22 お祭りの夜ですが
ラフカ村の広場で篝火が焚かれた。夜空に向かって火の粉が爆ぜる。私は村の人たちが見守る中、ロディの風の魔法に手伝ってもらいながら戦闘で失われた魔物の命を想って歌った。この村に良くない想いが留まらないように。天へ昇り、良い風が吹くように祈りながら私は想いを声に乗せる。村の人たちも一緒に祈ってくれた。その中には、テオとエルマの姿もある。モニカや村長も一緒に目を閉じて願ってくれている。
ロディの魔法のおかげか、夜空に吸い込まれて私の歌は綺麗に終わることができた。村長がお礼の言葉を私にくれて、私は恭しくお辞儀をする。母が教えてくれた、舞台で歌を披露した後にする綺麗に見えるお辞儀の仕方で。
「魔物討伐に祈りの歌まで面倒を見て頂き、感謝します。これでその、呪いといった良くないものは祓われたと思って良いのでしょうか」
村長は礼儀正しく私たちに尋ねる。私は判らなくてロディを見上げた。ロディはいつものように穏やかに微笑んで、はい、と答える。
「ライラの歌で浄化し、風の魔法で村全体に行き届かせています。作物にも祈りが届くように範囲を広げましたし、今回の影響はほとんどないでしょう。良くないものを寄せ付けない護りの魔法もかけていきますから、魔物が近寄ってくることも今後はないでしょうね」
ロディの言葉に村の人たちが、おぉ、と感嘆の声をあげるのが聞こえた。何故そこまで、と村長は訝るが、ロディは笑った。
「依頼人の二人の願いだからですよ。魔物が村に寄りつかないようにしてほしい。そう口にした。ボクらにはその術がある。だから引き受けた、ただそれだけのことです」
そうか、と村長も頬を緩めた。再び感謝を口にすると、村の人たちに振り返り、お祝いの始まりを告げた。たちまち歓声があがり、沢山の美味しそうな料理が運ばれ楽しげな楽の音が響いた。少し早い収穫祭を今夜催すことにしたのだそうだ。
私たちも村の人たちに手を引かれ、料理を勧められたり歌をねだられたりした。
村の中の溝は深く、全員が納得したわけではないだろう。けれど村長が宣言し、賛同する者も少なからずいて、何よりテオとエルマが村を救ったところを目の当たりにしては反対しようもないのが現状だと私は思う。テオの言うように少しずつしかきっと変わってはいけない。でも、このお祭りにテオもエルマも参加しているところを見て、この村の未来はそんなに暗いものでもないんじゃないかと感じる私もいた。
テオやエルマは遠慮がちにではあるものの勧められた料理に手を伸ばし、美味しさに目を輝かせている。年齢相応の表情をやっと見られた気がして、私は知らず笑っていた。助けを求めに来た時の二人の硬い表情が和らぐところを見られたなら、十分だ。
「へぇ、歌姫の護衛ね。綺麗な歌声だし、巡業の途中ってことかい」
そんな会話が聞こえてきて私はそちらへ顔を向けた。早くもお酒を飲んだのか顔を真っ赤にした村人がロディやラスと話している。二人が相槌を打っているところを見て、そういう話になっているらしいと私は話を合わせるために心の中でこそりと二人に頷いたのだった。
「歌を作るために色々なものを見聞きしているところでもあるんです。例えば勇者の冒険譚だとか。不思議な逸話があれば実際に訪れてみることにもしていて。そういった不思議な話、聞いたことありませんか」
ちゃっかりと魔王討伐のためのヒントを得ようとしているのかロディが調子良く話題を持って行く。その手腕に内心で舌を巻きながら、私はお皿に盛った果物をひとつ口に放り込んだ。
ふと、視界の隅でテオが立ち去るのが見えた。エルマはモニカと話していてテオの動向には気づいていないようだ。私はテオの後を追った。テオは自分の家の路地裏、倒れていた場所へ辿り着くと足を止めた。私はおずおずとテオに声をかける。驚いて勢いよく振り返ったテオは、私を見ると何だと力を抜いた。
「後をつけるような真似をしてごめんなさい。でも何処に行くのか気になって」
謝る私に、良いんだ、とテオは笑った。
「ちょっと気になっただけなんだ。オレが仕留め損なった魔物に止めを刺して、なのに呪いになるように最後の詰めで手を抜いたやつは誰なんだろうって」
私は返す言葉を持たなかった。呪いという存在を知ったのも今日が初めてだし、それが何なのか、どうやって生み出されるものかさえ私は知らない。
「あの魔術師が着替えを勧めてくれただろ。家の中で着替えながら教えてもらった。血塗れの服が呪いを呼ぶだろうこと、呪いは姿を持って現れてあの血塗れの服を狙ってくるだろうこと、エルマの火でそれを浄化できること、村の皆の前で実際に見せた方が受け入れられやすいだろうこと」
え、と私の口から声が漏れる。ロディは全部知っていたのか、見越していたと言うのか。胸の内に浮かんで隠し切れなかったその想いを見抜いたように、勘違いするなよ、とテオが釘を刺す。
「その役目を引き受けたのはオレの意志だ。最初は仲間の剣士にやってもらうつもりだって言ってたけど、オレにやらせてくれってオレが頼んだんだ。危ないからってちゃんとあの魔術師も言ってくれたさ。けど、村のことだ。エルマのことだ。オレがやりたかった」
テオは私を真っ直ぐに見て笑う。
「だからあの魔術師を責めるんじゃねーぞ。あいつなりに考えて、成功する算段があったから任せてくれたんだろうし。エルマの火の魔法と、あんたの歌。それがあれば呪いは浄化できるって最初からあいつ、言ってたからな。むしろ良い機会だ、なんて笑ってた。好機に変えようって言ってもらえたから、オレも覚悟決めたんだ」
私は息をついて苦笑した。こんなに勇気に溢れた少年がいてくれたことが、彼女と二人でかけがえのない信頼関係を築いてくれていたことが、今回の成功を生んだのだろうことは私でも分かる。
「テオは、凄いね。大切なものが何か、ちゃんと分かってる。これからもエルマのこと、支えてあげてね。勿論テオも、エルマにも支えてもらいながら」
おう、とテオははにかむように笑った。それから視線を地面に戻して、あんたの歌さ、とぽつりと言葉を零す。恐らく、対峙した魔物がいたのだろう場所を見ながら。
「此処でも歌ってくれるか。オレが仕留め損なったばっかりにあいつを呪いにしちまった。あいつが命を落としたのは間違いなく此処だろうから、もし良ければ歌ってくれないか」
責任を感じるテオの想いに私は二つ返事で承諾した。お祝いの喧騒から離れたこの狭く静かな場所で、私の歌はロディの手を借りなくても空へ昇っていくような感覚がした。