5 適性ってよく知らないのですが
パーティメンバーが驚いたように一斉に私を見た。私も動揺してすぐに返事ができなかった。本当か、とロディがモーブに確認する。モーブは頷いた。
「間違ってないと思うんだけど、どうかな、ライラ。キミも勇者適性があるんじゃないか」
私は困ってしまった。
「皆さんは司祭さまのお話を聞いていたはずです。私は魔力もないし刃物の扱いもそんなに上手じゃない。歌ってばかりきた、ただの村娘です。でも、そうですね、正直に言えば勇者適性は“それなり”にはあります」
道理で、とロディが苦笑する。
「司祭さまがくれぐれもよろしくと言う筈だよ。あの司祭さま、何者だい? 歴戦の猛者だ……かつて名を馳せたのではないかい?」
興奮気味にロディが私に尋ねてくるけど私はわけが分からず狼狽するだけだった。司祭さまの名前なんて全然気にしたこともなかったから知らない。歴戦の猛者というのもしっくりこない……私は穏やかな司祭さましか知らない。
「えぇと、どうしてそんなに食いつかれるのか分からないんですけど……勇者適性があると言ってもそれなりだし、皆さんなら勇者さまは珍しいものでもないのでは?」
首を傾げる私に、みんなが顔を見合わせた。目で会話をしているようだけど、内容までは分からない。コホン、とひとつ咳払いをしてロディが口を開いた。
「ライラ、キミは“出生時診断”や“適性”については何所かで学んだかな?」
尋ねられて、私は少しだけ恥じ入った。ビレ村で学び舎と言ったら教会だけだったからだ。そして私は決して出来の良い生徒ではなかった。知ることは好きだった。けれど理解するまでに時間がかかった。司祭さまや両親がいつも根気強く教えてくれなかったら、どうなっていたか分からない。
「嫌だわ、あの村には学校なんてなかったの見たじゃありませんか。司祭さまが教えてくれましたけど、私の理解度に応じてだからどの程度のものを教えてくださったかは……私以外に歳の近い子どももいなかったし」
うつむいた私にロディが優しく息だけで笑う。
「構わないよ。キミが知ってることを、僕らに教えてくれるかい?」
優しい声に促されて、勇気をもらった私はおずおずと話した。人里で産まれた子どもはすべからく神官や司祭職に生まれ持った職業の“適性”を診断してもらうことが、少なくともこのモレア大陸では義務付けられている。神職は取り上げられたばかりの赤子を即座に診断し、人はその適性によって将来目指すべき道を示される。
「それぞれの上級職もあるので正確な適性の種類は分からないと言われているけど、冒険者向きと非冒険者向きに大きくは二分されると教わりました」
そうだね、とロディは優しい眼差しで頷く。私はその眼差しに父の面影を見つけた気がした。父も楽譜の読み方を教えてくれる時は、いつも優しい眼差しをして私を見てくれていた。
じわりと涙が滲みそうになるのを堪えて、私はロディの微笑から目をそらした。
「私の場合は、歌姫、賢者適性が天職と診断されています。一応、勇者、踊り子、魔物使いも適性“それなり”と診断されていますが、剣士、魔術師、吟遊詩人、精霊使い、神職、商人は適性なしと診断されました。刃物は包丁が精々、竈は火打石がないと火もつけられない。それなりのものもありますが、魔力がないので圧倒的に非冒険者向きの適性です」
一瞬、ロディが考え深げに目を細めたように見えたけど私がそれを再度認めるより早く、確かに、と彼は微苦笑した。
「では、それぞれの適性が、人口の全体に対してどの程度現れるかは学んだかな? 剣士なら何人程度が適正ありと出るのか、魔術師なら、商人なら」
続けられたロディの問いの答えは知らなくて、私はきょとんとして首を左右にふるふると振った。なるほど、とロディは納得したような声で言う。
「意地悪な言い方をしたけど、現段階では正確には分からないんだ。将来的には把握できるようになるかもしれないけどね。ただ、勇者適性だけは非常に少ないことが分かっている。毎年どのような診断をしたか神職がまとめているんだけどね、勇者適性が現れることは本当に少ないそうだよ。事実、僕らの中でもモーブしか勇者適性がある者はいない」
それはつまり、私はその少ない中のひとりということで。
「自分の希少性が理解できたかな? 魔物の中には勇者適性がなければ傷をつけられないものもいることが最近判明した。今はまだ召集されることはないだろうけど、魔王討伐が難航すれば非冒険者向きのキミでも勇者適性があると知られれば召集されるかもしれない――」
「脅嚇、ロディ」
ハルンが口を挟むとは思わなかったのか、ロディは目を丸くした。ごめんね、とロディは慌てて私に言う。
「そうならないように僕らがいるんだから、不安そうな顔しないでおくれ。だけど残念ながら嘘はひとつも言っていない。可能なら、勇者適性があることは黙っていた方が良いよ。問題はモーブみたいに言い当てちゃう人がいた場合だけど……」
ロディがモーブに視線を向ける。それにつられるようにして皆の視線もモーブに集まった。モーブは、お、と話す機会を得たことを知って相変わらず爽やかに笑った。
「そんな気がしたんだよな。仲間だ! って、絶対悪い奴じゃない! って直感したっていうか。それにこんなに綺麗な娘さんだし、何より歌声がとても良かった」
また真っ直ぐに褒められて、私はちょっぴり赤面した。嬉しいけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。
あぁー……、とロディが言いにくそうに言葉を選んだ。
「モーブは勇者の適性が“天職”級なんだ。そういう者は敏感に察知しやすいのかもしれないなぁ……なんせ適性ありが少ないから分かっていないことが多くてね。
だけど僕らそこそこ冒険歴がある。僕らならきっと魔王を倒せるさ」
私はロディの言葉で皆が自信ありげに微笑むのを見た。彼らの笑顔は私にとって、とても頼もしく感じられた。