手を当ててみて熱がないことを確認するとむぅと腕組みをして考え込んだ。
流行り病が蔓延していると聞いてきたのにこの村の人は誰も暗い顔をしていない。心配そうな表情をするひとも、焦った表情を浮かべる人も、不安そうな人も、誰も。
本来ならそれは悪いことではない。笑顔で、穏やかで、怯えることなどない平和な村であるのは、誰もが望むことだろう。それなら何故、アメリアはヤギニカまで薬草を求めてやってきたのか。それに、湧き水の神様が毒水に変えてしまったということは、普段の生活にも困っているのではないのか。
私は様々な矛盾に首を傾げた。話がよく見えない。何かの話が真実ではないということになるのだろうか。そう考えれば辻褄は合うかもしれない。でもそれは、アメリアが嘘を吐いていることに繋がる気がして私は受け入れたくなかった。
「よし、ちょっと外に出て来るわ」
リアムとアメリアに私は伝えるつもりで口に出す。二人とも返事はしなかった。リアムだけちらりと私を見て、肯定するように目を伏せた。私にはそれで充分で、頷いて部屋から外へ直接繋がる扉を開けて一歩を踏み出した。
流行り病はどんな風に伝染るかも判っていない。ただ、人にしか伝染らないとビレ村に立ち寄って流行り病をもたらした行商人は話していた。本来ならロディが心配するように流行り病が蔓延している場所には訪れない方が良いのだろう。
けれどロゴリの村は誰もが幸福そうだ。誰か症状の出ている人はいないかと観察しても、村の誰も村人に症状が出ているかなど疑っていない様子だ。でも、アメリアは言っていた。『なるべく早く薬を作るから待ってて下さい』と。少なくとも罹患している人がいるのは事実なんだろうと思う。
先ほどは通り過ぎた街の中心部に進めば、活気のある声が聞こえた。パンや果物、織物や反物、日用品など商売に精を出している。流行り病が広がっていれば買い物を控えて人との接触を減らそうとするものだと私は思っていた。ビレ村がそうだっただけで、他のところではそうでもないのかもしれない。
「お嬢さん、アメリアと一緒にいた人でしょう? お嬢さんも薬師なの?」
話しかけられて私ははたと足を止めた。アメリアの母親と同じくらいの歳の頃だろうか、同じように優しそうな風貌をした女性だ。柔らかい笑顔に私も頬を緩めて会話に応じる。
「いえ、私は歌姫を目指して旅をしているんです」
答えれば女性は、まぁ、と驚いた様子だった。だがすぐにまた微笑んで話を続けた。
「歌姫だなんて、この村には久しく来ていないから嬉しいわ。何か歌って下さらないかしら。最近あまり良いことが続いていなくて、でも落ち込んでいても変わらないから皆笑顔で日常を維持しようとしているの」
そうだったのか、と私は身につまされる思いがした。私が沢山の時間をかけて辿り着いたことに、この村の人はとっくに気づいて実践していたのだ。
「はい、ぜひ!」
私は咳払いをひとつふたつして喉の調子を整えると、歌い始めた。




