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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
2章 病魔の通り道

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10 救命行動ですが


 アメリアの後姿を追いかけて私とリアムも道に倒れている人の傍に駆け寄った。アメリアは息を切らせながらも倒れている人に懸命に大声で呼びかけている。


「聞こえますか~! 意識はありますか~!」


 倒れていたのは中年の女性だった。顔面蒼白で、けれど苦しそうに顔を歪めている。意識を失ってはいなさそうだ。


 彼女は膝から頽れたように地面に突っ伏していて、足元には水筒が転がっている。中身が零れてしまって水筒の周りだけ地面の色が変わっていた。まだ乾いていないところを見ると零したばかりのようだ。


 アメリアは呼吸がしやすいようにと女性の服に手を伸ばし、襟元のボタンをいくつか開けた。顔を横向きにさせれば彼女は浅くても息ができるようだ。


 テキパキと手を動かしながらもアメリアは女性の様子から目を逸らさず、呼びかけ続けた。女性が呻く。がばっとアメリアは彼女の口元に耳を寄せて言葉を聞き取ろうとした。


「み……みず……」


「水……?」


 アメリアの言葉に私はハッとして水筒を拾い上げた。中身は零れているけれど、まだ中身は残っていた。


「アメリア、これ」


 私は水筒をアメリアへ手渡した。受け取ったアメリアは水筒に鼻を寄せ、くんくんと匂いを嗅いで綺麗な緑の目を見開いた。まさか、とアメリアは女性にまた大声で呼びかけた。


「ロゴリの湧き水を飲んだんですか~!?」


 女性が微かに頷いたのを見てアメリアは眉を顰めた。正確には泣きそうになるのを堪えている時の顔に私には見えた。ビレ村でジョージが泣くもんかと堪えている時に見せた表情とよく似ていたからだ。


「アメリア?」


 私の口を衝いて出た疑問に、アメリアはびくりとして目を伏せた。黙っていたリアムが隠すことでもないだろうと静かに言う。


「その水筒が瘴気を纏っていると分かる奴には分かる。『綺麗な湧き水が体に良いって評判』なんじゃなかったのか」


 つい先ほど聞いたばかりの話と食い違うことに私も気づいてアメリアとリアムを交互に見た。けれどアメリアは少し逡巡した後に、後で必ずお話しますとだけ言うと自分の荷物をごそごそと探った。いくつかの薬瓶を出してその中から少しずつ女性に飲ませる。最後にアメリア自身の水筒から水を飲ませると、女性は微睡んでやがて眠りに落ちていった。もう苦しそうな表情は浮かべていない。薬が効いたようだ。


「ふぅ……ひとまず木陰に運ぶのを手伝ってもらえますか~?」


 揺らさないようにしながら女性を木陰に運んで、私たちも腰を下ろした。アメリアは女性の様子を見ながら私たちにおずおずと話してくれた。


「ロゴリの村の湧き水は本当に美味しいし、体にも良いんです~。けど、先日……その、湧き水の神様に失礼があって……怒った神様が水を飲めないように毒水にしてしまったんです~……」


 私は驚いて目を丸くした。そんな、と呟いた私に、アメリアは小さく頷く。


「湧き水を持って行かないように村の人たちも言ってる筈なんですけど~……」


 アメリア自身も不安そうに村の方へ目を向けた。何らかの理由で村で旅人に忠告ができない状態に陥っていなければ良いがという声が聞こえてきそうだ。


「神様って、女神さまのこと?」


 私は尋ねた。司祭さまが毎日祈りを捧げた、私も毎日歌って祈りを捧げたあの女神さまのことをアメリアが言っているなら、悲しかった。ビレ村の流行り病も、ロゴリの村の流行り病も止めてくれはしないのに、水を毒水に変えてしまうだなんて。


 けれどアメリアは首を振って否定した。


「違いますよ~。ロゴリには女神さま以外に湧き水の神様がいるんです~。湧き水を守ってるって村の人は言ってますね~」


 湧き水の神様というのは随分ひどいことをするのだと私は思う。飲んだ人がこんな風に往来の真ん中で倒れるほど、あんなに苦しむようなものにしてしまうなんて。水は生活するのになくてはならないけど、神様にとっては人間がどうなろうと知ったことではないのかもしれない。


「何にしても、アメリアがいてくれて良かった。アメリアがいないとどうして良いか分からなかったもの」


 私が言うとアメリアはきょとんとして、それから照れ臭そうに笑った。でも早く村に帰らないととアメリアは言い、すっとリアムを見上げる。リアムもアメリアの動向に気付いて藍の視線を向けた。


「この方を連れてロゴリの村まで一緒に来てくれませんか~? ちゃんと経過を見たいので早く村に帰りたいんです~」


 それはもう確認に近い問いだった。私もリアムを見上げ、答えを待つ。リアムは息を吐くと静かに肯定した。


 私はホッと胸を撫で下ろし、よいせとばかりに立ち上がる。女性はリアムが抱えても目を覚まさず、穏やかに眠っていた。魔物に遭遇しませんようにと願いながら私たちはもう姿は見えているロゴリの村目指してまた歩き始めた。





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