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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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21 歩み寄りですが


 私とロディもテオの傍に近寄った。テオはモニカとエルマに抱き着かれたままどうしたものかと困惑した表情を浮かべ、助けを求めるように私たちに顔を向ける。


「お疲れさま、頑張ったね」


 ロディの言葉にテオは耳まで真っ赤にして、それでも笑った。おや、と私は首を傾げた。いつの間に仲良くなったのだろう。二人で一緒に着替えに行った時だろうか。


「おう、エルマのおかげだ」


 テオの返事にロディも、それは間違いない、と返して軽く笑った。エルマは驚いた様子でロディを見上げる。モニカもそうだそうだと頷いてエルマの頭を撫でた。


「凄かったよ。あんなに力強い炎を出せるんだね。格好良かった」


 褒められてエルマはあわあわと言葉を探す。けれど結局見つからなかったようで、またテオに抱き着いてテオの服に顔を埋めた。それを見た私たちはお互いに顔を見合わせて笑顔を零す。


 ざく、と地面を踏む音に私は後ろを振り返った。村長が近くまで寄ってきていた。その後ろに村人が数名続いている。


「……あれは」


 村長がかすれる声で誰にともなく尋ねた。私たちの誰でも良いから答えてくれることを期待して。私は隣に立つロディを見上げる。ロディは目を細めて、銀がかった宝石のように綺麗な金の髪の下で笑んだ。


「あれは呪いです。理不尽に生命を奪われたことによる死の間際の呪い。恐らくは、対峙した魔物のどれかによるものでしょう」


 そんな、と村人たちがざわついた。村長は少し頭を振ると真っ直ぐにロディを見据えた。


「それで」


 ええ、とロディは笑みを深めた。


「心配は要りません。エルマが、そしてライラが浄化してくれましたから。理不尽に生命を奪われた魔物はテオと対峙していた魔物と思われますが、実際に手を下したのはテオではないようですね。彼の窮地を救ったにも関わらず、呪いに変化してしまうと知ってか知らずか理不尽に奪った者がいるのでしょう。テオではなく、彼が持ち歩いていた衣服に執心したのが何よりの証拠です」


 それも今では消し炭ですが、とロディは続ける。


「けれどお分かり頂けたものと思います。炎は恐ろしいが、神聖なものでもある。禍根を断ち、燃やし尽くし、平穏をもたらすものでもある。使い方を間違えなければ皆さんを助けてくれるでしょう」


 村長は表情を変えないけれど、村の人たちは顔を見合わせてお互いの考えていることを確かめているようだった。火ではないものの同じように魔法を使う人間の言うことを信じて良いものか、と考えているように、私には彼らが不安そうに見えた。


「この村を、助けてほしいと頼んだのはテオとエルマの二人です。守ったのもこの二人。貴方たちは何をしましたか。子どもに守ってもらわないとならない村なんですか。誰よりもこの村を愛してる二人の想いが分かりませんか」


 気づけば私は言い募っていた。村の人たちは気まずそうに私から目を逸らす。ただ、村長だけは真っ直ぐな視線をロディから私に移した。


「私にだって魔法は使えません。でも、私が生まれ育った村では日常生活に魔法を使う人だっていました。私はそれを見ては、羨ましかったんです。怖いと思う気持ちも、私にだってあるとは思います。自分が使えないものを使える人は恐いし、憧れるし、羨ましいし、色んな気持ちがごちゃまぜになっているとも思います。けれど避けていたって、遠巻きにしていたって、良いことなんてひとつもないじゃないですか」


 難しいことを言っているかもしれません、と私の言葉は消えそうになる。でも、消してはいけないと思うから、ぐっと拳を握ると私も村長を真っ直ぐに見据えた。


「明日もいてくれるとは限らないから、大切なことは言葉にしなければ後悔します。明日も笑っていてほしいなら、今できることが何かを考えなければなりません。ゆっくりでも良いんです。でも確実に、一歩は、前進をしないと。足を出さないと前には進めません」


 村長が僅かに瞠目したように見えた。その目に何かが揺らいだのを私は確かに見た。ラスが私の肩を軽く叩いた。私はラスを見上げる。優しい眼差しを向けるラスに、私は何故だか泣きそうになった。


「何事も限度や正しい使い方はあります。誰かに危害を加えないこと。けれど皆さん、ご自身の安全ばかりに目を向けていて、大切なことをお忘れではありませんか」


 ロディが私の言葉を汲んで継いだ。


「彼も彼女も貴方もボクらと何も変わらない、ヒト、ですよ」


 村の人たちは一斉に息を呑んだところを見ると、こんなに簡単なことも恐怖に、怯懦(きょうだ)に、忘れてしまっていたのかもしれない。魔法を操る少女が、子どもであることを。その少女に寄り添う剣を振るう少年も、子どもであることを。


「エルマ」


 低い声で村長がエルマの名前を呼ぶ。エルマは反射的に顔を上げた。咄嗟に呼んだ先ほどを除けば、いつ振りに自分の名前を呼んでもらえたのだろう。村長は自分の意志で、いつ振りに彼女の名前を呼んだのだろう。


「……すまなかった」


 相変わらず真っ直ぐにエルマを向いて。エルマも茫然としているのか肩を震わせることもおどおどと振る舞いを悩むこともなく、長い前髪の下から村長を見ているようだった。


「これは私の希望に過ぎなく都合の良い身勝手な願いだが、これからのことを、村全体で考えていけたらと思う」


 村長としても、父親としても。


 エルマは無言のまま言葉を探し、そして俯いた。




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