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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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23 ラフカに棲む炎の魔女ですが


 テオと一緒に広場へ戻ると、コトと戯れているエルマやモニカ、ラスとロディの姿が目に入って私の頬は緩んでいた。コトは私に気付くとふさふさ尻尾を高く掲げて短い脚を懸命に動かして私のところまで走ってくる。驚きつつも私は屈んでコトを両手で迎えた。


「やっぱりライラが良いんだね」


 皆のところに行けば、ラスがそう言う。少し残念そうに見えた。


「あのね、テオ、あのね」


 エルマが珍しく興奮気味にテオの服の裾を引っ張った。何やら報告があるらしく、テオの耳元に口を寄せて、こそこそと小声で伝える。テオの表情がみるみる明るくなるのを見て、嬉しい内容だったらしいと私は知った。


「本当か!」


 テオがすぐさまエルマに確認すれば、エルマはこくこくと頷いた。ぱぁっとテオの笑顔が咲いて、そのままロディを見上げバッと音がするほどの勢いで頭を下げた。


「わぁ、頭を上げて、テオ」


 流石のロディも驚いた様子でおろおろとしている。こんなに狼狽えたロディは珍しい。テオははっきりと礼を言った。ロディは目を丸くして、エルマも慌てたように一緒に頭を下げて同じように礼を口にする。


「ボクはずっとはいられないから、こうなるのは必然なんだよ。だからお礼を言われることじゃない。でも、そうだな。もし、キミたちがこのことを“ありがたい”ことだと思うなら」


 ロディはそう言って微笑んだ。いつもの穏やかな微笑みだ。


「次に魔術師の卵に会ったなら、同じようにしてあげてほしい」


 二人は顔を上げてきょとんとした後、破顔して頷いた。私はこそりとラスに近寄って、どういうことか尋ねた。ラスも穏やかに微笑んで私に耳打ちして教えてくれる。


「エルマが魔法を学べるように、ヤギニカの街の杖職人に授業をしてくれるよう頼んだんだって。しかも前払い済み」


 太っ腹だねぇ、とラスは笑う。ヤギニカでエルマに杖を買ってあげた時、ソフィーにそんな話を取り付けていたなんて知らなくて、私も驚いてしまった。私の視線に気づいたロディが気恥ずかしそうに視線を逸らしたのが何だか新鮮で、私は口元がにやけてしまうのを止められない。


「わ、わたし、がんばりますっ」


 エルマが杖をぎゅっと握ってロディにそう言った。まるで宣言で、それを聞いていた私たちは全員が微笑ましく感じていたに違いないと思う。ロディの優しい微笑みも、ラスの柔らかい表情も、テオの見守るような視線も、モニカの上がった口角も、そのすべてが物語っている。うん、とロディは頷いた。


「道中はキミが護衛するんだよ、テオ」


 名指しで指名されて、テオは背筋をしゃきっと伸ばした。男同士の約束だ、なんて拳を作って軽く小突き合わせる二人を見て、本当にいつの間にこんなに仲良くなったんだろうと私は苦笑する。


 服の袖を引っ張られて、私は引っ張った主を向いた。エルマが私を見上げているので、私は少し屈んでエルマの声を聞いた。耳元に口を寄せて、エルマはあの、と切り出す。


「お歌、とても綺麗でまた聴きたいって思いました。旅が落ち着いたら、またこの村に寄って下さい」


 私は嬉しくて何度も頷いた。


「絶対に来るわ。約束する」


 エルマの前髪で顔は半分近く隠されているけれど、にっこりと口元が綻んだのが嬉しくて私も笑った。


 夜通しお祭りは続いて、でも子どものエルマとテオはモニカに急かされて早々に家へ帰った。その背を村長が少し何か言いたそうに見ているのに私は気づいたけれど、村長は村の人たちに引っ張りだこでとても声をかけられる様子ではない。私もありがたいことに歌を求められ、沢山歌わせてもらった。歌い疲れてラスの肩を借りて広場の片隅で眠り、朝方近くに起こされ、ふらふらとした足取りで村長の家に向かってベッドを借りた。


 昼近くになって起きて支度を整えると、一旦馬を返しにヤギニカの街へ戻ろうとラスに提案され、いよいよ村を離れることになった。鞄にコトを潜り込ませて私は外へ出た。


「本当に村を助けてくれて感謝します」


 村長は何度も私たちに頭を下げた。その度にロディが、頑張ったのは子どもたちですよ、と笑う。ええ、と村長も寂しそうに微笑んだ。


「皆さんがまたこの村を訪れてくれるまでの間に、何かは変わっているようにわたしも努力します」


 最初の厳格な印象から少し丸くなったように感じて、私は微笑んだ。村長としての責は重たいだろう。以前はそれ故に娘を預ける方法しか取れなかった彼が、今度は父親としてエルマの手を取れる日が来れば良いと私は願う。


「楽しみにしていますよ」


 ロディの言葉に村長は頷いた。じゃあ、と馬に乗ろうとする私たちに、おーいと声をかける人物が現れた。


 テオとエルマだ。


「お前ら、もう行くのかよ」


 テオは息を切らせながらそう言う。後ろを走ってきたエルマもぜえぜえと息をついていて、村の外れの家から全力疾走してきたことが窺えた。


「依頼は完了したからね」


 ラスがさらっと、何でもないことのように返した。長くいればそれだけ離れがたくなる。旅を続けるなら、ひとつところには長居しない方が良いとラスはラフカ村を離れることを伝えた時に言っていた。


「そうかよ。そう言うと思って、持ってきたんだ」


 テオは肩にかけていた布袋を私たちにずいっと差し出した。受け取って中を開いてみれば、大量の薬草がぎっしりと詰まっていた。依頼が完了すれば渡すと言っていた薬草だと思い至って私は目を丸くした。


「こんなに沢山!」


 本当にヤギニカの道具屋を巡って買い占めていたのだろう。薬草専門店でも始められそうなほどの量だった。


「ありがとな。お前ら、すげーよ。こんなんじゃ足りないくらいの恩があるけど、オレが渡せるのはそれくらいだ」


「充分だよ。あたしらも薬草が欲しいと思ってたんだから」


 ラスが笑った。


「強くなりたいなら素振りを欠かさないこと。体に覚え込ませること。魔物と対峙して心が怯んでも体が反応できれば何とか立て直せる場合があるからね。自分を助けるのは自分だ。忘れるんじゃないよ」


 ラスの赤毛とテオの赤毛が陽の光に照らされて燃えるようだった。二人は頷いて約束を交わす。どうやら私が寝ている間にテオの稽古を少しつけてあげたらしい。


「それじゃ、行こうか」


 ラスは身軽に馬に乗り、私も先に乗っていたロディに手を引いてもらって馬に跨った。見上げる二人に手を振って、私たちはヤギニカの街へ向けて出発する。テオとエルマは見えなくなるまで手を振ってくれた。


 ラフカに棲む炎の魔女は燃えるような髪の剣士に守られながらこれから自分を知っていく。恐らくは、それぞれの師を理想の姿として思い描きながら。


 嬉しくなって思わず鼻歌を歌う私の声を聞いたのは、きっとロディだけだろう。でも何も言わないから私はそれに甘えて鼻歌を奏で続けた。


 空は昨日と同じく、青かった。



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