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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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17 村長の元へ向かったのですが


 初めて見た村長は厳しそうな顔つきの壮年の男性だった。村長だからと畑仕事を使用人に任せるような人ではなく、村長だからこそ率先して畑仕事に精を出しているのか、筋肉質な体躯をしている。短く刈った頭髪はまだ黒々としていて、日に焼けた肌も健康的だ。太い眉の下から向けられた眼光は鋭く、こんなにのどかな村にいる人にはとても見えなかった。結んだ唇はヘの字で、それが一層彼を不機嫌そうに見せているのかもしれない。ビレ村にもこんなに近寄りがたいと感じる人はいなかったと私は少し怖気づいていた。エルマが怯えるのも分かる気がする。


 村長は昨夜ラスとロディを招いているから顔を知っている。テオやエルマと一緒に現れた私たちを見て何を言おうか考えているように見えた。


 避難した村の人たちが私たちを見て水を打ったように静かになった。静けさは人を介して伝わり、村長の元まで届いたのだろう。人垣が割れるように村長までの一筋の道もできてしまった。


 困惑する私を余所に、ロディとラスが何事もなかったかのように進んだ。テオとエルマも二の足を踏んでいる。尻込みする私たちに気付いたロディが振り返っていつもの穏やかな微笑を唇に浮かべて手招きをした。


「おいで。挨拶しなくちゃ」


 エルマが意を決したように両手で握った杖をぎゅっと更に強く握って足を出した。テオも彼女に続く。足元をくすぐられて視線を落とせば、コトが短い脚を懸命に動かして歩いていた。その姿に何だか毒気を抜かれて私はくすりと笑う。コトを抜かさないように私も歩き出した。


 村の人たちの視線が痛いほど向けられる。けれど大多数は私より前を歩く四人を見ていた。ロディたちか、それとも。――誰も存在を気にかけないかのように振る舞った二人に対してか。


「村長。ここ数日、村を騒がせていた魔物はあらかた対処しましたよ」


 私がみんなに追いついたのとほとんど同時に、ロディが村長の顔の怖さなどまるで気にしていないように友好的に話しかける。おぉ、と村長も表情を動かした。ロディに対しては同じように友好的に笑いかける。


「ありがとうございます。脅威を取り除いてくださったんですな」


 ええ、とロディは笑う。ラスは唇を結んだまま神妙な面持ちでいるけれど、ラスよりもロディの方がこういったことは得意なのだろうと私は思った。ロディの笑顔は胡散臭いものもあるけれど、いわゆる“大人の付き合い”には有効なのかもしれない。


「昨夜お約束してくださった通りだ。どうお礼をしたら良いか」


 いえいえ、とロディは頭を振る。


「お礼なら――」


 そう言ってロディは数歩下がる。後ろにいたテオとエルマの二人が村長の前に出る格好になった。テオとエルマ、村長の頬にあからさまに緊張が走ったように見えた。


「この二人に。ボクらはこの二人の依頼でラフカ村を訪れたに過ぎない。それにテオは村の中に入り込んだ魔物を追い詰め、エルマは村の外で魔物の侵入をひとりで阻んだ。真に褒められるべきはこの二人以外にいないでしょう」


 ね、とロディは笑顔のまま村長に同意を求めた。詳しい事情を知らない私でもロディのそれは村の事情にかなり踏み込んだ行為だと解る。どういうつもりでロディがそんなことをしているのか、私はおろおろと視線だけロディとラスを交互に見て狼狽えた。


 テオとエルマは俯いて村長の顔を見ることもできない様子だ。村長は顔をロディに向けた時のまま、二人の後頭部を視界に入れているようだった。村長を含めた誰もが何も言えない時間が過ぎた。耳を掠める優しい風に揺らされた物がたてる音だけが鳴る。沈黙を破るのは問われた村長しかいないように思えた、其処へ。


「あんたたち、こんなとこにいたのかい。家どころか村にもだーれもいないし、あー、驚いた。みんなで集まってどうしたんだい?」


 私以上に事情を知らないだろう声が背後からかけられて私は振り向いた。全員の視線が其処へ集まる。其処にいたのは赤毛の女性だった。旅でもしてきたのか服や頬などは少し汚れているけれど、快活な佇まいは何処か自信に溢れている。一斉に向いた沢山の目に驚いたのか、彼女は目を丸くして少しのけ反った。


「なんだい、こりゃ。うちの子が何かやらかしたから、みんなで寄って(たか)ってこれからしばき倒そうってんじゃあないだろうね」


「母ちゃん!」


 テオが彼女の言葉を掻き消すような大声をあげた。え、と私はテオを見て、それから女性をもう一度見た。真っ赤な髪は確かに親子と言われたらそうなような気もした。


「うちの子が何かしたなら親であるあたしの責任だ。でもそうじゃないってんなら」


 女性はつかつかと私たちが歩いてきた一筋の道を大股で進んでくると村長にぐいっと顔を近づけた。物怖じせずに、むしろ脅すかのような迫力のある表情を浮かべる。


「親のあたしを通してからにしてもらおうか」


「失礼ですが、テオのお母様で?」


 ロディでさえも予想外だったのか、笑顔を浮かべ損ねた微妙な表情のまま尋ねる。村長に顔を向けたまま、彼女はロディをじろりと見た。


「誰だい、あんた。顔の良い男は信用しないってあたしゃ決めてんだ。この村に何の用で来たんだい」


「やめろって母ちゃん! こいつらは、オレとエルマが呼んだんだ! 村に、魔物が来るから助けてくれって!」



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