1 薬師の少女に出会ったのですが
ヤギニカの街に着いて馬を返却し、ロディがソフィーのお店に報告へ行っている間、私はラスと薬草を選り分けていた。ちょっとした広場の石造りのベンチに腰かけて、別の小さな袋に入れる。ひとつの袋に入れたままではいざという時に使えないどころか、丸ごと駄目にしてしまうこともあるかもしれない。それぞれベルトに括りつけられるようにしたり、鞄に入れたりした。
「本当に沢山買ったんだね」
ラスが困ったように笑った。分けてもテオから受け取った布袋の薬草は減ったように見えないし、重さもずっしりと重たいままだ。私も微苦笑した。この重さはあの二人の想いの証だ。村を救いたいから、腕の立つ冒険者を探していた。冒険者は薬草を求めるはずに違いないから、全ての薬草を買い占めれば出会えるはずと信じていた。彼らが望んでいた通りの人選だったかは判らないけれど、そうしたことで私たちは出会えた。
「大事に使わないと」
私が言うとラスは微笑んだ。そうだね、と返すラスの声も優しい。私もラスを見上げて、えへへ、と笑うと同時に驚いた声が近くで上がった。
「は、はわわわわ~!」
私とラスが声のした方へ顔を向けると、緑色のフードを被った少女が立っていた。歳の頃は私とそう変わらないだろう。口をぱくぱくと開閉して漏れ出る声を両手で何とか抑えようとしているように見える。フードよりも明るい綺麗な緑の視線は私の持つ布袋に縫い止められたようで、真っ直ぐに私の手元を見ていた。
「そ、それ、それって~!」
少女が足早に近づいてきた。フードの隙間から栗色の髪が零れる。そばかすの浮いた頬は健康そうに見えた。
「薬草じゃないですか~!」
私はラスと顔を見合わせた。薬草を求めてこの街の道具屋を色々と見て回ったなら彼女は気の毒だ。私たちが立ち寄った道具屋の店主は、仕入れは来週だと言っていた。テオとエルマが買い占めた薬草が入荷するにはまだ日がある。
「探してたんですぅ~! わざわざロゴリから何日もかけて歩いてこの街まで!」
その言葉に私は彼女の足元に視線を移す。皮のブーツは何処を歩いてきたのか泥だらけで、所々にひっかき傷のようなものがついていた。スカートにも泥が撥ねて、裾はボロボロだった。
「何処のお店も売り切れだって取り合ってくれなくて! 良かったら分けてくれませんか! 私、薬師なんです! お薬を作るのに薬草がどうしても必要で!」
少女は私にぐいっと顔を近づけて頼み込んできた。綺麗な緑の目に覗き込まれ私は驚いてのけ反るが、彼女はお構いなしだ。
「今ロゴリの村では流行り病が蔓延していて私の作るお薬を待っていてくれる人が大勢いるんです~! お願いです! お金なら持ってる分だけしか出せないけど、出しますから! その薬草、譲ってくれませんか~!」
私は頭を殴られたような衝撃に出会った。流行り病が、彼女の村に。そして彼女の作る薬を村の人は必要にしている。薬師を呼びに行こうにも山を下りられる者が誰もいなかったビレ村。そもそも流行り病に効く薬があるかどうかも分からなかったビレ村。ただその前に来た行商人が残していった流行り病。私たちはなす術なく罹患した人たちの看病をするしかなかった。
それが、彼女の薬でなら良くなるのだろうか。
「お薬があれば、治るんですか……?」
私の尋ねる声は掠れていた。うーん、と彼女は困ったように眉根を寄せて私に返す言葉を探しているようだ。
「治るかどうかはその人の治癒力によります~。お薬は治るお手伝いをするだけで治るのはその人の治りたいと思う気持ちや栄養がちゃんと取れているかにもよりますから」
でも、と彼女は力強く答えた。
「自分の症状に合ったお薬が助けてくれるのは、間違いないです」
私の目に留めきれずに溢れ出した涙を見て、彼女も、ラスもぎょっとした表情を浮かべる。私は慌てて拭うけれど止められなくて、顔を両手で覆って俯いた。自分でもどうして泣いているのか判らなかった。
流行り病に効く薬を彼女が作れるかもしれないこと、彼女の村の人が助かると良いと思うこと、ビレ村にもその薬があれば良かったとどうしようもないことに想いを馳せること、もっと早く出会えれば良かったと思ってはいけないことを思ってしまったこと、薬師の彼女の力強い言葉に胸の奥底に押し込めていた気持ちを掬い上げられた気がしたこと、それらが隠し切れずに全て出て来てしまったようだった。
「ごめんなさい、何でもないんです。何でもなくはないけど、でも、本当に自分でもどうしてか判らなくて、今は言葉にできなくて。
……薬草、ですよね。ラス、少し分けてあげても良いかな」
指先で涙を拭いながら私は俯いたままなるべく笑って話す。ラスは困惑しつつも、あたしは良いけど、と答えてくれた。薬師の少女が嬉しそうにホントですか~! と声をあげる。
「嬉しいです! ありがとうございます~! 早速ロゴリの村に帰らないと~!」
あの、と私は声をかける。顔を上げた私に彼女はきょとんとして首を傾げた。
「その村は、此処からはかなり遠いんじゃないでしょうか」
彼女の出で立ちや言動から相当の時間や距離をかけてヤギニカまで来たことが窺われた。今日はもう昼も過ぎてそろそろ夕刻になろうとしている。一晩しっかり休んで、明日また出発した方が良いのではないかと提案する私に、そうですね、と彼女も笑った。
「私、アメリアっていいます。親切な方、貴女の名前も教えてくださいな~」
そばかすの浮いた頬をにっこりと笑ませてアメリアは言う。私も微笑んで、自分の名前を告げた。ラスも流れで名前を教えてあげていた。
「ライラさんにラスさん、本当にありがとうございます。ご助言に従って今日は宿を取ろうと思います~歩き通しで足も棒みたいですし」
あはは、と自虐的に笑うアメリアに、私は首を振った。
「頑張ってきたの、解ります。ゆっくり休んで下さい。他にも一緒に旅している人がいてその人にも承諾してもらった方が良いと思うから、後で薬草届けに行きますね。宿、探しに行きましょうか」
私はパッと立ち上がった。ラスに薬草の入った布袋を渡してちょっと行ってくるねと声をかける。ラスは呆気にとられた様子で、それでも仕様がないと言うみたいに笑って頷いてくれた。
「あたしは此処にいるから。ロディが戻ってきても動かないから、待ってるね」
はい、と笑って私はアメリアと連れ立って宿探しに出かけた。




