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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
2章 病魔の通り道

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5 獣との一勝負ですが


 ぱん、と何かが破裂するような音が響いた。音より先に閃光が走って私は思わず目を強く瞑っていたから、何が破裂したかは判らない。


 ぎゃぁ、と呻く声がしてどさりと重たいものが落ちる音もした。恐る恐る目を開けて、私は目の前に黒い獣が蹲っているのを見てまた息を呑んだ。だが気づけば理性が悟るよりも本能でアメリアの腕を掴んで走り出していた。


 獣を大きく迂回して沿道へ転がるように私たちは飛び出した。商人でも大抵は護衛がつく。戦闘向きの“適性”を持っている人に出会える可能性もある。それに獣が森から出ない可能性だってある。そう期待して沿道へ向かった。けれど人っ子ひとり、歩いていない。


 まだ耳で心臓が鳴っている。バクバクと周りの音が聞こえないほどの音を立てているせいなのか、まだ助かったわけではないからなのか、私は不安で一杯だった。けれどアメリアがいなくては村の人は絶対に助からない。


 私は引き攣り青ざめた表情のアメリアを見て、咄嗟に背中で庇うように、森から隠すように彼女の前に出た。出てきた森は明るい陽射しに手前には木漏れ日をさしながら、奥は多くの魔物や獣を隠すためか暗さを強調している。あの黒い獣が出て来る気配はないかと私は瞬きも忘れて森を睨みつけた。


 大きな足に巨体をものともしない跳躍力。沿道を駆けたところで森から出てきたなら間違いなく追いつかれるし、私たちになす術はない。それなら此処で対峙する以外にないと私は思う。一度目の睨み合いは負けたけれど、二度目があるなら怯んではいけない。


 ガサ、と茂みを鳴らして黒い鼻先がぬっと現れた。私は浅くなる呼吸を意識して深くなるよう調整する。酸素不足は持久力の低下に繋がる。吐き出す息は震えるけれど、目はしっかりとその黒から逸らさなかった。


 鼻先が動いて顔が現れた。黒い毛皮に埋もれる目が、陽光できらりと光るのを私は見逃さなかった。低く唸る声が地響きのように地面を這って此処まで届いてくる。震えそうになる足を叱咤して私は立ち続けた。動けば頽れそうだった。


 黒い目とどのくらい睨み合っただろう。私をじっと見る目から感情は読み取れず、低く唸る声に歓迎されていないことだけを察する。私は内心の怯えを気取られないように、なるべく瞬きも減らしてその目を合わせ続けた。


 時間の感覚は判らない。けれど不意に黒い顔はガサガサと茂みの奥に戻って行った。慌てていたようにも見えたけれど、本当のところは判らない。戻ってこないことを祈りながら、でもすぐには気を抜けなくて私はそのままの体勢で居続けた。これが油断を誘うものであったなら、その手に乗ってはいけないからだ。


「……おい、あんた」


 急に声をかけられて私は目を白黒させた。獣が鼻先を突き出した茂みの傍から、黒い、夜が現れる。ヤギニカの街で随分と前に会ったような気がしていた。なのに何故、まだこんなところにいるのだろう。


「リアム……?」


 信じられなくて私は問いかけた。艶やかな黒髪の下から覗く宵が訪れる空と同じ藍の目は不機嫌そうに細められた。


「何て匂いをさせてるんだ。森の魔物達の気がたってる」


 私はハッとして首筋に手を当てた。アメリアが塗ってくれた魔物避けは魔物が嫌う匂いだ。獣も嫌う匂いだ。大抵は避けて通ってくれても、苛立たせて襲い掛かってくるものもいるのかもしれない。


「あ、あの、ごめんなさい。魔物避けで……」


 私が慌てて言うとリアムは眉根を寄せて益々不機嫌そうな表情を浮かべた。視線を逸らして足元に視線を向けた彼は、今度は足元に向かっておいと声をかけた。


「そんなことでオレのところに来るのはやめろ。報せるのは良いが、そうおいそれとは……」


 彼の足もと、外套の裏からコトがとととと走り出てリアムを見上げた。恨みがましそうに見えたのは私の気のせいだろうか。宿の人にコトの世話を頼んで出てきた筈だが、いつの間に街の外へ出たのだろう。


「魔物避けとやらは拭いた方が良いだろうな。一度や二度ならまだしも、何度か入っただろう。その匂い、この辺りでは覚えられているかもしれない。あまり魔物達を刺激してやるな」


 リアムは息をついて私に言った。私は頷いて小物入れから端切れ布を取り出して水筒の水をかけた。首筋や手首など、塗ってもらったところを拭く。コトが徐々に近づいて、最後には手を出せば飛び乗って肩まで登って来てくれた。


 振り返ってアメリアにリアムを紹介しようとしたが、アメリアはいつの間にか気を失っていたらしい。いつからそうなのか判らないけれど、私の後ろでばったりと倒れていて仰天する私にリアムがまた息をついた。


「失神しているだけだ。何ともない」


 彼は近づいて一瞥しただけだけど、確かに落ち着いて見れば胸は上下して呼吸している。私はほっとして地面に座り込むと、そのままアメリアの首筋や手首を拭った。


「それにしても、何故こんなところにいるんだ」


 尋ねられて、リアムこそ、と私は苦笑して返した。リアムは目を伏せてまた気づいたら此処にいたと口にした。また記憶が抜けているようだけど、私のことは覚えていてくれたんだろうと思う。コトを覚えているだけかもしれないけれど。


 アメリアと一緒にロゴリの村に行く途中だと伝えたら怪訝そうな顔をされた。


「護衛もなしで辿り着けるのか」


「うっ……で、でも、アメリアだってひとりでやってきたんだし、きっと大丈夫」


「獣と睨み合ってたくせにか」


「み、見てたの?」


 慌てる私にリアムが少し頬を緩めたように見えた。


「その村は遠いのか」


「三日くらいってアメリアは言ってたけど、多分寄り道しなければもっと近いところにあると思うわ」


 ふむ、とリアムは何か考えた様子で、続いて出た言葉に私はまたも仰天するのだった。


「オレも行こう」




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