18 村の秘密ですが
「はぁ?」
テオの言葉に女性は呆気にとられたのか口を開けて固まった。テオが耳まで真っ赤になりながら事情を説明する。二週間ほど前から村に魔物が出るようになったこと、畑を荒らしては帰っていくこと、村では誰も対処できなかったこと、それでも村の外には助けを求めなかったこと、だから自分たちで村の外に助けを求めに行ったこと、そして私たちに出会ったこと。
「こいつらは魔物を追い払ったりやっつけたりしてくれた、その報告をしていたところだ」
「正確には、ボクらだけじゃなくて、テオやエルマが頑張ってくれたんだって話していたんですよ」
ロディは落ち着きを取り戻したのか微笑を浮かべてはいたけれど、凄く気を遣っているように見えた。彼女はロディのそんな様子には全く無頓着で、かーっと言いながら自分の頭をがしがしと掻く。長い赤毛が絡まるのをラスが目を真ん丸に見開いて見つめていた。
「ばっかだねあんたは! そんな無茶をして! ひと様のお嬢さんを連れ歩いたって言うのかい!」
腰に両手をあてて彼女はテオを叱り飛ばした。テオはひゃっと首を竦めてエルマも驚いたのか肩をびくりと震わせた。
「でも! エルマをひとり置いていくなんてできなかったんだ……っ」
言いながら尻すぼみになるテオの言葉に、彼女もふぅ、と息をついた。テオの頭に手を置いてぐりぐりと撫で回す。テオは呻いたが彼女は止めなかった。
「それなら仕方ない。むしろよくやった」
それから屈んでエルマに視線を合わせる。エルマの目は相変わらず長い前髪に隠れて見えないが、彼女は気にせず屈んだ。
「うちの子が迷惑をかけたね。一緒について行ってくれてありがとう。怖い思いはしなかったかい。村を守ったっていうのは、本当なのかい?」
エルマは首を振ろうとして、はたと止めた。
「……怖かったけど、みんな傍にいてくれたから。私、魔法を使ったの」
彼女はエルマが大切そうに握る杖に気付いていただろう。先ほどとは打って変わった優しい表情を浮かべて驚いてみせた。
「魔法を使うの、あんなに嫌がってたじゃないか。どういう風の吹き回しだい?」
あのね、とエルマが彼女に耳打ちする。エルマの秘密の話を聞きながら、そうかい、と彼女は嬉しそうに笑った。
「あんたのお母さんもね、魔法が使えたんだよ」
「――モニカ!」
村長が突然叫んだ。エルマは絶句し、それ以外の全員が驚いて村長を見た。村長は目を吊り上げ、怒りを称えた表情で女性を睨んでいた。なんだい、とモニカと呼ばれた女性は立ち上がる。
「公衆の面前で何を言うんだ!」
村長は怒り心頭といった様子で、怒りのあまり上手く声が出せないようだった。一方、モニカはうるさそうに村長を見やる。
「あたしは事実を言ってるんだよ。亡くなったあんたの妻、エルマの母親のマヤは魔法を使えた。おおっぴらにはしてなかったけどね、親友のあたしには見せてくれたよ。娘のエルマだって魔法を使う力がある。それだけのことじゃないか」
「それだけのことじゃないから言っている!」
うるさいね、とモニカはまた村長相手に凄んだ。
「マヤだって火の魔法は使えたよ。ただ、この村が火を怖がるから見せなかっただけだ」
「そういう問題ではない!」
「じゃあどういう問題なんだい」
冷静に返すモニカに、村長がぐっと言葉に詰まった。
「言っておやりよ。娘が大切だからだって」
え、とエルマが声をあげ、此処へ来て初めて村長を見上げる。成り行きを見守っていた私たちは話の内容についていけなくて困惑していたけれど、エルマやテオも同じようだった。村長とエルマが親子らしいことだけ察して私は固唾を飲んで見守った。
「最愛の妻に続いて愛娘を亡くしたくないんだって言っておやりよ。あんた、最後にこの子に言葉をかけたのは一体いつだい」
モニカがエルマの両肩に両手を置いた。
「あんたに家を追い出されて、この子が心の拠り所にできたのは一体何だって言うんだい。この子が自分の魔法使いとしての“適性”を受け容れるまではあたしだって言わないつもりでいたさ。顔も覚えてない母親と共通点があると知ったら、魔法使いの“適性”をどう受け容れるか変わっちまうかもしれないだろ。村に疎まれるから“適性”が憎いと思うなら、それで良い。でも憎いのに母親と同じだからと無理矢理受け容れさせるようなことがあったんじゃ、あんまりじゃないか」
おとうさん、とエルマの口から小さな声が漏れた。村長はあからさまに動揺し、揺れる瞳をエルマに向ける。エルマは真っ直ぐに父親を見上げていた。
「どういうことなの」
エルマの疑問は純粋で、悲痛だった。私は彼女の声に滲んだものに胸を締め付けられる思いがして、自分の胸を手で押さえる。事情は知らないけれど、言葉の端々から何があったかを想像してしまった。
「……村はいずれ、炎の災厄に会うと予言されている」
エルマが息を呑んだ。テオも目を丸くし、初めて聞いたと言わんばかりだった。村の人たちは一様に目を逸らし、それを知っていたことを暗に匂わせる。ロディは首を振り、ラスは顔をしかめた。私は痛む胸を押さえる手に力を込める。
昨夜エルマが口にした、罰という言葉が耳の奥に蘇った。
――私が魔女として産まれて来た、罰だから。
「お前が火の魔法を使うところを多数に目撃されてはどうすることもできない。モニカのところに預けるしか、選択肢はなかった」




