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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女
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19 モニカの独白ですが


「あたしは変わり者らしいからね。あたしんとこに文句を言いにくる度胸のあるやつはいないんだよ」


 モニカは情けないねと言わんばかりに息をついて周りを見回した。村の人たちは彼女の視線から逃げるように俯いたり顔を背けたりした。


「農作物を扱う村だ。火の扱いは誰もが気を付ける。でも遠い昔聞いた御伽噺のように、寝しなに子どもに話して聞かせる御伽噺のように、火を自在に操る存在が村にいつか災厄をもたらすんじゃないかって漠然と誰もが心配してるのさ。そんなのあたしが子どもの頃からあった予言だ。いつ来るかも、本当に来るかも分からない。火の始末に気を付けろってだけの教えなんじゃないかとあたしは思うけどね」


 とはいえ、とモニカは目を伏せる。快活で自信に溢れる彼女の印象は少しだけ鳴りを潜めた。


「万が一、誰かが火の不始末をしでかした場合、(そそのか)されたと言うやつが現れないとも限らない。炎の魔女に唆された、ってね。村を潰す重大な責任に耐えられなくて逃げたくなるやつだっているだろうさ。だからあたしとマヤは人前で魔法を使わないよう約束した。二人きりの時は見せてくれたけどね、それだって子どもの頃だけさ」


 それにね、とモニカは続ける。あの子は体が弱かった。魔法を使った翌日はよく寝込んだよと。ロディから杖を介さずに魔法を使うことの意味を聞いていた私はハッとする。エルマも気づいただろうか。それはもしかして、杖を介さなかったことで命が削られていたことを意味するのではないか。


「そんな体でも授かった子どもを産みたいと言って聞かなかったよ。村長になる男に嫁いで、それなのに体が弱くて働けない、せめて子どもは産みたいって。あの子が働かなくて良いようにこの男があくせく働いていることも知っていたから、余計にだろうね」


 それがあんただ、とモニカはエルマの肩をぽんぽんと叩く。エルマは俯いて肩を震わせていた。


「でもあの子は自分が遂に火の魔法が使えるとは言わないまま逝っちまった。あたしもいくらもうこの世にいないからって言うわけにはいかない。黙ってたら、誰に教えられもしないのにエルマ、あんた、自力で魔法を使えたんだよ」


 天才とは誤算だった、とモニカは笑ってみせる。私は魔力がないから他の人がどういう過程を経て魔法を使えるようになるのかは知らない。誰かに習って使えるようになるのかもしれないし、エルマのように誰に教わらなくても使える人もいるのかもしれない。


「父親だけならまだしも、他の人間にも見られちまった。たとえ子どもでも、村長が村を襲う災厄の元凶になるかもしれない魔法を使う人間を庇うことはできない。でも幼い子どもをひとり放り出すことだってできやしない。だからあたしに寄越したのさ。いずれ、と言いながらね。いずれ全てを話す。でもいずれっていつだい。あたしらはどうしたって先にくたばっちまうんだ」


 だから全部話してやったよ、とモニカは何やら得意気に村長に言い放った。けれどそれは、村長の口からは立場上どうしても話せないことなんだろうと私は思う。モニカにしか語ることのできない内容だったに違いない。それを全部エルマが受け止めるには、あまりにも重たいのではないかと私は心配だった。でも。


「……すぐには変わらないかもしれないけどさ、オレが絶対変えてやる」


 テオがはっきりと言い切った。昨夜も口にした、恐らくこれまで何度も繰り返してきた言葉を。重たいものなら二人で持てば良いとでも言うように。


「大丈夫だ、エルマ。すぐには変わらない。今まで通りだ。少しずつ良くしていこう」


 エルマを見るテオの目は昨夜と同じ、優しいものだった。エルマは何度も何度も頷く。二人の間で繰り返し思い描いてきた同じ未来を見ながら。


「あたしが出稼ぎに行ってる間にうちの子はこんなに良い男になったのかい! 誰のおかげだい? やっぱりあたしの育て方が良いんだろうね!」


「だから……あーもう、母ちゃん!」


 テオはまた耳まで真っ赤になった。私はくすりと笑う。ロディやラスも頬を緩めた。ラフカ村に長く関わるわけじゃない私たちができることはない。村にいる人たちがどうにか折り合いをつけていくしかないし、これからを担うテオやエルマのような子どもたちが変える力を信じるしかない。でもこんな風に考えられる大人もいて、これからを見据えた二人がいるなら、きっと大丈夫だろうと私は感じた。胸の痛みは薄れていた。


 私が胸を撫で下ろした時、おい、という声が人垣の中から聞こえた。あれは何だ、と怯えを滲ませた疑問の声を探して私はきょろきょろと辺りを見回す。誰かが空を指差していた。その指が示す方向へ私も顔を向けて――ぎょっとした。


 黒い雲のようなものが青い空にぷかりと浮いている。だけれど雨雲というには低い位置にあるし、空を覆う範囲が狭い。それに雨雲と呼ぶほど厚くもない。どちらかというと靄や霞のように朧気だ。


 背筋をぞくりと悪寒が走った。あれは何か、良くないもののような気がする。思わず後ずさった私の横をラスとロディが駆け抜けた。ラスが飛び出して斬りかかり、ロディが何か早口で唱えてラスに向けて杖を振るう。続いて地面に手早く陣を描いてまた早口で何かを唱えると、杖を持っていない方の手を陣の上に置いた。


 途端に私たちに向けて風が吹く。今まで見たどの魔法よりも優しい風の魔法だった。頬を撫で、優しく包み込むようにふわりと風が吹き抜ける。


「テオ!」


 モニカの声を無視してテオも駆け出す。ロディの横を通り過ぎて、ラスに加勢しようと剣を振りかぶった。ロディに呼ばれて私は慌ててロディに駆け寄った。


「村の人たちをこの陣より後ろに下がらせてくれるかな。前に出れば風の加護から外れてしまう」


 私は頷いて、言われた通り村の人に呼び掛けた。此処より前に出ないでください、と叫ぶ私の耳に、ロディの自嘲気味な声が届いた。


「やぁ、こんなに強大とは思わなかったな」


 訝る私に気付いてロディは唇を歪めた。


「そら、呪いのお出ましだ。それもとびきり強い、死の間際の呪いだよ」



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