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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
14章 占星の申し子

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19 扉の先ですが


「!」


 受け止められた衝撃があって私は驚いて咄嗟に閉じた目を急いで開けた。遠くに段上の明かりが見える。その視界の上からぬっと浮かび上がった青白い頬と薄く笑んだ唇が割り込んできた。


「キヒヒ。奈落へようこそ、お嬢さん」


「あなた……!」


 墓守の青年だ。落ちた私を受け止めてくれたらしいけれど、階段の下にいたとは思わなかった。顔色ひとつ変えず私を抱える腕はゆったりとした黒衣の上からは想像もできなかったけれど、墓穴をひとりで掘ることもあるのかと思えば納得する。


「こんな場所にどうして?」


「えっと……」


 あなたを追って、と正直に答えることにした。此処を彷徨く理由が私には必要で、下手な嘘は通用しないように感じたせいかもしれない。伸ばされて覆われた前髪で見えない目は鋭く私から真実を見抜こうとしているようだ。


「こんなに揺れている中で何処に行くのかと思ったんです。物が倒れて危ないし……」


 嘘ではない。あなたを疑ったのだとは言わなくともこの非常時に何処へ行くのかと心配したように見せられればそれで充分だった。理由として充分なものになる。


「なるほどなるほど。我輩を追ってこの揺れの中。それではお連れしましょう、この先の炎熱溢れる開かずの間。我輩の腕から降りないように」


 ぐっと抱え込まれて私は目を白黒させる。背の高い青年の黒衣にすっぽりと収まってしまったのではないかと思う。深い深い階段の下、ちらと視線をやっただけでは私も彼も此処にいるとは判らないかもしれない。


「あぁ──不用意に降りて物言わぬ肉塊となっても我輩がぴったりの箱と穴を見繕ってあげるのでご安心を」


「……」


 そう言われては大人しくする外ない。青年は薄い唇で薄く笑った。


「我輩はタオ。都の外れで葬儀屋を営んでいるのですが、こう見えて宴好きでして。そう、美しい華を手土産にするのも悪くない。お嬢さん、名は?」


 返答には有無を言わせない要求を感じる。ライラ、と私は小さく答えた。おぉ、異国の響き、とタオと名乗った青年は嬉しそうな声をあげた。


「皇帝陛下にこれは良い手土産。しかし我輩の手に落ちてきたもの、献上するわけにはいきませんからな。此処から先、身を任せた方がよろしいかと」


「え、わ──っ」


 タオが私を片手一本で抱え、空いた手を伸ばすのを感じた。私は咄嗟に腕を伸ばして彼の首に手を回す。開いた扉の向こうからは熱を感じて思わず振り返れどもただ暗闇が続いているだけだった。


「さぁさぁ参りましょう。火鼠が寝床にした灰を練り込んだ靴でなければたちまち火傷を負うでしょうから、やはり不用意には動きませんよう」


 タオは言いながら扉を(くぐ)って足を進める。私は遠ざかる段上の光を見つめ、重たい扉が閉まるのを見届けた。


 ゆっくりとタオは階段を降りていくように降下する。何処へ繋がっているのか判らないけれど熱気が強くなっていくようだ。私の首筋を汗が伝っていくけれど、タオは何処吹く風といった様子だ。それでも暑さは感じるのか降るにつれ首筋のボタンを外し、黒衣の前を開けた。


「何処へ行くんですか……?」


 気をつけたけれど声の震えの全てを止めることはできなかった。暗闇の中、私を支える腕と私が回した腕だけがタオの存在を感じられるものだ。それからほんの少し、土の匂いがする。でも扉の先は城の内部とは思えないほど舗装されておらず土の壁が剥き出しのようでその匂いかもしれない。あるいは墓穴を掘る彼に染み付いたものか。


「怯えることはありません。恐れずに我輩を追ってきたその勇気に免じてお見せしようと思った次第。この国の秘密。この国がひた隠しにして地の底で飼っているもの。皇帝陛下の唯一の仕事」


「……リュウ……?」


 おや、おやおやご存知で、とタオは嬉しそうに笑い声を漏らした。タオこそどうして知っているのかと私は喉まで出かかった言葉を飲み込む。彼は葬儀屋だ。人が忌避し遠ざける死に触れる人。先代の皇帝がどんな手段であれ息を引き取った時、先々代の皇帝の時。この国は短期間に何度も皇帝が変わったような話だった。そのどれも、皇帝であった人なら盛大に弔うだろう。なら、誰が。葬儀屋以外にいないのではないか。墓所は違ったとしても死者に触れるのはきっと、彼だったのだろうから。体に刻まれた火傷の痕を見るのは造作もないことで。


「リュウをどうするつもり……?」


 問いかけてもタオからの返事はなかった。どんどんと降りていく階段はゆっくりと円を描いているような気がする。私は少し前の感覚を思い出す。地の底へ、ぐるりぐるりと円を描きながら降りていくその様に覚えがあったからだ。


 けれど此処には掲げられた松明はない。とするならきっと、違うものだ。そう、言い聞かせて。


「はぁ……はぁ……」


 額を、首筋を、背中を、脚を、汗が伝っていく。地の底からぐつぐつと熱が(たぎ)っているように昇ってくるのが分かる。それを浴びていると汗が止まらない。


「あぁ、失礼。そろそろ必要な頃でしたな」


 タオは足を止め、黒衣を器用に片手で外す。大きく腕を回して覆ったのは脱いだ衣を外套のように纏ったからだと判った。それで覆われると熱が幾分か遮られる気がして私は首を傾げる。


「これは火鼠の毛皮で織った衣。丈夫で火に強く、火に焚べても少しも燃えない。中でも黒い体毛を持つ種の火鼠。火だけではなく熱さえも遮る、優れものでして。皇帝陛下に献上した物とは別に我輩用に仕立て、“もしも”に備えておりました。これで少しは呼吸もしやすいかと」


 纏わねば効果がないのが難点ですねぇ、とタオは(うそぶ)いた。けれど呼吸のしやすさは言う通りだから私は特に責めずに息を整えることに集中する。これがなければ体の内側から燃えてしまいそうな熱を感じ続けることになるだろう。そうなればどうなるか、考えたくもなかった。


「ほぅら、下の方は少し明るいようです。眩しいくらいにね」


 覆われた黒衣の隙間から私は視線を投げる。確かに階下は赤い光で照らされている。ほぼ火、と言っても良いように思える色だ。なるほどこの熱もそれによるものかと得心がいった。


「皇帝陛下は先にご到着かと。我輩が訪れたこともリュウの方が先に勘づいているでしょうな。

 手荒い歓迎になるやもしれず、その交渉として使わせてもらいますよ」


 息苦しさと熱でぼんやりとし始めていた頭が落ち着くにはまだ時間がかかりそうだ。それでも聞こえた言葉に、私は自分が何かに巻き込まれたことを察したのだった。



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