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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
1章 炎の魔女

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16 皆と合流したのですが


「な、どうした怪我を……!」


 路地を出た瞬間にラスの引き攣った顔と声に遭遇して私とテオは面食らった。明らかにテオの姿を見て言っているのは分かったけれど、ラスの勢いに私たちは二の句が継げずにいた。


「いやそれにしては元気そうだし顔色も良いな……」


「あ、あのね、ラス」


 私が慌てて説明すると、ラスはホッと胸を撫で下ろした。


「そうか、無事なら良いよ」


「ラスの方はもう片付いたってこと?」


 此処とは反対側で魔物と対峙していると思っていたけど、こっちまで来たということは手が空いたことに他ならない。確認のために訊けばラスは頷いた。


「あっちの魔物は追い返したのも、手にかけたのもいる。ライラにはまた歌を頼むことになるけど」


 ううん、と私は頭を振った。村を守ることには貢献できないから、せめて私にできることならと思う。


「私は良いの。村を守ってくれてありがとう、ラス」


 いや、とラスは微笑んだ。炎がまだ見えたから来たんだけど、とラスが視線を畑の方に移す。私とテオもつられてそちらへ顔を向けたけど、もう炎は見えなかった。ロディとエルマも戦闘を終えたのだろう。


 黄金の穂の向こうからロディとエルマがやってくる。エルマはテオを見ると卒倒しかかり、ラスと同じように心配した。


「け、怪我はしてねぇよ、大丈夫だから、落ち着けって」


 エルマに詰め寄られテオも流石にたじろぐ。その様子を私は微笑ましく思いながら見ていた。ラスの表情も綻んでいる。ロディがのんびりとした口調で言った。


「村の人達も驚くだろうから着替えた方が良いだろうねぇ。幸いキミの家は此処だ。そうだ、ボクも着替えを手伝おう」


「なっ……オレはひとりで着替えられるっつーの!」


 ロディの申し出にテオは真っ赤になって反抗したが、良いから良いからとロディに押し切られるように家の中に押し込まれていった。


「見えないところに怪我しているかもしれないじゃないか。なに、男同士だ恥ずかしがることはないよ」


 ぎゃーぎゃー言いながら二人が家の中に入っていくのを見届けて、取り残された私たちはお互いの顔を見合わせると誰ともなしにぷっと笑った。エルマも笑っているのを見て私は嬉しくなった。


「エルマも頑張ったね。私は戦闘に参加できないから、凄いなと思うよ。エルマが村を守ったんだよ」


 私がそう言うと、エルマは少し俯いたがその唇が嬉しそうに弧を描くのを私は見逃さなかった。きっとロディも同じことを言ってくれたんじゃないかと思う。私だけが言ったんじゃ、彼女は多分受け入れられない。でも初めての魔術師として出会えたロディが言ってくれたなら、少しでもそうかもしれないと思えるかもしれないから。


「村の人たちはひとまず村長のところに集まってるから、二人が出てきたらみんなに魔物は対処したよって挨拶に行こうね」


 続けた私の言葉に、エルマはびくりと肩を震わせた。いつものといえばそうなのだけど、私はそれにいつも以上の怯えを見たような気がした。それを見てか見てないのか分からないけれど、ラスが私の後を続ける。


「村を守ってくれた恩人を、あたしなら知らないままではいられない。誰に何を言われても、あんたがこの村を守るのに一役買ったのは間違いないんだから、胸を張りなさい」


 大丈夫、とラスは微笑んだ。


「あたしらは、あんたたちの依頼を受けてこの村に来たんだ。あんたたちの味方だよ」


 ラスの言葉に勇気づけられたようにエルマは顔を上げた。長い前髪で目の表情は見えないけれど、緊張に固く結ばれた唇は、それでもはいと答える。私もラスもエルマの返事に微笑んだ。


 扉が開いて、着替え終わったテオとロディが出てきた。テオは血のついた服を手に持っている。持って行くのかと疑問を浮かべた私たちにロディが答えた。


「ちょっと気になることがあってね。置いていくよりは持ち歩いた方が良いかなって思ったんだ。さて、この後は?」


 エルマの気が変わらないうちにと思って、私は村長へ報告に行くことを伝えた。それは良い、とロディは笑う。


「エルマの活躍は凄かったんだ。ボクの出番なんてほとんどないくらい。それをきちんと報告しないとね」


 ロディの言葉にエルマが恥ずかしそうに縮こまった。肩を竦めて握った杖を縋るように抱きしめる。そんな、とか特別なことは何も、とかもごもご言うのが聞こえたけれど、ロディの声の大きさには勝てなかった。


「でも、今日が終わったらしっかり休むんだよ。本当はもう今すぐにも眠りたいくらい疲れているだろうけど」


 ロディが優しい眼差しをエルマに向ける。エルマは急に背筋をしゃんと伸ばして、はいと返事をした。すっかり師匠と弟子のようで、私はくすりと笑った。


「それじゃ、行こうか」


 ロディの促す声を合図に、私たちは村長の家へ向かって進んだ。



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