9 微かな弱音ですが
翌朝、出発してもアメリアの様子は昨日と何も変わらなかった。リアムが魔物使いと知って驚いた表情は見せたし多少ぎくしゃくはしたものの、彼女の中で落としどころを見つけたのだろうと思う。
ロゴリの村がどんなところか、村の人はどんな人か、アメリアは楽しそうに話してくれる。薬師が人や病にどう付き合ってきたか、祖父から沢山学んだのだろう。話を聞いているだけでアメリアは薬師として村や病と真剣に向き合ってきたのだと思わせた。
「好きなのね」
私のもらした感想にあれもこれもとどんどん話してくれるアメリアはきょとんとして目を丸くした。綺麗な緑の目が私を見て疑問を投げかけている。
「村も、お仕事も」
私が続けた言葉にアメリアはにっこりと笑った。お日様の祝福を受けた植物みたいな真っ直ぐな笑顔。それからふっと寂しそうな影が差して私は思わず足を止めた。
「ロゴリでは沢山の薬草が採れるんです~。祖父や祖父の前の薬師が育てていたものもありますけど、村の周りでも薬草がなってて……昔からロゴリは“病魔の通り道”と呼ばれていますから~」
薬師の技術が発展するのも多彩な薬草が育つのも当然だとアメリアは言った。
「旅の人が多く立ち寄る村なんですよ~。これといって特産品があるわけでも観光資源があるわけでもありませんけど~。でも、綺麗な湧き水が体に良いって評判で、旅の人はお守りみたいに求めますし体を悪くしている人も縋るようにやってきます~」
でも、とアメリアは目を伏せた。綺麗な緑の目が翳るのを見て私は眉根を寄せる。
「……それだけ病魔も村に訪れることになる」
アメリアの続けられなかった言葉をリアムが継いだ。アメリアが困ったように笑って、でも否定はしなかった。
「病があるから、病にかかる人がいるから私は薬師として働けるんです~。人のためと思いながら、もしかして本当は“ただ薬師を続けたいから”あの村にいるのかなぁとか考えちゃったりもするんですよ~」
仕事は好きだが、苦しむ誰かがいてこそ成り立つものでもある。患者側は助けられたことによる感謝の念を強く抱くだろう。けれど当の薬師は安堵と共に罪悪感を抱くのかもしれない。病に生かされている、と。
「でも患者さんには関係のないことだから、この話はどうか聞かなかったことにしてくださいね~」
アメリアはまた笑った。患者ではない私たちだから言えたことなのだろうと思って私は頷く。ロゴリの村でアメリアが薬師以外のアメリアとして息つく時間はあるのだろうかと私は心配になった。モーブの時の心配と似ていて、胸が小さく痛んだ。
「もう少しで見えてくるはずです~。あれから魔物も出なくて良かったですね~」
アメリアの言葉通り、まだ少し遠い先にいくつか煙が上がっているのが見えた。そろそろお昼時だ、と思った私のお腹が控えめに鳴く。流行り病が広がっても生きている人のお腹は空く。両親を見送った後、食欲がなくてもお腹が空いたと自覚すれば生きていることを実感して私は耐えられずに沢山泣いた。もうあんな思いを誰にもさせたくない。アメリアの作る薬が、効きますように。
私はアメリアをちらりと盗み見た。先ほど見せた翳った表情は浮かべておらず、前を見て進んでいる。ヤギニカの街を出てすぐにあった寄り道は、彼女の不安が向けさせたものだったのかもしれない。薬を作る時の彼女はきっと不安だろう。いつもの風邪なら大したことがなくても、流行り病だ。特効薬もない。それでも効くものを作れないかと彼女は挑戦し続ける。薬師だからだ。
その姿勢に私自身の背筋も伸びるような気がした。私にできることはそう多くない。でも自分にできることはしたい。アメリアが頑張るなら、私はそれを支えたい。そう思ってついてきた旅だ。
「ヤギニカの街で他にも色々と買ったし、分けてもらった薬草で何とか薬を作れたら良いけど~」
アメリアが呟いた言葉が聞こえてきて私はそれに大丈夫と根拠のない太鼓判を押して返した。声に出てましたか~とアメリアが驚いて自分の口を両手で覆う。聞かれていたとは思わなかったのか動揺している様子だった。
「お手伝いできることは何でもするから、言って頂戴ね」
私の言葉にアメリアは頷いた。口を覆っていた両手を離した彼女の口元は綻んでいた。
「おい」
リアムが口を開いた。え、とリアムを見上げる私たちには目もくれず、リアムは遠くを見るように目を細める。
「倒れてるやつがいる」
え、と再び驚いて私たちもリアムの視線を追って遠くへ目を凝らした。一本道の少し向こうに確かに誰かが行き倒れている。大変と慌てる私の横からアメリアが次の瞬間には駆け出していた。
私とリアムは顔を見合わせ、アメリアを追って走り出した。




