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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
2章 病魔の通り道

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8 魔物使いについてですが


 陽が落ちる頃、野営する場所を決めて私たちは準備を始めた。リアムが起こしてくれた火の前でアメリアが薬湯に使う薬草を吟味している。私はコトのために何処かに木の実がなってないかキョロキョロと見回した。遠くを見るために首を伸ばしている途中で、ふと感じた視線を追えばリアムの藍と目が合った。


「……コトのための木の実を……」


 訊かれてもいないのに言い訳がましく理由を口にした私に、リアムは溜息とも取れる息を吐く。こちらへやってきて私の肩に乗るコトをじっと見た。


「自力でそれくらい探せるだろう」


 コトに言ったのか、けれどコトののんびりとしためぇーという鳴き声にリアムはまた息を吐いた。コトが私の頬をふさふさ尻尾でくすぐるものだから、私は耐え切れなくてくすくすと笑う。


「コトの言ってる内容が解るのかしら」


 私の言葉にリアムはコトから私へ藍色の視線を向けた。これから訪れる宵にも似たその目の藍を見ていると吸い込まれてしまいそうだ。羨ましい、と続けた私にリアムは僅かに表情を動かした。どんな感情が動いたかは判らなかったけれど。


「……覚えておくと良い。大抵の場合、魔物使いの適性がある者は疎まれる」


 え、と私は瞠目してリアムを再び見つめた。リアムは私から目を逸らしてしまった。


「対処する術を持たない人間にとって魔物は恐怖の対象そのものだ。そんな魔物と関わることを恐れない魔物使いも、同じく恐怖の対象になる」


 そいつも魔物だ、とリアムは続ける。


「動物の意志が何となく判るのと魔物の言葉が解るのとは意味が違う。大抵の人間は魔物の言葉など解らない。解る必要もない。魔物使いの中には魔物になることを選ぶ者もいると聞く。それは更に恐怖を煽ることになるだろうな」


 私はハッとした。モーブを襲ったあの魔物使いの少年はあんなに憎悪を剥き出しにしていた。ずっと、排除しようとしてくると。だから同じことを返してやるんだと。それはきっとリアムが言うような人があの少年を恐怖からひどい目に遭わせてしまったのだとやっと思い至った。


 同時に自分がどれだけ恵まれていたかも気付いてしまった。私にだって魔物使いの適性は“それなり”にでもある。村の人が知っていたかは判らないけど、勇者の適性があることも黙っていてくれた両親と司祭さまだ。きっと魔物使いの適性があることも黙っていてくれたんだろう。モーブ達にも適性があることは話したのに、誰ひとりとして掌を返しはしなかった。知らなかった可能性もあるけど、あのロディが知らないなんてことあるだろうか。やっぱり知っていて、それでも私を知ろうとして、魔物使いの適性がある私じゃなくて此処にいる私と接してくれたんだろうと思う。


 そしてリアムもきっと。記憶がいくらなくなってしまうことがあると言ったって、私にこうして教えてくれるということはそういうことがあると知っているからだ。聞いた話なだけなら良い。でも、魔物使いの適性があるだろう彼が、同じような憎悪を抱いたことがあったとしたら。


 私はリアムを見つめる。リアムも私をじっと見る。私の中で色んな考えや思いが去来していることを、私の目を通せば伝わるだろうか。私からはリアムの目の奥にどんな感情があるか判らないけれど、彼の藍の目なら私の全てを見透かしてしまいそうな気がした。


「……でも、私は」


 私は口を開く。リアムは動かなかった。


「私にも魔物使いの適性はあるからこの言葉には意味がないかもしれない。貴方は私を助けてくれたし、私の歌を聞きたいと言ってくれた人だわ。貴方のところにいたコトだって、こんなに可愛くて優しい。

 リアム、貴方が魔物使いでも貴方なことは変わらない。貴方のことまだよく知らないけど、私、貴方のこと信頼してるの」


 リアムの目が驚いたように見開かれた。正気か、と言ったのが聞こえた気がしたけど其処で私の正気を疑わないでほしい。私はいつだって正気なつもりだ。


「貴方が魔物使いだからってだけで何かひどいことを言う人がいるなら私、反論できるわ。リアムを知ろうとしない人に、知った風なこと言われたくないって、言う」


 別に私もよく知っているわけじゃないんだけど、と私は一応言い訳を続ける。馴れ馴れしいと思われたら嫌だった。


「アメリアが驚いてたのはそのせいだったんだって分かった。教えてくれてありがとう。アメリアが何か誤解しているようだったら、ちゃんと話し合いたい。彼女は聡明だもの、話せばきっと解ってくれる。だから諦めないでほしいの」


 何を、とリアムが問うた。空気を震わせた問いに私も同じく空気を震わせて返す。


「解ってもらうことを」


 優しい風が吹いた。私たちの髪や服を揺らして通り過ぎた風の後に、私はねっと笑いかける。リアムはまた息をついて俯いてしまった。何か気に障るようなことを言ったかと私が首を傾げていると、彼は自分の腰に下げていた道具袋を開けて中から木の実を取り出す。コトがリアムの取り出した木の実目がけて私の肩から跳び上がった。


「この木の実が好きらしい。低いところになる木の実だから、あんたでも取れるだろう」


 コトの好物を教えてくれたことを知って私は破顔し、喜んで木の実を齧るコトを二人で眺めた。少ししてアメリアが薬湯用の調合ができたと私たちを呼びに来てくれて、私たちも休むことにしたのだった。

リアムの起こした火を囲みながら、私たちは細やかな夕食を頂く。私が持ってきたパンを二人にも渡して、アメリアの薬湯を飲んで、明日にはロゴリの村に着くと良いと話した。


 アメリアの薬湯は爽やかな風味が鼻に抜けて美味しくて、けれど体はぽかぽかと温まって、野宿の夜でも風邪をひくことはなさそうだった。




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